David Blecken
2017年9月21日

「聞こえる選挙」が生む、新たな価値

電通とヤフーが視覚障がい者向けの選挙情報サイトを開発した。障がい者の目線が、新たなコミュニケーションとより優れたプロダクトの可能性を生む。

「聞こえる選挙」が生む、新たな価値

選挙の際、我々有権者は候補者のマニフェストを読み比べる。往々にして、これほどもどかしく退屈な行為はないだろう。では、視覚障がいのある人々はどのようにこうした情報を得ているかご存知だろうか。

彼らは通常、コンテンツを音声で読み上げる「スクリーンリーダー」を使ってインターネットを閲覧する。しかしこのソフトウェアには大きな欠陥があり、イメージファイルが読み取れないのだ。現行の選挙制度は、立候補者に選挙公報を画像化したPDFファイルで配信することを義務付ける。それゆえ、これまで少なくとも31万人の視覚障がいを持つ人々が立候補者の情報にアクセスできなかった。先の東京都議会選挙では、この問題に光が当てられたのだ。

解決に乗り出したのは、電通とヤフー。両社は共同で、テキストとHTML、CSSファイルのみを使って選挙公報を提供する視覚障がい者向けのマイクロサイト「聞こえる選挙」を開発した。これは目の不自由な人々だけでなく、彼らが直面する日常的な課題を健常者に改めて認識させるという恩恵ももたらした。

サイトのトップページは黒い下地に黒い文字でデザインされ、健常者は一見どこにもアクセスができない。視覚障がいがどのようなものか、健常者にも感じてもらおうという作りだ。やがて「何も見えないと思った方は、ここをクリック」という表示が出、そこをクリックすると「選挙には、見えない格差がある」というメッセージが現れる。

このサイトには公開から10日間で12万人が訪れ、ソーシャルメディア上では視覚障がい者の選挙公報へのアクセスに関する大きな議論が起きた。その結果、日本の主要政党は「誰もが選挙公報にアクセスできるようにする」と約束したのだ。

このプロジェクトを率いたのは電通でクリエイティブディレクターを務める鈴木瑛、木田東吾、越智一仁の3氏。彼らは視覚障がい者の立場を理解しようと、NPO法人「ダイアログ・イン・ザ・ダーク(DID)」とも協働した。暗闇での様々な経験を通し、障がい者への認識を変えようと取り組む団体だ。

新たな教訓

DIDとの協働は、彼らにとって目を開かれるような経験だった。ある目の不自由なスタッフは木田氏にこう語った。政治家は公共の場で選挙演説をする際、路上を行く視覚障がい者を妨害していることに全く気づいていない。今の選挙制度は、我々のニーズをまったく考慮していない。これでは二流市民として扱われているようだ、と。

社会福祉を重視するとうたう多くの政治家たちが無知なのは、障がい者の問題に対する社会の認識がほとんどないことを象徴する。彼らの作ったサイトは、大きな問題を解決するための小さな1歩だろう。鈴木氏は、「ブランドは著名人を使ってメッセージを伝えるというありきたりの方法の代わりに、様々な社会貢献で差別化を図れるのです。そのためには企業全体でこの問題と取り組まなければならない。そして、社会的利益を生むプロジェクトは単発では意味がないと認識することが大切です」と話す。課題を明確に捉え、その解決に継続的に努めていくことが大切なのだ。

このプロジェクトは、健常者向けのオンラインコンテンツの質を高めるきっかけにもなった。立候補者たちの情報を収集し、照合する作業は骨が折れ、普段こうした情報がきちんと開陳されていないことを彼らは思い知った。そこで、各候補者の情報に整合性を持たせるため新たなフォーマットを作成し、その比較を容易にした。「投票に役立つ情報を十分提供しているサイトは多くありませんでした」と鈴木氏。「入手できる情報は退屈で、概して参考にならないものばかり。ですから、ただ有名(それも政治とは関係ない分野で)というだけで選ばれる政治家がいるのです。世間の人々がどうしたらもっと候補者に興味を持つようになるか、それを考え出すことが社会への一助になるでしょう」。

音声読み上げソフトを使うことで、勝手に侵入してくるバナー広告があらゆる人々のユーザー体験をどれだけ煩わしているかも痛感した。木田氏は、「視覚障がい者のためのサイト作りはトレードオフではなく、健常者も含めた全ての人々にとってより優れた解答をもたらしてくれた」と話す。

彼らは今、障がいを持つ人々の視点がプロダクトやコミュニケーションの質を高められると確信する。「ブランドやプロダクトに新たな価値を生んでくれた」と越智氏。「それは障がいのある人々だけではなく、我々全てにとって有用なのです」。以前、自動車メーカーのクライアントのために手がけたプロジェクトでは、視覚障がいのあるコンサルタントのおかげで手触りや空間に対する認識がより高まり、極めて質の高いインテリアデザインを生み出すことができたという。

「多様性を広げる、という言い方もできるでしょう。でも私はそれ以上に意味のあることだと感じています」と木田氏。

2020年の東京五輪に向け、多くのスポンサーがパラリンピックへの関心を明言、それをきっかけにより包括的な社会づくりを目指している。今後、ブランドは障がい者とより密接に協力していくことだろう。

最近、その一例となる取り組みがあった。障がい者雇用の促進に取り組む目の不自由な社会起業家・成澤俊輔氏と、東京五輪大会組織委員会の協働だ。同氏は、障がいのあるなしにかかわらず誰もが利用できる五輪・パラリンピックのチケット購入システムの構築に貢献した。それ以前は視覚障がい者向けに、彼らの8%しか対応できないQRコードを使った点字法が用いられていたのだ。

成澤氏は、「障がい者を雇用し、彼らが持つユニークな能力を最大化することは、ブランドの包括的理念や社員契約、プロダクトやコミュニケーションといった面の質を向上させ、ブランド認知度に寄与します」と話す。だが、「まず必要なのは思考の転換」とも。

「日本の企業はまだ、『障がい者は何ができないか』という視点で考えがちです」と同氏。「最も重要なのは、彼らが持つ力を活用すること。例えばアスペルガー症候群やADHD(注意欠陥・多動性障がい)の人たちは、1つのことに対して非常にこだわりが強く、すごい集中力を発揮する。ですから、1つのプロセスの細部を繰り返し改善することができます。企業がこうした面を活用すれば、サービスの質の向上に必ず役立つはずです」

成澤俊輔氏と障がい者への積極的な取り組みを行うユニクロに関する記事も、こちらからご覧ください。

(文:デイビッド・ブレッケン 翻訳・編集:水野龍哉)

提供:
Campaign Japan

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