Misaki Tsuchiyama
2017年6月02日

クリエイティブディレクションの新しいモデル

ブランドによるクリエイティブの内製化や、IT企業やコンサルティング企業のクリエイティブ領域への進出が勢いを増す昨今、エージェンシーのアプローチも変わりつつある。これからのクリエイティブディレクションに求められるものは何か。

(左から)デイビッド・ブレッケン(モデレーター、Campaign日本担当編集長)、レイ・イナモト氏(INAMOTO&CO 共同創設者)、ブレンダン・クラヴィッツ氏(ピュブリシス・ワン コンテンツプロダクション責任者)、ディミトリオス・ペトサス氏(資生堂 グローバルコピーディレクター)、松坂泰成氏(デロイトデジタル クリエイティブディレクター)
(左から)デイビッド・ブレッケン(モデレーター、Campaign日本担当編集長)、レイ・イナモト氏(INAMOTO&CO 共同創設者)、ブレンダン・クラヴィッツ氏(ピュブリシス・ワン コンテンツプロダクション責任者)、ディミトリオス・ペトサス氏(資生堂 グローバルコピーディレクター)、松坂泰成氏(デロイトデジタル クリエイティブディレクター)

「アドバタイジングウィーク2017」で、Campaignはセミナー「クリエイティブ運営の新しいモデル」を主宰した。パネリストはレイ・イナモト氏(Inamoto &Co.)、ブレンダン・クラヴィッツ氏(ピュブリシス・ワン)、ディミトリオス・ペトサス氏(資生堂)、松坂泰成氏(デロイト・デジタル)。エージェンシー、ブランド側の内製組織、コンサルティング会社など、さまざまな立場でクリエイティブに携わるパネリストたちが論議を繰り広げた。(モデレーターはCampaign Japan編集長のデイビッド・ブレッケン)

ブランドによる内製化が増える背景

ブランドによるクリエイティブ内製化が進むのは「コストが大きな要因だ」とイナモト氏は言う。社内で制作することで、短期的なコスト削減に寄与するとブランドは考えているという。しかしそれが長期的に見て正しい選択とは、必ずしもいえないことも、併せて指摘する。

一方で、社内で広告を制作する資生堂のペトサス氏は、コスト削減以外の利点として「ブランドに投資すればするほど、社内でのブランド理解が深まるため、そのままの流れで制作まで行う環境になりやすい」ことを挙げた。

社内で制作する際のプロセスは「マーケティング部がクライアント、宣伝部がエージェンシーのような立ち位置。マーケティングとクリエイティブのチーム間でさまざまな議論を繰り返すという点で、制作のプロセスはさほど変わらない」とペトサス氏。しかし「方向性が合致し、いざ制作の段階に移ると、社内で制作する方が圧倒的に速く、制作する量も多い」のが大きく異なるという。

ピュブリシス・ワンでコンテンツプロダクションを指揮するクラヴィッツ氏は「クライアントの求めるスピードに、エージェンシーがパートナーとして対応できるよう導くのが、私の重要な責務。外部クリエイティブとしてプロデューサーも積極的に関与できるよう、効率的なプロセスを構築している」と語った。

外部のチームに期待される役割

内製化が進む中で、外部のクリエイティブチームは必要かという問いに対し、「資生堂には複数のブランドがあり、周年プロジェクトも動かしているため、外部のマンパワーは現実的に必要」とペトサス氏。クリエイティブ戦略やコラボレーションなどの方法で、外部クリエイティブと協働しているという。

イナモト氏は、社内にクリエイティブ組織を有するユニクロをクライアントに持つが「2~3年後を見据えた長期的視点のプロジェクトを依頼されている」と話す。個々の活動にフォーカスすると短期的な視野に狭まってしまいがちだが、長期と短期両方の視点を持つことが戦略的欠かせない。そのため「ブランドを理解しながらも、感情移入し過ぎずに客観的に考えることができる」点が、外部クリエイティブの強みだという。「ブランドのトーン&ボイスの一貫性を保ちたい時に、内製組織は強みを発揮する。一方で、特定のニーズにスピーディーに対応する必要があったり、ブランドの世界観と社会からの見え方のバランス感覚が必要な場面でこそ、外部チームは力を発揮できるのではないか」と語った。

コンサル会社が広告に進出する理由

コンサルティング会社が広告領域に進出しているのは、「テクノロジーがクリエイティブに欠かせないものになり、ストラテジーだけでなく実施までカバーできることがクライアントに求められている」ことが背景にあると、デロイト・デジタルの松坂氏は話す。「左脳(論理性)だけでなく右脳(創造性)が必要とされる中で、コンサルティング会社がクリエイティブ領域まで担うようになったのは自然な流れ」だという。

また、ビジネスとクリエイエィブの境界線が曖昧になる中、ブランドは新ビジネスの創出やROIなどといった企業経営領域での鋭い洞察力を求めており、その分野で経験豊富なコンサルに答えを求めるのだろうとイナモト氏。

一方でクラヴィッツ氏は、エージェンシーもコンサルティング的な動きが見られるとし、「コンサルティングとクリエイティブが徐々に融合していくのではないか」と述べた。

エージェンシーは消えゆく存在か

さまざまなプレーヤーが広告の領域に進出する中で、エージェンシーは今後消えてしまう存在なのか。「ビジネスモデルを時代に適応していかなければ消えるだろう」というのが、パネリストの共通した見解だ。しかしすぐに消え失せるわけではなく、紙の本と電子書籍の関係のように、エージェンシー、ブランド内のチーム、コンサルティング会社が、互いの強みを発揮しながら共存し、広告界は最適化されていくだろうと予測する。

外部パートナーはクリエイティブだけに関わるのでなく、ブランド自身のみでは持ち得ない客観的な視点を提供する存在であるべきとの意見も出た。経営層と直接やりとりし、ブリーフがまだ存在しない初期の段階から一緒に考えるというイナモト氏は、ブランド内のクリエイティブとマーケティングとの間をつなぐ役割を担うことを心掛ける。

またペトサス氏は「多種多様なブランドが存在する中で、施策を360度で仕掛けていくかを、マーケティングチームに理解してもらうには努力が必要」と語った。その原因に、マーケティングチームがWHY(なぜ実施するのか)でなく、HOW(どのように実施するか)から考え始めてしまう傾向があるという。

エージェンシーが生き残るためのもうひとつの条件は「小さなチームであること」だとパネリスト一同。「打ち合わせひとつをとっても、大人数では時間がかかりすぎて非効率だ」、「本当に活躍しているのはごく一部の人で、あとは何もしていないようなもの」、「大人数がかかわることで、意思決定のスピードを遅くしてしまうこともある」と議論が盛り上がった。

クリエイティブが果たすべき責任

米国でペプシのCMが炎上した例があったが、社内で制作したことがその原因だったのだろうか。パネリストたちは、実際はブランド内部の声に抗うことは困難なことだろうとしつつも、「社内で制作したことが炎上した原因ではなく、あくまで企画の視点がずれていたから」との見解だ。

「広告賞を受賞するような作品には、社会的課題を扱ったものがここ数年間では多い」とイナモト氏。しかし「社会的課題は、商品を有名にするために扱うのではなく、社会のために行うという大前提を忘れてはならない」と強調した。

(文:土山美咲 編集:田崎亮子)

提供:
Campaign Japan

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