Barry Lustig
2016年5月10日

「パソコンを捨てよ、町へ出よう」~ 鏡明

刺激に満ち、推移の激しい日本のクリエイティビティーの世界。このシリーズでは様々な分野のクリエイターへのインタビューを通し、その現状を多角的に捉えていく。

鏡明氏  
鏡明氏  

第1回のテーマは、マーケティング界におけるクリエイティビティー。長年にわたって広告業界のクリエイティブを牽引してきた、元・電通の鏡明氏に話を聞く。

彼を、日本のクリエイティブ界で最も影響力のある人物の一人、と形容しても決して過言ではないだろう。
カンヌ国際広告祭では日本人初の審査委員長を務め、カンヌやクリオ、ワンショーなど世界の名立たる広告賞はほぼすべて掌中にしてきた、鏡明氏。
電通における40年にわたるキャリアの中で、パナソニックやコカコーラ、日産・中国、WOWOWといった大手ブランドを手がけ、常に先駆的な作品を生み出してきた。
あらためて氏と向き合ってみると、その謙虚さと率直さが非常に印象的である。特に熱っぽく語ったのは、自分の輝かしい功績よりも、現在取り組む若手クリエイターたちの育成についてだった。

日本のクリエイティブのユニークさとは何でしょう?

最も際立っている特徴は、日本語という言語に大きく依存していることです。特にテレビ広告はそうでしょう。
私は、これは良いことだと思っています。共通言語でコミュニケーションをとるのはとてもたやすいことですから。

これはユーモアの表現にも関わってきます。日本の広告はコメディを多用しますが、日本人のユーモア感覚は私たちのクリエイティブで欠かせない差別化の要素です。
日本と世界の他の国々とでは文化的差異が大きいので、日本人でない方々にとってはしばしばわかりにくい。で、よく「何が面白いの?」となるわけです。
日本のクリエイターたちがより視野を広げるためには、どうしたらいいでしょう?
若い人たちはコンピュータにかじりついていないで、外へ出たほうがいい。違う街々や、海外の国々を訪れる。自分が今まで経験したことのない場所に行き、そこで起きていることを体感してみる。これはクリエイティブに関わる人間にとって、とても大切なことだと思います。
それから、英語でコミュニケーションがとれ、仕事ができるクリエイターが非常に少ない(このインタビューは英語で行われた)。
私は若い人たちに常々、「英語を学びなさい」と言っています。たとえ日本国内で日本の顧客相手に仕事をしていたとしても、英語は学ぶ必要がある。クリエイティブの世界での共通言語は英語ですから。

日本の広告は、なぜ有名人を多用するのでしょう?

今でも日本では、有名人を起用することはブランドのメッセージを最も効果的に伝える手段の一つです。
有名人はある種の共通言語のようなもので、いちいち説明が必要ありません。ですから、消費者がよく知る有名人が広告に登場すれば、ブランドのメッセージが伝わりやすいのです。
もちろん私は、この状況は決して良いと思っていません。単に有名人をフィーチャーしただけのコマーシャルや広告が時おり見られますが、残念なことです。クリエイティブな発想は、決して有名人頼みになってしまってはいけませんから。
その一方で、広告主が有名人を起用したいという気持ちも理解できます。特に企業の広告・PRの担当者は、決して失敗してはいけないと考えていますので。

リスクを避けたいと思う広告主を、クリエイティブの人間はどうやって説得できるでしょう?

トップの人間と話すことが唯一の手段でしょう。これは世界共通ですが、私たちクリエイティブの人間にとって、いかに広告主のトップと接触するかが最大のチャレンジの一つです。
例えば、「ワイデン+ケネディ」社とナイキとの関係です。彼らは一緒に素晴らしい仕事をしましたが、それが実現した大きな要因の一つは、ダン・ワイデン氏がナイキのクリフ・ナイト氏と直接話ができたことです。トップ同士の対話こそが、我々の仕事を成功に導くカギです。
アップルのスティーブ・ジョブズとリー・クロウとの関係も、その好例ですね。


日本企業がグローバル市場で成功する上で、「日本」のアイデンティティーはどれだけ重要でしょう?

近年は日本企業の多くがグローバル市場を意識し、特に日本のアイデンティティーを製品の前面に打ち出さなくなりました。そうすることに、企業側も全く抵抗を感じていません。
例えば日産は、反日運動が依然根強い中国本土でのビジネスが、非常に好調です。中国の消費者に対して日本のブランド色を打ち出さず、単に「ニッサン」ブランドをアピールしてきたことが成功の一つの要因です。
ですから日本企業が成功する上で、かつてほど「日本ブランド」が重要なのだろうか、と考えてしまいます。
もちろん、アジアの広告賞で審査員を務めると、「日本」が今でも強みになっていることは感じます。しかし残念ながら、今日のグローバル市場では以前ほどの輝きはなくなっていますね。
次の10年がどうなって行くかは、私にはわかりません。ただ思うに、かつては「国」というブランドはその国の理想、あるいは理想的ビジョンを表現していました。
しかし今では、人々はそれぞれの国に対してより現実的なイメージをもっています。国のブランドが発するイメージよりも、自分自身がその国の人々と接した体験などから感じたことのほうを信じるようになっています。
これはクリエイティブに携わる人間にとって、重要なことを示唆しています。集団ではなく、個々の人々とコミュニケーションを図る方法を編み出さなければならない、ということです。
少なくとも私は、皆がそういうふうに考えてほしいと思っているのですが……。

日本で広告主がクリエイティブ・チームに最高の仕事をさせるには、どうしたらいいでしょう?

私は常々、広告主のトップとクリエイティブ・チームを繋げることに腐心しています。先程の繰り返しになりますが、クリエイティブとして良い仕事をしようとしたら、これはとても大切なことです。

そして広告主にとっては、クリエイティブ・チームとの長く安定した関係が素晴らしい結果を生み出すカギとなります。
代理店にとってのメリットは、関係が長くなるにつれて、カバーする仕事の範囲が広がっていくということです。
私自身に関して言えば、パナソニックとの20年近い関係があったからこそ、良い仕事ができたのだと思っています。

時には広告の範疇にとどまらず、新製品の開発を手伝ったり、事業計画に関わったりもします。そうした部分に代理店の立場から関われるのは、広告主と長年仕事を共にしてきたからこそ、なのです。1年やそこらの関係では、広告主からの信頼は得られませんから。

広告主は、自社と自社製品のことを常に真剣に考えています。つまり私たち代理店の人間は、常に広告主から新しいことを学べるのです。広告主の話に注意深く耳を傾けることが、彼らのビジネスにとって本当に重要なのは何か、ということを把握するヒントになるのです。
広告主は外部からの意見や視点も求めますが、付き合いのあまりない相手からのアドバイスは受け入れようとはしません。

一方で、広告主にアドバイスすることで代理店が収益を上げるのは難しくなってきています。今や多くのマネージメント会社やデザイン会社がこの分野に進出し、代理店と競合しているからです。
これらのコンサルタントたちは実にスマートで、クライアントのビジネスに何が足りないかをよく把握しています。そしてクライアントのビジネスをより活性化するため、彼ら独自の発想と方法をアドバイスするのです。
これは代理店にとって、大変な脅威です。もし我々が広告主のアドバイザーたる能力を失ってしまえば、単なるクリエイティブの供給者になってしまいますから。

日本で働くクリエイティブの人々にとって、最大の課題は何でしょう?

二つあります。一つは歴史、もう一つは「技」です。
若いクリエイターたちは、広告業界の歴史から学ぼうとしないことがあります。その理由は、「伝統的な仕事」をもうほとんど目にしなくなったり、新しいテクノロジーを使う限り過去の歴史は見る必要がない、と考えるからです。ですから時に彼らは、過去に誰かが成し遂げたことに時間を費やしてしまう。これは才能と能力の大変な無駄遣いです。

もう一つの課題である「技」とは、写真やデザインのディレクションのことだけではありません。広告業界で一番大切な「技」とは、最も重要なメッセージを的確に伝えるアイデアを生み出すことを意味するのです。
デジタル・メディアの世界では時間の制約がなく、誰もが自由に好きなことを発信できます。よって多くのクリエイティブに携わる人間が、残念ながらこうした「技」を見失ってしまったのです。

日本で「キャンペーン」に何を期待しますか?

広告業界に限らず、どの業界にもジャーナリストの存在は不可欠です。残念ながら、日本には広告業界を専門にするジャーナリストがほとんどいません。「キャンペーン」の日本での取り組みに期待しています。

広告業界は変化のスピードが速く、今では一般の人々も含め、新規参入者が非常に増えました。キャンペーンには是非こうした人々や新しい才能をどんどん取り上げてもらい、広告業界がより開かれたものになるよう貢献してほしいと思っています。

このインタビューは、「日本のクリエイティビティーを語る」シリーズの一部です。
バリー・ラスティグは、アジアを中心にブランド・戦略コンサルティングを手掛けるコーモラントグループのパートナーです。

併せて読みたい寿司の「概念」に、海外成功の秘訣あり ~ 清水幹太

 

提供:
Campaign Japan

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