David Blecken
2017年4月13日

ヒトはテクノロジーとどう向き合うべきか:新経済サミット2017

Campaignは4月6・7の両日、東京で開催された第5回「新経済サミット(NEST)2017」に参加した。このカンファレンスで取り上げられたテーマから、マーケティング分野に関連するものをいくつかご紹介していく。

森正弥氏(写真提供:JANE)
森正弥氏(写真提供:JANE)

カンファレンスを主催したのは、楽天の三木谷浩史CEOが代表理事を務める新経済連盟(JANE = Japan Association of New Economy)。同団体は、世界のテクノロジー界の動向やその成長分野を日本の視点で捉えていくことを主眼とする。カンファレンスの場では、IBMやIDEO(アイディオ、デザインコンサルタント企業)、小泉純一郎元首相などと共に、メインスポンサーの楽天が大きな存在感を示した。今年のメインテーマは、原子力と代替エネルギー、人工知能(AI)の応用と自動運転、ドローンとその商業利用、日本のスタートアップ企業にとってのデザイン思考の重要性……などなど。マーケティングとは直接関連のない討論も多かったが、この業界にとってカギとなるようなものを以下に抜粋する。

「公式発表」を疑うべし

その主張に賛同するかどうかは別として、小泉元首相のスピーチは傾聴に値する。同氏は、世界中の原子力発電所を閉鎖せねばならない理由を熱く語った。なぜCampaignが原発の話題を取り上げるのか。それは、広告の悪用が大きな被害をもたらすことを改めて教えてくれるからだ。日本人の多くは、小泉氏が首相の座にある時になぜ反原発を打ち出さなかったのか、疑問に思うだろう。それに対する同氏の答えは明快だ。当時は彼をはじめとする多くの人々が誤った情報に操られていた。だから今、彼はその過ちを埋め合わせるべく努力しているというのだ。「『福島の原発は安全だ』という主張はすべて嘘だと分かったのです」。小泉氏は怒りを込めて言った。「多くの賢い人々が嘘をついていた。そしてあらゆる新聞が、原子炉は安全だと書き立ていた」。様々な分野のテクノロジーが複雑化するなか、コミュニケーションに携わる人々は完全に理解している情報を発信する義務がある。そして受け手は、情報を鵜呑みにしてはいけないのだ。

小泉氏のスピーチは、プレゼンテーションの手法においても良い模範を示した。何かを人に伝え、理解してもらいたいとき必要なのは、細やかなプレゼン資料だけではない。同氏のように明快さと信念にあふれた弁舌こそ、何よりも大切である。

デザイン思考におけるストーリーテリングの重要性

この業界では往々にして、ストーリーテリングの重要性が見逃されがちだ。しかしデザイン思考の観点からすれば、ストーリーテリングは大切な要素になる。IDEO共同創業者で、日本のスタートアップ企業を早期支援する「D4V(Design for Ventures)」創業者でもあるトム・ケリー氏は、デザイン思考には「共感と試行、そしてストーリーテリングという3つの要素が不可欠」と話す。「共感」とは、人々が何を求めているか初期段階から十分に把握することだという。「日本企業は問題の解決能力に長けていますが、問題が生じる前に人々のニーズを理解することが大切なのです」。同氏は、TJパーカー氏が米国で始めた処方薬の新たな個人向けデリバリーサービスをその好例に挙げた。

「『非凡な才』は大概、様々なことを試してみたいという意欲から生まれます。成功を求めるならば、他人より多くの試みに挑戦する心構えが必要。いわゆる天才というのは、人より多くの失敗を重ね、なおかつ多くの成功を得た人たちですよ」

さらに同氏は続ける。「テクノロジーの世界をバックグラウンドに持つ人々は、ストーリーに対して懐疑的になりがちです。だが彼らの考えるストーリーというのは、若干意味が違うかもしれません。真のストーリーとは、単にデータを生活に結びつけ、伝えたいメッセージを印象づけることです。アップルが成功したのは(少なくともスティ-ブ・ジョブ氏の生前の話ですが)技術力ではなく、製品の本質を的確に抽出し、誰にでも分かるような『ベストストーリー』に仕立て上げたから。日本のスタートアップ企業はこの点から多くを学べるでしょう。あなたのアイデアを盛り込んで未来像を描けば、人々はそれを理解し、世界に広げてくれるのです」。

AIはニーズの見極めに重要

楽天の技術研究所代表で、公益社団法人「企業情報化協会」の常務理事も務める森正弥氏は、「人々の多様で個性的なニーズを分析するために、楽天はAIをより一層活用している」と話す。何百万ものパターンを精査するような仕事は明らかに人間の手には負えないが、「新たなトレンドや状況の下では、人に頼らざるを得ない部分があります」。例えば、AKB48のファンとの握手会がCDの売り上げに大きな影響を与えたことをAIは予測できなかった、と話す。

IBMのワトソン・アンド・クラウドプラットフォームGM、ジェイ・ベリッシモ氏の解釈では、AIのAは「Artificial」ではなく「Augmented(改良された)」であって、AIが人間の創造力にとって代わることは有り得ないという(パネリストたちは皆、AIが人間の仕事を奪ってしまうという懸念を払拭しようとしていたが、森氏はロジスティックや戦略はいずれAIの管轄になると示唆した)。AIに最も期待される機能は「蓄積された知見の伝承」で、これはほぼ全ての分野の企業にとってメリットになるという。その例としてベリッシモ氏は、IBMのAI「ワトソン」が30年分のデータを演算処理し、石油掘削装置の設計者に安全性に関する提案を行った話を披露した。「AIはこれから登場するのではなく、既に存在しています。肝心なのは、社会の様々な側面で今後いかに速やかにAIが導入されるか、ということなのです」

皮肉なことに、減少する日本の労働力をAIが補うという予測がある一方、日本には先端的なAIの知識を持った技術者が明らかに不足している。森氏によれば、楽天のAI部門の99%が日本人以外の人々で占められているという。

ドローンに積極的な日本は、ブランドに有利

楽天CEO戦略・イノベーション室オフィスマネジャー虎石貴氏は、「日本政府はドローンの規制に取り組む一方で、その商業利用に極めて積極的。米国政府よりもはるかに我々に協力的です」と話す。同時に、AI同様、人々が安心してドローンを利用できる環境を構築することが現在の公共の課題だという。楽天はドローンを将来の事業の中核と捉え、その技術の応用で他社との差別化を目指す。ゴルフ場でドローンによるデリバリーの実証実験を行った虎石氏は、「楽天は消費者の期待に応える術を学びつつあります。様々な企業とも密接に連携し、業界と共に進化を遂げていく所存です」と語った。

(文:デイビッド・ブレッケン 翻訳:岡田藤郎 編集:水野龍哉)

提供:
Campaign Japan

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