David Blecken
2016年11月01日

五輪スポンサーシップのカギは、「体験」

スポーツファンは、スポンサーブランドからのメッセージなどには耳を貸そうとしない。だが、ブランド体験に関しては前向き - リオ五輪で日産自動車のスポンサーシップ戦略を手がけたコンサルタントはこのように語る。

「日産がリオに設けたバンジージャンプ場」
「日産がリオに設けたバンジージャンプ場」

リオ五輪を振り返り、来たる2020年の東京大会に向けたブランド戦略を考察するシリーズの最終回。Campaignは、先日東京を訪れたマッキャンエリクソン・ブラジルのスポンサーシップ戦略ディレクター、ロドリゴ・コエリョ氏から話を聞く機会を得た。今回のホスト国としての視点を踏まえ、同氏がスポンサー活動についてのあるべき姿を語る。

リオ大会での日産の仕事を通して得た、最も重要な教訓は何ですか?

まず強調したいのは、五輪は単なるスポーツイベントではないということです。特に日産のようにブラジルで存在感が弱いブランド(同国自動車市場での売上は9位前後)にとっては、認知度を高める上で極めて重要なプラットフォームになります。日産は今回の大会をそうした位置づけで活用し、新しいポジショニングの構築を目指しました。主たるアクティベーションは、全て大会前に行いました。肝心な点は、17日間の大会期間中にブランドの出る幕はないということです。大会までの期間こそがブランドを認識してもらうチャンスなのです。特に聖火リレーは、日産にとって大舞台でした。100日間、3万キロに及んだリレーで日産の車はランナーたちのすぐ後ろを追走し、聖火リレーを取り上げたコンテンツの80%に映像として取り上げられました。


観客は五輪に素晴らしいスポーツのパフォーマンスを期待しますが、ブランドの活動には興味を持つのでしょうか?

スポーツファンはブランドを通じて大会を楽しむので、興味は持っていると思います。リワードプログラムやホスピタリティープログラムといったブランド体験ができる機会を開催都市周辺で設ければ、少なくとも何らかの「オフィシャルな五輪体験」を人々に提供することができます。スポーツファンはブランドからのアプローチを待っているとは思えませんが、うまくアプローチすればブランドを認識してもらえるのです。我が社が大会期間中に行った調査では、「リオ」とハッシュタグが付いたソーシャルメディア上の投稿の86%は競技と関係がなく、開催地での体験に関するものでした。もちろんその中にはブランド体験を紹介したものもあったし、そうでないものもありました。人々は楽しみやエンターテインメントを求めており、これこそがブランドのチャンスなのです。ハイネケンはリオ市内でも最高のロケーションに「オランダ・ハイネケン・ハウス」というホスピタリティーの場を設置し、盛んにパーティーを行って屈指の人気ブランドとなりました。日産は「Dare to go beyond(限界を超えよう)」という自社のキャッチフレーズに因み、高さ40メートルのバンジージャンプ場を提供しました。

楽しい時間を求める人々の気持ちに着目するのは分かりますが、結果として人々の記憶にブランドは残るのでしょうか?

全てが記憶に残るわけではありません。これをやりさえすればブランドを覚えてもらえるという決め手はないので、人々とブランドが接する頻度を上げて体験を増幅させていく必要があります。だからこそできるだけ早くアクティベーションに着手し、ブランドと緊密に接してもらって、「ブランドがより良い体験をもたらしてくれる」という認識をもってもらう必要があります。1つや2つのアクティベーションでは、ブランドを覚えてはもらえません。人々が何かに参加したり、何かを共有したりするとき、主役は彼ら自身なのであって、ブランドではありませんから。ここに従来のマーケティングにはなかった難しさがあります。

体験してもらうことが重要なのであれば、テレビ広告には意味があるのでしょうか?

テレビ広告は今でも一定の効果があると思いますが、もはや主流ではなく付随的なものです。規模や頻度という点では良い手段ですが、消費者とブランドをつなげる効果は期待できません。体験こそがこれからのブランディングの主流だと思います。例えば、人々は日産のメッセージを聞きたいとは思っていませんが、バンジージャンプという体験を通して日産のメッセージを体で感じることができます。人々に語りかけることでイノベーションの素晴らしさを理解してもらうのではなく、人々を直接的に刺激することが体験型ブランディングなのです。

パラリンピックでのブランド活動は盛んでしたか?

残念ながら、それほどでもありませんでした。テレビ中継も少なく、前回のロンドン大会の方がより多くカバーしていました。パラリンピックはより感動的で、より人間性を訴える力がある巨大なプラットフォームです。ブランドはオリンピックとパラリンピック双方で一貫性のあるメッセージを発信し、さらにパラリンピックではアレンジを加える必要があります。その好例がイギリスの公共放送、チャンネル4です。ロンドン大会での「オリンピックはパラリンピックの前哨戦にすぎない」というメッセージは素晴らしいものでした。私にはブランドがパラリンピックにもっと深く関われるという強い思いがありますが、パラリンピックというプラットフォームはまったく新しい領域でもあります。オリンピックがもたらす従来型の切り口とは異なる、画期的な取り組みができる様々な余地があるのです。例えば、オリンピック選手を「ブランド大使」に任命するのは誰もがやることですが、パラリンピック選手でチームを作り上げようという気概あるブランドはこれまでありませんでした。これを実現すれば画期的なことでしょう。東京大会でパラリンピックに関するブランド活動がどう展開されるか、大いに注目しています。

オリンピックとパラリンピックで、ブランドが避けるべきことは何でしょうか?

競技の話題を取り上げるのは得策ではないと思います。多くのブランドはソーシャルメディア上に競技結果やお祝いの言葉を載せて、コミュニケーションの基盤として使っています。だがそれでは、ブランドを語ることができません。何を伝えたいかという視点に欠けているので、視聴者にとっては邪魔なだけで、ブランドが良い体験をもたらしてくれるというふうにも受け止めてもらえません。ブランドには無難なコンテンツではなく、思い切って独自の視点を盛り込んだメッセージを発信してほしいものです。無難なものはいつも失敗に終わるのです。それと、万人受けを狙わないこと。ターゲットを正しく絞ることが重要です。

公式スポンサー以外のブランドにも、より多くのチャンスがあると思いますか?

そう思います。五輪というプラットフォームでイノベーションを実現する余地は、まだ大いにあります。リオ大会でバンコ・ブラデスコとイタウ・ウニバンコという2大主要銀行が競争を繰り広げたことは周知の事実で、実質的にそれが人々の生活を向上させました。ロンドン大会で金融グループのバークレイズがレンタサイクルを提供したように、イタウ・ウニバンコが「バイク・リオ」を提供し、一方でバンコ・ブラデスコは自転車専用レーンのスポンサーになったのです。結果として、人々はこの競争から恩恵を受けました。同時に公式スポンサーではないブランドでも、極めてクリエイティブな手段でブランドメッセージを伝達できるということを証明してみせたのです。

(文:デイビッド・ブレッケン 翻訳:鎌田文子 編集:水野龍哉)

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Campaign Japan

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