Robert Sawatzky
2017年6月28日

問われる広告賞の意義 ピュブリシスの「反乱」

フランスの広告大手ピュブリシス・グループが、全ての広告賞への不参加を宣言した。業界を驚かせたこの決定は、様々な波紋を投げかけている。

問われる広告賞の意義 ピュブリシスの「反乱」

来年は一切の広告賞に参加しない、と発表したピュブリシス・グループ。この知らせは世界の広告界に衝撃を与え、大きな議論を巻き起こしている。クリエイティブに携わる人々には動揺が広がり、その一方で同社の姿勢を評価する声も。ピュブリシスは今後、人工知能(AI)対応のプラットフォーム開発に注力し、業務改善に努めることを言明した。娯楽的要素が強まる広告賞に、もはや社内リソースを費やせないことを示唆したのだ。

カンヌライオンズが開催されていた先週、現地でピュブリシス・グループの特別会合が招集された。その席上、アーサー・サダウンCEOは幹部やコミュニケーション担当者たちに、「来年は全ての広告賞から撤退する」と言い放った。

だがこの決定は、ピュブリシス・グループの企業のみならず、多くのカンヌライオンズ関係者にとって寝耳に水ではなかったようだ。

カンヌライオンズでクリエイティブデータの審査員を務めるFCBメキシコのウンベルト・ポーラーCCO(チーフ・クリエイティブオフィサー)は、「カンヌライオンズのROI(投資収益率)を考慮すれば、いくつかの大手企業は長年撤退を検討していたのではないでしょうか」と話す。

「広告賞への参加は出費がかさむことは間違いない」と言うのは、ピュブリシス・グループ傘下のBBHでグローバルCCOを務めるペッレ・ショーネル氏。 「広告業界が思い上がった体質にならぬよう、我々は注意していかねばなりません」。

「ピュブリシスの決定はもっとも」と話すのは、デジタスLBiのアジア太平洋地域担当CEO 、アネット・メール氏。ピュブリシスはクライアントのブリーフに合わせて最適のスタッフを選ぶ新しいAI「マルセル」の開発を計画しており、「その予算を捻出せねばならない」と指摘する。

会社が予算をやり繰りする場合、贅沢で不必要に見える出費を削減するのは定石だろう。広告賞の獲得に依然野心を持ちながらもROIを優先するブランドのいくつかは、既にサダウン氏の決断を歓迎している。

「ピュブリシスは我々が置かれている環境の変化をよく理解しています。その点は称賛されるべきでしょう。広告代理店やブランドはどこも、仕事と直接関係のない支出や十分な価値を生まない事業、あるいは価値の発展を妨げるような事業の削減に努めているのですから」と話すのは、ジョンソン・アンド・ジョンソンのグローバルCMO、アリソン・ルイス氏。 「ピュブリシスの経営陣は合理的で優れたビジネスリーダーです。尊敬に値します」。

事業で何を優先すべきか、サダウン氏が強いメッセージを発したことは間違いない。が、だからと言ってグループ内で多くの失望の声が上がっていない、というわけでははないのだ。

クリエイティブはどう考えるのか

「あらゆる決断にはプラスとマイナスの側面があります」と話すメール氏。 「マイナスの影響がまったくないとは、誰も言えないでしょう」。特に広告代理店の若手社員にとって、「国際的な広告賞に参加することや、受賞した会社の一員であることに優る高揚感はありませんから」。

「問題は、クリエイティブのスタッフがこれからも広告賞に参加したいかどうか」と言うのはルイス氏。 「好き嫌いはさておき、カンヌライオンズでの受賞はクリエイティブ業界の人々のキャリアにとって非常に重要なこと。(賞への不参加は)今後、優秀な人材を獲得したり維持したりするうえで、新たな課題を生むのではないでしょうか」。

確かにカンヌライオンズの会場では、クリエイティブに携わる人々からの不満や不安の声が聞かれた。

ピュブリシス・グループ傘下にある、レオ・バーネットのシカゴ支社入口に貼られた抗議の紙。創業者バーネット氏は、「社が理想を見失った時には自分の名前をドアから外せ」と言い残した。紙に書かれた「マルセル」は、ピュブリシス創業者であるマルセル・ブルースタイン=ブランシェを揶揄している。

Campaign が進行役を務めた、カンヌにおけるチーフ・クリエイティブのためのフォーラムで、電通デジタル・クリエーティブ・センター長の佐々木康晴氏は「広告賞は我々にとって、スキルを向上させるうえで非常に重要」と発言した。 「クリエイティビティーの源となる素晴らしいアイデアに触れたり、他のクリエイターの優れた作品を見て悔しく思ったりすることは、この上ない体験なのです」。

「賞はベンチマークとして必要」と言うのは、BBDOアトランタのロビン・フィッツジェラルドCCOだ。

今回の論点は、これまでの「広告賞が多過ぎて重みが失われつつある」などといった不平の類とは次元が異なっている。この論争はしばらく続いていくだろう。BBHシンガポールのエグゼクティブ・クリエイティブディレクターであるホアキム・ボルグストロム氏のように、ピュブリシス・グループ内の人間にとってはとりわけ悩ましい問題だ。

「私はむしろ、広告業界以外でもっと認められたいと思っています」とボルグストロム氏。 「我々は時に自分の身近な人々ではなく、賞の審査員たちの評価を必要以上に気にしてしまいがちです」

「現実離れ」した賞

今のカンヌライオンズは様々な面で広告業界の日常的課題からかけ離れており、業界関係者は今回の動きを警鐘と捉えている。 「代理店が改めてクライアントのROIを重視し、その最大利益を考えて仕事に取り組むようになる良いきっかけでは」と話すのは、ビデオとソーシャルメディア広告を扱うアドパーラー(AdParlor)社のアジア太平洋地域担当CEO、マット・サットン氏。

「代理店が労力とお金をかけ、広告賞を獲得して自分の会社をよく見せたとしても、それは必ずしもクライアントにとっての最大の利益ではないのです」

もしカンヌライオンズが事業のROIを競うような賞であったのなら、異なる評価を受けているだろう。だが実際はそうではなく、またそうなってほしくないという声も多いのだ。

しかし、カンヌライオンズも変わりつつある。会場の「パレ・デ・フェスティバル・エ・デ・コングレ」を埋め尽くすIBMやアクセンチュアのロゴ、ソーシャルメディア・プラットフォームの名を冠したビーチハウス、プログラマティック企業やアドテク企業が借り上げたヨット……こうした光景は、その変貌の象徴だろう。カンヌライオンズでビジネス戦略が大きな要素を占めるようになるのは、そんな先のことではないかもしれない。

FCBのポーラー氏は、カンヌライオンズでクリエイティブに携わる人々を前にこう語った。「私がここに来るようになってから20年ほどになりますが、最高の作品とは、より良いビジネスを構築するためにインスピレーションを与えてくれるものです。 もし私にこの大会の決定権があるのなら、例えばもっとクライアントのビジネスに直結するような賞は作れないか、議論したことでしょう。広告賞は有害、と簡単にレッテルを貼るべきではないのです」。

この記事の執筆には、ファイズ・サマディが協力した。

(文:ロバート・サワツキー 編集:水野龍哉)

提供:
Campaign Japan

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