David Blecken
2016年8月04日

日本での「ポケモンGO」効果に期待する、Blippar

英国発のビジュアル検索アプリ、Blippar。日本市場で注がれる目線はいまだ懐疑的だが、拡張現実(AR)の一層の普及とユーザーの開拓に力を入れている。

Blipparのビジュアル検索能力は現在、8歳の子どもと同程度だ(写真:Blippar)
Blipparのビジュアル検索能力は現在、8歳の子どもと同程度だ(写真:Blippar)

好むか好まざるかにかかわらず、「ポケモンGO」で拡張現実に対する関心が再び高まったことは確かだ。ポケモンの株主である任天堂がこのブームで巨額の利益を得るかどうかは定かでないが、日本を足がかりにアジアでの事業拡大を狙うビジュアル検索アプリ、Blipparにとっては千載一遇のチャンスかもしれない。

Blipparは2011年に英国で設立され、2014年に日本に進出した。アジアでは、半年ほど前からインドとシンガポールでもサービスを開始した。このアプリは、身の回りのものにスマートフォンをかざすと、それに関わる情報やコンテンツを受け取れるというもの。先ごろ、マシン・ラーニングのシステムは8歳の子ども程度の知能レベルにアップグレードされた。今年の終わりまでには18歳くらいのレベルにまで引き上げられる予定だ。

このシステムは、ユーザーの数が多くなるほど「賢く」なる。よって目下Blipparが日本で直面する課題は、いかにしてユーザーをたくさん呼び込むかということ。同社はイメージ・キャラクターを使っておらず、現状での知名度はそれほど高くはない。日本市場で一気に普及するまでにはまだ時間がかかりそうだが、Blippar Japanの代表取締役社長ショーン・ニコルス氏は、「ポケモンGOが追い風になる」ことを期待している。

ニコルス氏は、スマートフォンの普及率が高くネットワークへの接続性が高い日本市場が、グローバル展開を目論むBlipparにとって「成否を決定づけるほど重要」と見なす。その一方で、拡張現実が普及する基盤がまだ日本では整っていないことも認識している。

5年前、拡張現実を活用したバーチャル・シンガー「初音ミク」がリアルな「アイドル」として人気を博したが、実際は多くの人にとっては理解しがたく、「拡張現実はせいぜい『音声合成ソフトウェア上で踊る女の子』の域を出ていなかった」と同氏は言う。物珍しさから一時的にはもてはやされたが、ブームが過ぎるとマーケティング上の重要業績評価指標(KPI)とは無縁の「ちょっとしたからくり」程度に見なされてしまった。「初音ミクのようなことを繰り返したいとは、もう誰も思っていないでしょう」。

では、ポケモンGOはどのような変化をもたらすのだろうか? 「ポケモンGOのおかげで、拡張現実に驚くほどの注目が集まっています。過去の失敗を乗り越えて、適切なコンテンツを正しく使えば拡張現実はユーザー体験を飛躍的に向上させるツールということを、クライアントに示したのです」とニコルス氏。

しかし重要なのは、ユーザーがポケモンのキャラクターと同様、ブランドと関わりをもちたがるか、ということだ。今や東京中の公園で、スマートフォンの画面に見入ってポケモンを探し回る「ゾンビ」の群れを目にする。こうしたブームに眉をひそめる人々もいるが、拡張現実がもっとコマーシャルに活用されたとしても、このような光景を再現することは難しいだろう。もちろん、適切なアプローチをすれば不可能ではないだろうが。

「ポケモン狩り」をする人で大混雑の東京の公園。この熱狂的なブームは、ブランドのプロモーションにもメリットとなるのか?
(写真:タイロン・ジュリアーニ)


フラミンゴ東京オフィスでシニア・リサーチャーを務めるオムリ・レイス氏は、「ポケモンGOには文化的側面があり、拡張現実とは自然に融和する」と語る。「拡張現実のイメージを変え、その将来性を切り開いてくれるかのようですが、まだ最初の一歩に過ぎません」。

Blipparはそもそも、ビジュアル検索ツールだ。広く普及させるためには、グーグルに検索キーワードを入力するのではなく、スマートフォンをかざすことで様々な情報にアクセスできるということをユーザーに知ってもらう必要がある。ニコルス氏は「そういう認識がまだ十分ではない」としながらも、将来を楽観視する。「QRコードは日本で発明されたのです。スキャンする対象を、QRコードからあらゆるものに広げられるかどうかが、今後のポイントです」

最初のハードルは、人々にアプリをダウンロードしてもらうことだ。「日常生活でBlipparが便利で有意義なものであることを知ってもらえば、成長は自ずとついてきます。なければないで不便に感じないものは、いくらでもある。今はなぜBlipparが必要か、ユーザーがまだ気づいていない段階です。いったん使い始めれば、生活のクオリティーがグッと上がることは明らかですから」と同氏。

レイス氏は、日本は歴史的に、より良いライフスタイルを目指したり「問題を解決したりするときには、テクノロジーの導入に極めて前向き」と考えている。こうした面では日本も他の市場と変わらないかもしれないが、新しいテクノロジーがもたらす利便性を的確にユーザーに伝え、理解してもらうことは特に重要となる。Blipparがメジャーになるには、「それらを広く知ってもらうことがカギ」と同氏は指摘する。

「そのためには日本の消費者が抱える不満やニーズ、欲求に訴えかけていく戦略が不可欠です。例えばビジュアル検索は、高齢者の人々にとって実に便利なもの。小さなキーボードで入力する必要がありませんから。もちろん、彼らの関心に応えるようなコンテンツが、きちんと日本語で用意されていなければなりませんが」

Blipparは目下、コカ・コーラやハイネケン、レッドブル(同社は社内で小規模なクリエイティブ・エージェンシーを運営する)などの有名ブランドや、赤西仁、ガクトといったセレブリティーのキャンペーン制作に携わっている。音楽ファンは「ユーザーとして取り込みやすく、Blipparの知名度向上にも貢献してくれる」としてニコルス氏も着目する。「彼らは好きなミュージシャンに近づくためなら、何でもしますから」。また日本は「ブリッパブル(blippable)」、すなわち「Blipparと相性がよいCDの『最後の大きな市場』であることも見逃せない」と言う。

仮にBlipparがより多くのユーザーを集めたとしても、どうやってブランドを呼び込むか、という課題は残る。「Blipparが今までの拡張現実のプロダクトとは異なることをブランドに認識してもらっても、もう一つの障壁があります。(Blipperを活用しても)そのブランドではなく、Blipparをプロモーションしているのではないか、と思われてしまうことです。日本のマーケターたちは、失敗を恐れる気持ちがとても強いですから」と同氏。

こうした懸念を払拭するため、Blipparは実績ベースの課金モデルを導入しており、時間と場所でフィルタリングされたユニークユーザーとインタラクションの数を、ダッシュボードで確認できる測定機能を提供している。通常は外部の代理店が介するキャンペーンもブランドが独自で作ることができ、Blipparと協業することもできるのだ。ニコルス氏は、「『ウォールド・ガーデン(壁に囲まれた庭)』から脱却するため、Blipparを是非プログラマーの手に委ねたい」と語る。コストは変動するが、「成果が出たときだけコストが発生するような製品を作り出す必要があるのです」。

もちろん、何をもって成果とするかは、それぞれのブランドの重要業績評価指標による。シーバスリーガルのようなブランドは、今のところキャンペーンの中心は試飲やクーポン、無料のサンプルなどだ。実際ニコルス氏も、無料サンプルを限定コンテンツやセレブリティーの起用、子供に向けた教育的コンテンツと並ぶ「ブリップ(blipp)」成功に欠かせない4つの秘訣の1つに挙げている。シーバスの最近のキャンペーンは、無料のウイスキーとクイズなど気軽に楽しめるコンテンツの組み合わせだった。また、イトーヨーカドーがゴールデンウィークに展開したキャンペーンは、よりブランディングに軸足を置いたものだった。子どもの描いたお母さんの絵が、Blipparをダウンロードしたスマートフォンをかざすと踊り出すという仕掛けで、期間中の「ブリップ」数は世界一となった。

Blipparには、極めて有利な確固たる事実がある。「製品自体が媒体になれる」という否定しがたい魅力だ。ブランドから絶え間なく発信されるメッセージに、消費者はうんざりし始めている。今は、より控え目なプル型のマーケティングが受け入れられつつあるという兆しも見える。このチャンスを捉えるカギは、「取るに足らないもの」だと思われないような工夫だろう。結局のところBlipparの成功は、それを活用するブランド次第なのだ。

AKQA東京オフィスでグループ・クリエイティブ・ディレクターを務めるクラウディア・クリストヴァン氏は、このように述べる。「Blipparのようなアプリや拡張現実そのものは、『ちょっとしたからくり』ではありません。でも使い方を誤れば、それだけで終わってしまうのです」。

日本での成否もさることながら、Blipparの進出を心待ちにしているのが中国だ。「中国からは熱烈なリクエストを受けています。日本人は物事に対して慎重ですが、中国人はその反対。今すぐにでも欲しい、という期待感に満ちています」とニコルス氏。「ただ中国は、打ち切るときは即刻に打ち切ってしまう。中国進出は適切に進めなくてはいけませんが、そのタイミングは今だと考えています。中国市場の重要性は理解していますから、近い将来大きなブームを起こしたいですね」

(文:デイビッド・ブレッケン 翻訳:鎌田文子 編集:水野龍哉)

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