Ryoko Tasaki
2017年5月25日

母親の現実を描いたムーニーのCMが投げかけたもの

昨年公開された紙おむつブランドの動画が、今月に入って話題になっている。

母親の現実を描いたムーニーのCMが投げかけたもの

ユニ・チャーム「ムーニー」は昨年12月、生まれたばかりの子どもにかかりきりでストレスが溜まる母親にフォーカスした動画を公開した。植村花菜さんが歌い上げるBGM『moms don’t cry』には、抱っこが続いて肩や腰が痛み、自分のための時間がまったくとれないなど、子どもが生まれたばかりの母親が直面しがちな“現実”がリアルにつづられる。父親の姿や、手を差し伸べる存在はほとんど登場せず、母親は涙をこらえながら、孤独に子育てに奮闘する。それでも子どもが指を握ってくる様子に母親は笑顔を取り戻し、「その時間が、いつか宝物になる。」というコピーで締めくくられる。ビジュアルや音楽のトーンは明るいが、そこに描かれる母親の辛そうな姿には、胸が締め付けられる。

この動画が5月に入り、母親が一人で頑張る「ワンオペ育児」を賛美していると、影響力のあるツイッターで紹介されたことから一気に話題に。辛かった育児がトラウマのように蘇るといった声や、そもそも家事や育児に関連するCMには女性ばかりが描かれているといった批判も飛び出した。

一方で「過剰に反応しすぎ」「あれが現実」と淡々と受け止める声もある。動画について英語で紹介する記事にも、「ワンオペ育児賛美とは思わない」「今まで見てきた中で最も的確に母親業を描いている動画」といったコメントが寄せられた。

比較されるように、昨年2月公開のP&G「パンパース」の動画も注目された。母親に代わって父親が夜泣きに対応し、幼い姉は赤ちゃんにおもちゃを差し出し、叔父は禁煙を決意。駅で困っていると手を差し伸べる男性や、子どもを笑わせようとするガードマンなど、多くの人が登場する。子どもの存在が人々に笑顔をもたらし、子育て世帯を社会が支える様子が、英語圏ではおなじみの子守唄にのせて描かれており、ムーニーの動画とは対照的だ。

P&Gの動画に描かれる理想的な世界は、欧米では既に“現実”となっているのか、あるいはまだ理想論にすぎないかは、一概には言えないだろう。それでもこの動画は「ホッとして涙が出た」「どんな子供もこんな風にいろんな人に大切にしてもらえるといいのに」など、反響はおおむねポジティブだ。

ブランドの主張とのブレが無いか

批判的なコメントが目立ち、一部では「炎上」とも言われたムーニーの動画は、はたして失敗だったのだろうか。ブルーカレント・ジャパンの代表取締役社長で、もうすぐ3歳になる子どもを共働きで子育て中の本田哲也氏は「賛否が分かれるテーマで意見を発し、議論のきっかけを作ったキャンペーン」だととらえる。

女性活躍推進法(昨年4月施行)や待機児童問題、家事育児の分担など、「女性の生き方」にまつわる話題は近年、人々の関心を集めている。母親が孤立した中で子育てする「孤育て」について、ムーニーが戦略的に議論を仕掛けたのか、あるいは結果的にそうなってしまったのかはさておき、「今もっとも人々の関心が高いテーマについて、議論が起きるきっかけを作った。そういう意味では、失敗ではないと思います」。

キャンペーンが議論を起こすことは、特にPRの領域ではグローバルトレンドだと本田氏は話す。その成功と失敗を線引きするのは、メッセージの内容がブランドの理念や企業のビジョンと結びついているかどうか、つまり「その議論を通して、本来ブランドが伝えたかったことや、ブランドの主張が世の中に伝わっているか」だという。お母さんを応援したいというメッセージを動画に込めたユニ・チャームは、女性向けの商品を多く扱うだけでなく、慣れない育児を支える情報サイトや、新興国での女性の自立支援活動を行っており、女性を応援する活動に積極的に取り組んできた。今回の動画は「発信しているメッセージと、企業として取り組んできたことにブレが無い」と、本田氏は評価する。

紙おむつやベビー用品のCMといえば従来、赤ちゃんがにこにこ笑う様子を朗らかに、あるいはすやすや眠る様子を穏やかなイメージで扱うものが多かった。しかし「広告でもPRでも、ふわっとしたイメージの訴求でなく、メッセージ性を強く打ち出す潮流があります」と本田氏。母親たちの大変さをまっすぐ受け止め、応援したいという姿勢を表現した今回のムーニーの動画のように、社会性のあるテーマや、ドキュメンタリータッチの企画が話題に上ることが、特に先進国では増えているという。

宣伝と企業姿勢は切り離せない

今回の騒動で興味深いのは、商品のユーザー層が置かれた状態を描写した動画が、人材の多様性やCSRといったコーポレートの話題に飛び火したことだ。ユニ・チャームの会社案内サイトの役員一覧に女性が一人もいないことを指摘したり、人事関連データを参考に2社の女性社員や女性管理職の比率を比較するツイートが見られた。

企業のビジョンや具体的な取り組み内容は、コーポレートサイトやIR・CSRレポートなどの情報源から誰でも入手できる。広告のメッセージと企業活動の整合性がとれているかを、世の中からチェックされてしまうのだ。

「以前であれば、商品広報と企業広報は別の部隊が対応するもので、十分な連携がとられていなくても、あまり問題になりませんでした。しかし今は、商品と企業活動そのものが切り離せなくなってきているのです」。フライシュマン・ヒラードが2015~2016年に実施した調査でも、消費者があるブランドを選ぶ際に重要視する要素として、価格や製品価値など「消費者便益」を挙げたのは55%だったが、「経営のあり方」(27%)、「社会への貢献」(18%)など、企業の価値観や姿勢を重視する人々の割合は、もはや軽視できないことが明らかになっている。

ユニ・チャームは全社員に在宅勤務を認めたり、妊娠中の内定者が入社時期を先延ばしできる仕組みを設けるなど、働き方改革や女性活用に積極的なイメージの企業だ。しかし騒動をきっかけに注目され、女性活用にまだ課題が残る“証拠”を押さえられてしまった形となった。

炎上はチャンスになり得る

ブランド担当者としては、予期せぬ炎上や飛び火はできれば避けたいもの。リスク回避のための現実的な方法として、女性によるチェックを本田氏は提案する。

「女性受けを狙おうということではありません」。ブランド側の決定権者や広告界には男性が多く、男性視点に寄った企画が立案されがちな現状を踏まえ、さまざまな視点から客観的に見ることが大切なのだ。「この内容を世の中に出したらこんな反応が起こるのではないか、バッシングされるのではないかと気付く想像力や勘は、女性の方が鋭いことが多いのです」。そのため、内容を社内の女性に見てもらうなどして、率直な意見を聞くことはリスク低減につながるという。

また、批判が目立ってしまった今回の“ピンチ”は「チャンスに変えることができる」と本田氏。CMが話題になり、中にはこの騒動がきっかけでムーニーの他の動画やコーポレートサイトを見た人もいるだろう。「無関心こそが、本当の敵」と本田氏が指摘するように、議論の土俵にすら上れていない他メーカーと比べれば有利ともいえる。今こそが、次の一手を出す絶好のPRチャンスなのだ。

そして「危機管理を攻めに転じた好例」として本田氏は、P&G「ファブリーズ」の事例を挙げる。消臭芳香剤とくさやを対決させるCMに苦情が寄せられ、放送中止となったが、これをきっかけに同社は八丈島水産加工業協同組合とタッグを組み、くさやをPRする動画を公開。まさかの和解にSNSは盛り上がったのだ。

社会が注目するテーマに一石を投じ、「ムーニーのあのCM」と象徴的な存在にまでなった動画の次に、ユニ・チャームは何を発信するのだろうか。

(文:田崎亮子)

提供:
Campaign Japan

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