Misaki Tsuchiyama
2016年12月14日

LGBTとこれからのマーケティング

広告代理店のプランナーでありながら、セクシャルマイノリティー(性的少数者)に関するシンクタンク「LGBT総合研究所」を立ち上げた森永貴彦氏。自身も当事者である同氏が、マーケティング的見地からLGBTとの関わり方について語る。

森永貴彦氏
森永貴彦氏

昨今、コミュニケーションを語るときに盛んに取り上げられる言葉がダイバーシティー(多様性)だ。日本の企業も遅まきながら関心を示し始め、セクシャルマイノリティーに向けた対応策を徐々に打ち出している。広告代理店に勤務していた森永貴彦氏は、社内ベンチャーでLGBTをテーマとした組織を設立。LGBTに関するマーケティングは今後どうあるべきか、ミレニアル世代の同氏に尋ねた。

LGBT総合研究所を設立するまでの経緯を教えてください。

2016年6月に設立するまでの5年間、LGBTに関する様々なビジネスプランを博報堂DYグループの社内ベンチャーコンペティションに提案してきました。なかなか実現しませんでしたが、2020年東京五輪を見据えてダイバーシティーへの取り組みが活発になり、LGBTに対する認識も高まりだしたことで、経営陣も未来のビジネスとしての可能性を感じ始めたのでしょう。企業がLGBTへの取り組みを始めると言っても、そもそもLGBTのことを何も知らない人が多い。ですから、情報提供やコンサルティングを行う広告代理店発のシンクタンクを設立するという案が採用されたのだと思います。

日本のマーケットにおけるLGBTへの取り組みの現状はどうでしょう?

まず、日本ではLGBTがまだまだ知られていません。過去にプランナーとしてLGBTに関する自主提案を行ってきましたが、日本企業の多くは社会貢献になってもビジネスとしてすぐに収益が上がらなければ行動を起こそうとしません。ですから、LGBTとは何なのか、どう行った消費特性があるのかといった点をマーケティング的見地から1つ1つ紐解きながら協働していくことが重要と考えています。企業の取り組みを加速させるには、やはり数字で見える情報が大切です。加えて、当事者が代表だからこそ消費者の気持ちがわかるというのも、LGBT総合研究所の強みです。

LGBTに向けたマーケティングの可能性をどう考えますか?

LGBT層は、旅行やペット関連、アルコール、飲料などのカテゴリーで消費支出が高いことが調査で分かっています。その中でもLGBTフレンドリーな企業の商品を選ぶ傾向が強いので、企業がそうした姿勢を正しく打ち出せれば競争力が強まるのです。逆に金融や保険、教育といった分野での支出は低いのですが、これはニーズが低いからではなく、それに応える商品が少ないということです。ですからLGBTマーケティングにきちんと取り組めば、潜在的なニーズを掘り起こすことができます。一般の人々同様、LGBT層も新たなサービスや商品を必要としています。そのニーズに企業が対応し、日本の文化の良いところも融合させて、世界中の人々から愛される商品やサービスが生まれていくのが理想ですね。

会社設立後、周囲からの反響はどうでしたか?

設立後3ヶ月で、データやクレデンシャルに関する問い合わせは100社を超えました。商品開発や新しい広告のためのテストなど、様々なお声がけをいただいている状態です。当初はLGBTに関する社内研修の要望が多いのでは、と予想していたのですが、マーケティング活動に直接つながる相談が多かったのは意外でした。メディアの反応も非常に好意的で、現在も報道に関するデータは無償で提供しています。LGBTをより多くの人々に知ってもらえる機会を増やせれば、という思いからです。

当事者の方々からも多くの反響をいただきました。LGBTを使ってお金儲けをするなというご意見もありましたが、LGBTにも個々のニーズがあります。企業がそれに対応するのは、お互いのメリットになるのです。そのために、企業と当事者がベストな関係を築けるようなサポートをしていきたいと考えています。

設立を評価してくださった方々からは、このプロジェクトに関わりたいという多くの声をいただきました。ただ、NPOではなく企業として立ち上げているため、ボランティアとして関わっていただくのはなかなか難しい。企業とNPOの橋渡しになってイベントの協賛を取りつけるなど、LGBTの人々が応援してくださる気持ちに応えられるような活動を心がけています。

今までの事例を振り返って、どのような感想をお持ちですか?

国内企業様のTVCMのために〜データを提供したのですが、マスコミの力を生かしてより多くの人にリーチすることは、LGBTについて考えるきっかけを広く提供するチャンスだからです。逆に取り組みが進んでいる海外でも、LGBT向けキャンペーンがうまくいかなかった事例があります。あるファストフードブランドがプライド月間(多様性を表すレインボーカラーをテーマ色とし、様々な性のあり方に誇りを持って啓蒙活動に取り組む)中に大々的なLGBT向けキャンペーンを行ったのですが、残念ながら店頭でのスタッフに理解が欠けており、対応が問題になったことがあります。企業としてLGBT向けのキャンペーンを行うと決めたのであれば、個人的な好き嫌いは別として、真摯にLGBTと向き合う姿勢を徹底しなければなりません。

LGBTマーケティングに企業が取り組むための最初の1歩は何ですか?

まずは、LGBTを理解することです。顧客層を理解せずに商品を売っていこうというのは、誰に対してもそうであるように失礼なことですからね。L・G・B・Tはそれぞれに違いますし、これ以外のセクシャルマイノリティーの人々もいます。LGBT総合研究所では、「知る→つながる→創り出す」というステップで、理解から始まり、接点をつくり、マーケティング活動をサポートするという段階的な手順を描いています。具体的には、研修、メディア・タッチポイントの提供、コンサルティングです。企業が社内にLGBTの人々がいることをきちんと認識し、オフィス環境を整えれば業務効率が上がることも調査で証明されています。

LGBT総合研究所の今後の目標は何でしょう?

上場企業初のLGBTマーケティングで収益を生んでいく会社として、新しいものを創造し、LGBTの人々が輝ける社会をつくり出せれば、と考えています。それが実現できれば社会の空気も変わるでしょうし、LGBT以外の人々にとっても、それまでなかった商品やサービスが生まれれば楽しいはずです。今後2年は国内市場でLGBTに対する理解を深め、3年目からはマーケティング領域に注力するつもりです。海外市場に関しては、他国のLGBTの人々がもっと気軽に日本を訪れることができるような取り組みを考えています。最近はアジア圏と活発な交流があるので、「LGBTフレンドリーな国、日本」を2020年に向けて実現していきたいですね。十人十色のアイデンティティーを尊重する、カラフルな社会づくりが目標です。

(文:土山美咲 編集:水野龍哉)

提供:
Campaign Japan

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