David Blecken
2017年6月13日

TBWAワールドワイド会長、広告業界を斬る

TBWAワールドワイドのジャン・マリー・ドリュー会長が、アドバタイジングウィーク・アジア2017に参加するため来日した。広告業界の未来を握るカギはイノベーションにあると、改めて説く。

ジャン・マリー・ドリュー氏
ジャン・マリー・ドリュー氏

アドバタイジングウィーク・アジア2017で講演した同氏は、「どのようなビジネスも存続していくためにはイノベーションが不可欠」と語り、その意義と重要性を説いた。大きな進化の可能性を秘めつつも、先行きが不透明な広告業界。イノベーションはどうあるべきなのか、Campaignが改めて同氏に問うた。

アドバタイジングウィーク・アジア2017では「マーケティングがイノベーションを主導するべきだ」と発言しました。具体的にどういうことですか?

今、最も興味深いイノベーションが起きている分野は科学とテクノロジーです。多くの企業にとって、科学的な技術革新を数年ごとに行うことは不可能。しかし、だからと言ってイノベーションの実現を諦めてはならないのです。私は常々多くの国々で、マーケティングの役割が過小評価されていると言っています。米国では平均的なCMOの任期はせいぜい24カ月から26カ月。これはマーケティングの本義が適切に理解されていないことの表れでしょう。多くの企業にとって、マーケティングとは単に「購買客を対象にしたマーケティング」に過ぎません。しかし、企業の中で事業成長を担う部署を1つ挙げるとしたらどこか。それはマーケティング部にほかならないのです。

広告代理店がコンサルティング会社のようになろうとする動きも見られます。方向性として、正しいと言えるでしょうか?

私は常に、物事の根源を見つめるべきだと考えています。そのシンプルな規範で考えてみると、優れたクリエイティブの仕事をするためには優れたマーケティング戦略が必要であり、そのためには優れた企業戦略が欠かせない。つまり、原点を見つめてビジネスコンサルタントの役割を果たすことは、広告代理店の仕事の一部なのです。もちろん、我々には経営コンサルタントほど徹底したビジネスコンサルティングはできませんが、一方で彼らにできないことができるのも事実。それは、創造力を働かせることです。戦略コンサルタントであれば、戦略的な提案をするのが仕事でしょう。我々広告代理店はそうではなく、「ドアを開く」ことができる。つまり、新たな可能性を示すのが仕事なのです。優れた広告代理店はこの点に長けていると断言できます。新たな可能性を示すか、そうでなければクリエイティブ制作に特化するか。その中間はあり得ません。私の40年に及ぶ広告の仕事のキャリアで、クライアントにビジネス戦略を提案して、「的外れだ」とか「君が口出しすることではない」などと否定されたことは一度もありませんでした。アイデアを出す人間は、歓迎されるものです。

今後5年間で、広告代理店に最も求められる変化は何でしょう?

デジタルの世界で自分たちが行っていることを、根本的に理解することです。我々は何でも効果測定ができると言ってきましたが、実のところ確信は持てていない。きちんとした測定はできていないのです。私は、デジタルの世界でクリエイティブ革命が起きるべきだと固く信じています。スティーブ・ジョブズは、理解している者がいないと言ってデジタルマーケティングを活用しようとはしませんでした。今、デジタルで行われていることを全体的に眺めてみると、その75%は非常に質が低い。ですから、今後我々が取り組むべき課題は2つあります。よりクリエイティビティーを高めることと、あらゆる効果測定を実現することです。

今回のようなイベントでは、大上段に振りかぶるような発言が多くなりがちです。広告の存在意義は「人々の生活を変えること」などという発言もありました。やや大げさに聞こえますが、どう考えますか?

確かに大げさですね。私自身は反対のことを考えています。最も大切なのは、物事に対する深い理解だと思います。優れた洞察に勝るものはありません。肝心なのは人々の生活を変えることではなく、人々がどのように生活しているかを理解することです。人々が置かれている状況を把握する方が、格段に興味深いと感じます。

今の時代、最も価値のあるクリエイティビティーとはどのようなものでしょう?

難しい質問です。今ちょうどクリエイティビティーとイノベーションの違いに関する本を執筆していますが、実に難渋しています。広告に関して言えば、とにかく大切なことは「新鮮さ」。そして、守られるべきことは2つあります。革新的な戦略に基づいていること、そしてその戦略が広告に透けて見えるようではいけないということです。広告には絶妙なバランスが要求されるのです。もしブリーフなしでキャンペーンを実施したとすれば、十分な効果は望めません。その一方で、キャンペーンからブリーフを感じとれるようであれば大胆な発想ができていないことになります。これら2つの要件を満たしたとき、キャンペーンは良い結果を出すことができます。

TBWA Hakuhodoはスタートアップ企業との関係構築に極めて積極的です。具体的にどのようなメリットがあると思いますか?

はっきりとは分かりません。過去10年間、TBWA Hakuhodoは非常に順調で、7年連続で「エージェンシー・オブ・ザ・イヤー」に輝いています。このこともあって、TBWA Hakuhodoというブランドや会社にとってプラスになるクリエイティブには何でも挑戦すべきだと思っています。スタートアップ・スタジオの「クオンタム」を立ち上げたのもその一環です。クオンタムには2つの役割があります。多くの新しいものに対してオープンな姿勢で向き合うこと、そしてインキュベーター(起業家を支援し、育成する個人や組織)のような機能を果たすことです。クオンタムが手がけるプログラムの90%はロイヤルティー方式で報酬が支払われ、フィー方式ではありません。10のプロトタイプを試したら、そのうちの1つが成功すれば良いと考えています。

御社のこれからの事業展開で、プロダクトデザインはどれほどの重要性を持つのでしょう?

それは我が社の拠点によって異なります。東京やパリ、ヘルシンキ、南アフリカなどはデザインに大変強い。その専門性を世界規模でどのように展開するべきか、我が社のCEOが現在検討していますが、まだ答えは出ていません。いずれにせよ、それが重要であることは間違いありません。デザインとは素晴らしくクリエイティブな仕事であり、デザインとデザイン思考の間を行き来する中で、デザイン力が一層磨かれていくと思っています。インタビューの前半でお話ししたことの繰り返しになるかもしれませんが、デザインは戦略づくりの核心的要素として、原点に立ち戻りつつあるのです。

(文:デイビッド・ブレッケン 翻訳:鎌田文子 編集:水野龍哉)

提供:
Campaign Japan

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