Campaign staff
2018年6月22日

世界マーケティング短信:カンヌライオンズ2018

今週はカンヌライオンズをフィーチュア。世界最大級の広告の祭典は、果たして新しい方向へと踏み出すのか。

世界マーケティング短信:カンヌライオンズ2018

今の梅雨の時期、日本にいる我々にとってカンヌの青い空は羨ましい限りだ。だが、こう言えば少しは気休めになるだろうか。果てしなく繰り返されるミーティングの合間にプロムナード・デ・ラ・クロワゼットを散策しても、リゾート気分とはまったく無縁。そして鬱々とした気分を紛らわすために、ロゼワインのグラスが限りなく空いていく……。

カンヌには尽きることのない魔力があるが、フェスティバルは岐路を迎えたと言える。昨年の会場を覆った「不穏な空気」は和らいだものの、今大会は期間もエントリー数も縮小。各カテゴリーの受賞リストは短くなり、エントリー作品は昨年の4万1170本から3万2372本と、5分の1減少した。

その理由の1つが、ピュブリシスグループの一時的な撤退だ(だが奇妙にも、同グループはかなりの規模の代表団をカンヌに送り、会場で『マルセル計画』の紹介に余念がなかった)。報道によれば、その他多くの広告代理店やブランド、そしてアドテクノロジー企業も代表団の規模を縮小。大会のオーガナイザーであるアセンシャルは、「今年は大幅な減収となるだろう」とコメントしている。

今回のプラス面は、エントリーしたブランドが(広告代理店とは対照的に)84%も増加したことだ。同じく、女性の審査員数も増えた。5年前は全審査員の女性の割合が20%だったのに対し、今年は半数近く。また、女性審査委員長は全体の35%に。解決すべき問題はまだあるものの、少なくとも正しい方向に進んでいることは証明された。

日本の存在感は、しばしばそうであるようにデザイン部門で突出していた。SIXが手がけたダブルAの「オブセッション(Obsession)」(昨年、Campaignが最も気に入った作品の1つ)が金賞を獲得したのをはじめ、アジア太平洋地域からエントリーした受賞作13本のうち8本が日本の作品だった。ほかに目立ったものは電通の手による外務省の「ワン・プラス・ワン(One Plus One)」と、同じく松竹の「イーティング・カブキ・ウィズ・ユア・フィンガーズ(Eating Kabuki With Your Fingers)」。グランプリを獲得したのは、ロンドンのAMVBBDOが手がけたNPO団体プラスティック・オーシャンズの「トラッシュ・アイルズ(Trash Isles)」だった。

他のカテゴリーでは、アジア太平洋地域の国々は苦戦した。目立った成功を収めたのは、オグルヴィ香港が手がけたKFCの「バードランド(Birdland)」。フライドチキンがドラマティックな炎に変化する、シンプルかつ秀逸なキャンペーン・シリーズだ。

ラジオ、クリエイティブeコマース、ブランドエクスペリエンス、エンターテインメント、そしてフィルムクラフトの各部門でも同地域の受賞はわずか。プリント部門はやや健闘し、電通が手がけた北國新聞の「相撲ガールズ82手」が銀賞を獲得した。モバイル部門では5つの賞を獲得。博報堂によるNTTドコモの「24/7ニュースキャスター(Newscaster)」が銀賞となった。

それにしても、クリエイティブアワードの受賞はどれほど重要なことなのだろうか。忌憚のない意見を述べる業界人たちは、「カンヌの変わるべきところが変わっていない」と指摘、「スキャム広告(受賞目的のためだけに作られたもの)もそうでないものも一緒くたに受賞する」と非難する。遠慮のない業界批判を一貫して続けるゼニスのイノベーション責任者、トム・グッドウィン氏は、以下のようにツイート。

「きちんとした広告だけを対象とした、もう1つのカンヌフェスティバル(Cannes Festival of Decent Advertising)を是非とも立ち上げてみたい。カンヌで受賞しても絶対に目にすることのない0.00000001%の広告ではなく、ノーマルなブリーフをベースに作られたノーマルな広告の、1%の優れた作品を讃えるために」

カンヌの現状にもっとうんざりしている人々もいる。ジョン・ヘガーティ卿は米アドエイジ誌のインタビューで「作品を見たか」と聞かれ、「いや、私は今ここに着いたばかりですので。でもほとんどがスキャム広告であることは知っています。私は騙されませんがね」と返答。その真意を尋ねられると、「ほとんどのプリント作品はスキャムです。すぐに分かりますよ。1マイル先からでもね」。

ロンドン在住のCampaignのエディターは、非営利目的であるアカデミー賞と違って、カンヌライオンズは「極めて独善的で、営利目的のケダモノ」と指摘する。「代理店は巨額のカネを払ってフェイク作品をエントリーさせる。それらを根絶する強いインセンティブがないのです」。

ここで嘲笑的になりすぎるのは本意ではない。だが広告は、「現実主義」という強固な前提に立ってこそ恩恵に浴する。ドロガ・ファイブの設立者であるデビッド・ドロガ氏は、クリエイティブの人々に対しこのような助言をする。「純粋に受賞を楽しむべきで、インチキな広告を信用してはいけない」。

カンヌで示される理想は、しばしば現実の世界とは相容れない。ドロガ氏はカンヌに着いた際、「醜く巨大なビルボードを街中で目にして、なぜ一般の人々が広告を嫌うのかを改めて理解した」と述べる。「こうした広告はその目的を果たしていない。利己的で、邪魔なだけです」。だが、こうも語る。「見るに耐えないような広告は、最後にはなくなっていくでしょう。一般の人々はもはや、そうしたものを受け入れるキャパシティを持ち合わせていないのです」。

詰まるところ、カンヌは様々なクリエイティブ分野 −− さしてクリエイティブではない分野も含め −− から多くの人々を呼び集める巨大空間なのだ。だが、業界が「自己愛」を誇示する場であってはならない。率直で活発な議論をし、健全な競争をし、そして業界の意義を高め、改善していこうとする人々の意志に今後の評価はかかっているだろう。

さて、カンヌライオンズ以外の今週の動向は以下の通り。

インフルエンサーへの安易な便乗は、もう終わりにしよう

ユニリーバのキース・ウィードCMOは、フォロワーをお金で買っているインフルエンサーを今後起用しないと宣言、マーケティング業界にも同様の動きを求めた。同社では1)誤解を招きかねないエンゲージメントの解消、2)不正行為に関するブランドの認識向上、3)ソーシャルプラットフォームの透明性改善による効果測定の支援 の3段階に分けて、エコシステム内の一掃を図るという。「顧客との信頼関係が完全に崩れてしまう前に、今すぐに行動を起こす必要がある」とウィード氏。もう既に後れをとっているようにも思うが、何もしないよりはましだろう。

エージェンシー間の協働こそが、WPPの描く未来

WPPのマーク・リードCOOはCampaignのインタビューに応じ、(バーソン・マーステラとコーン&ウルフがこの春に合併したように)あまりに多くのエージェンシーブランドが「崩壊」してしまうことは、望ましい未来ではないと語った。大規模な組織再編が噂される同社だが、それよりエージェンシーブランド間の協働がもっと促されるべき、とも。いずれにせよ、最終的に目指すべきはクライアントにとっての利便性だろう。「マーティン・ソレル前CEOとは辞任後も接触したか」との質問には答えず、「彼はうまくやっていくと確信している」と述べるにとどめた。

オグルヴィ、シニアレベルの女性クリエイティブを世界的に採用予定

オグルヴィは2020年までに、シニアレベルの女性クリエイティブ職を増やすこと、特に有色人種の女性を増やしていくことを明らかにした。一定割合を女性に割り当てる「クオータ制」に必ずしも賛成でない人もいるだろうが、才能あふれる人材を幅広い層から採用しようという働きかけが、望ましいのは間違いない。同社は、少なくとも米国内では、有色人種男性ももっと雇用すべきだ。この動きが、他の広告会社にも建設的な変化を促すことを期待したい。これまで口先だけのダイバーシティー(多様性)が数多く見られたが、今こそ行動に移すべき時だ。

データとクリエイティブの融合で収益成長率は2倍に

企業のクリエイティブ領域とデータ領域を統合する必要性が強まっているとの調査結果を、マッキンゼーが発表した。この調査は、両領域を統合した企業、分けた企業、そして何のアクションも決行しなかった企業の3カテゴリーに分け、それぞれの企業業績を調べたもの。経営コンサルティング企業で働くクリエイターなら、「言うは易し、行うは難し」と口をそろえるだろう。だが明確なインセンティブがあれば、状況の改善につながる。

ロナウドをフィーチュアした、ナイキの愉快なキャンペーン

カンヌライオンズとは無関係だが、(忘れている方もいるかもしれないので)サッカーW杯も現在開催中ということを改めて記す。このナイキのキャンペーン「トーキング・トゥ・ザ・ボール(Talking to the ball)」は、スポーツマンにとって最大の敵はしばしば己れ自身であり、そしてブランドはスポーツ界のヒーローたちを常に大真面目にフィーチュアしなくてもいい、ということを改めて教えてくれる(今週、脱税容疑をかけられていたロナウドには高額の罰金と執行猶予付き実刑判決が課せられた。だが面白いことに、彼のスポンサーには何の影響ももたらさなかったようだ)。





(文:デイビッド・ブレッケン 翻訳・編集:水野龍哉、田崎亮子)

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