Surekha Ragavan
2020年10月05日

広告界のダイバーシティは退化:Campaign・カンター共同調査

Campaignが調査会社カンターと行った年次調査で、広告業界では依然として人種・ジェンダー差別が横行し、多くの人々が精神面での課題を抱えていることがわかった。

広告界のダイバーシティは退化:Campaign・カンター共同調査

ダイバーシティに関するこの共同調査は、今年で4回目。調査結果から浮き彫りになったのは、広告・マーケティング業界における不平等が全く是正されていないことだ。全ての従業員が同等に扱われ、安心して働け、十分なサポートを受ける −− こうしたあるべき労働環境から、現状は程遠い。むしろ危機的ですらあり、今回寄せられた声が一刻も早く反映されないと、業界は業績の悪化や人材の離反という事態を招きかねない。

調査には、アジア太平洋地域(APAC)18カ国の広告・マーケティング業界で働く345人が匿名で参加してくれた。実施時期は今年の7月から8月にかけて。したがって、いくつかの数値はコロナ禍の影響を否定できないだろう。調査結果はCampaign主催のウェビナーでも紹介された。

ジェンダー

「自社では男女が平等に扱われている」と答えた人の比率は48%で、2017年の68%から大きく低下した。さらに、ほぼ半数(47%)の人が「経営陣は男性を重んじている」と答え、2017年の調査結果(28%)の倍となった。今年、この数字が最も高かったのはインド(58%)だった。

左:「私が女性だからといって、他の同僚が私に能力が足りないと考えているとは思いません。ただ経営陣は男性を重んじ、女性の私を重用する気がないと感じます」(シンガポール、女性)。  右:「女性ゆえに、私の能力を周囲の人々は初めから決めてかかっています。マネージメントや複雑な問題の処理で私の方が男性の同僚よりどんなに優れていても、しばしば『口を出すな』と言われます」(インド、女性)

この比率の増加は憂うべきことだが、偏見の拡大だけではなく、ジェンダー問題に対する認識の浸透も挙げられる。「職場でのセクシャルハラスメントには声を上げる」と答えた人は77%で、昨年の70%よりもさらに増加。「実際にセクハラを受けた」と答えた人は34%から12%と、大幅に下がった。

では、今や業界を超えた共通の課題であるジェンダー不平等に、すべての企業がきちんと対処しているのだろうか。ハバスグループAPACで最高人事責任者を務めるケビン・チャン氏は、「この問題にはあらゆる組織と連携して取り組まねばなりません」と話す。「広告業界は企業や政府機関、学校、NGOなどと協働していくべきです」。

人種

人種差別は、APACの広告・マーケティング業界において常に重要な課題だった。今年はブラック・ライブズ・マター運動をきっかけに人種問題が世界的な脚光を浴び、APACもその例外ではなかった。

「自分は人種で評価されている」と感じる人は43%で、2017年に比べると20ポイントも上昇。また、経営陣が「能力ではなく人種で個人を評価する」と答えた人は4分の1以上(26%)。全体的に、「白人支配のビジネス界に迎合できず、自分は正当に評価されていない」と感じる人が多いことがわかった。

マーケティングソサエティー社のシンガポール及び東南アジア担当取締役会長のエリカ・カーナー氏は、「こうした状況は変わりつつある」と話す。「コロナ禍にあったこの6〜8カ月、多くのエージェンシーで合理化や合併が進み、白人の経営陣が大幅に減りました。変化は確実に起きていると感じます」。

「人種だけが問題なのではありませんが、実際には最も大きな『政治的』要素となることが少なくない。出世するには経営陣とどううまくやっていくか、何が昇進に大事かといったことを把握しなければなりません。時にはそれが同じ学校の先輩・後輩の関係性だったり、単なる抜け目のなさだったり……。そうした状況が変わり、人種や出身校、人脈、ゴルフの腕などに関係なく誰もがキャリアアップできるようになってほしい。必ずそうなるという希望は持っています」

APAC内における人種問題は複雑だ。国によって人種の力学や歴史的側面が様々で、各地域の事情を理解せずに人種的特権をあぶり出すことはできない。無理にそうすれば、むしろ弊害をもたらすだろう。だが調査結果は、シンガポールのような多民族社会でも人種問題が歴然と存在することを示した。

「私のスキルや知識が中国系やインド系、白人の同僚よりも優っていても、上司はいつも私をアシスタント的にしか使いません。彼らの方が会社のイメージをよくできると考えているので、私はいつも顧客やステークホルダーと重要な話ができず、信頼関係を築けません」(シンガポール、女性)


全体では4分の1近い人(21%)が「人種を理由に侮辱されている人を目撃した」と答え、10%は「自分自身が侮辱された」と答えた。

カーナー氏は、ブラック・ライブズ・マターと反人種差別運動を「別物として捉えることが重要」と指摘する。「黒人が直面してきた苦難と他の有色人種のそれとでは大きく異なり、一緒にして考えるべきではありません」。

では、ブランドはどう対処するべきなのか。カーナー氏は、「反人種差別主義を公然と掲げる必要はありません。社内で従業員を手厚くサポートしたり、コーポレートガバナンスの一環であるアクションプランを忠実に実行したりすることが肝要です」と話す。

メンタルヘルス

新型コロナウイルスのパンデミックは人々に大きな精神的打撃も与えた。「仕事でストレスを感じる」と答えた人は半分以上(57%)で、「生活上のストレスを抑えるのに四苦八苦している」と答えた人は4割。精神面だけにとどまらず、「身体面でも健康に悪影響を受けた」という人は46%、「睡眠不足や無気力に陥っている」人は55%だった。

さらに、アジアではいち早く助けを求めたり、社会に問題提起をしたりすることはしばしば個人批判につながる。パンデミックで在宅勤務が増えた今、不安や不満に黙って耐えている人々はますます増えていると推測される。

「管理職として以前よりも心がけているのは、従業員たちの健康面を積極的にチェックすることです」とカーナー氏。「実際に会社で顔を合わせていれば、スタッフの様子が普段と違うな、とわずかな兆候でも感じることができる。でも今はそれができません。私自身、気力がわかず、仕事に打ち込めない日がある。でも自分の葛藤は知られたくないので、すぐに休みを取るようなことはしませんが」。

では、心の健康はダイバーシティ&インクルージョン(D&I)とどのような関係があるのだろう。多様なバックグラウンドを持つ人々は、職場で権利の侵害やアンコンシャスバイアス(無意識の偏見)、差別などに直面することが多い。言うまでもなく、それらは精神面の健康や安定に悪影響を及ぼし、ストレス要因となる。さらに、ジェンダーや人種が生む不平等は彼らにより一層のストレスを加える。「経営陣から尊重されていないのはジェンダーが原因」と答えた人は64%、同じく「人種が原因」と答えた人は57%だった。職場でD&Iへの取り組みが進んでいないのは、決してパンデミックのせいではないのだ。

「私は有色人種の女性で、白人の経営陣に戦略的アドバイスをする立場です。ゆえに自分の能力をいちいち証明しなければならないと感じることがあり、ストレスになります。周囲が私をリーダーではなく、アシスタントと受け止めていると感じることは多々あります」(シンガポール、女性)


今回の結果は、D&Iにおけるインターセクショナリティ(交差性=人種やジェンダーなど様々な差別が組み合わさり、相互に作用して独特の抑圧を生じさせる)の重要性を浮き彫りにした。結論を言えば、どの企業にも適用される画一的なソリューションなどないのだ。そしてもちろん、小手先の対応は決して根本的な解決にはならない。

「企業の方針を検証し、正しいアプローチを行うことは企業にとって大きな負担になる。特にこの不安定な時期にはそうでしょう」とカーナー氏。

「欧米同様、メンタルヘルス対策としてEAP(従業員支援プログラム)を導入することがAPACでも一般的です」と話すのはチャン氏。「今は従業員と緊密なコミュニケーションを図り、会社にSOSを出すのは決して後ろめたいことではない、と彼らにしっかり認識してもらうことが重要です」。

有効な取り組み

D&Iは方向性として正しいだけでなく、ビジネス感覚の向上にもつながることはすでに周知の事実と言える。人材のD&Iに注力する企業は、危機に瀕しても回復力が速い。これは過去の事例で十分証明されている。また、大胆な方針を打ち出し、D&Iに組織的なアプローチを取る企業は業績を大きく伸ばすケースが多い。

D&Iに対する認識が人々の間で浸透しているのであれば、広告業界にはそれを向上させる責任がある。アンコンシャスバイアスを除去するプログラムに参加した人の90%は、「役に立った」と回答した。では、業界の悪しき固定観念はなぜ変わらないのだろうか。

「アンコンシャスバイアスを除去し、ダイバーシティや平等を実現するには、従業員に強制的なプログラムを課すことです。社内で意識を共有するだけでなく、会社の方針を明文化し、トップダウンで実行するべきでしょう」(オーストラリア、女性)


自社が「D&Iへの取り組みに関して、有言実行」と考えている人は極めて少ない。「経営陣の顔ぶれはD&Iに則っている」と答えた人は5人に2人で、「格差を是正するためのプログラムに会社が予算を割り当てている」と答えた人は3分の1以下(30%)。会社が「給与の格差を是正した」と答えた人はわずか14%だった。

要点をまとめると、企業が確実に変革を遂げるためにはいくつかのステップがある。カンターのマネージングディレクター、トレズレン・チャン氏は「我々にとって重要なのは、D&Iを意識するだけではなく、企業内でまず体系化することなのです」と話す。「企業文化として染み込ませ、結果的として全ての部署に浸透させなければならない。企業内の特定のグループが推進するだけでは不十分です」。

まさに、的を得たアドバイスだろう。エージェンシーのリーダーたちがまさに今行動し、効果的手段を取らなければ、広告業界は人材という最大のアセットを大々的に失いかねないのだ。

(文:サレハ・ラガヴァン 翻訳・編集:水野龍哉)

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