Staff Reporters
2022年6月21日

「エレクトリックアベニュー」〜 新たなチャネルをいかに活用すべきか

新興のチャネルが消費者の人気を博している。ブランドの広告支出でも大きな割合を占め、その活用に注目が集まる。

「エレクトリックアベニュー」〜 新たなチャネルをいかに活用すべきか

ニールセンが実施したグローバル調査のレポート、「アニュアルマーケティングレポート2022 〜 協調の時代」。この中で着目するテーマは、デジタルプラットフォーム上の消費者行動や新しいソーシャルメディアのトレンドとともに、オーディエンスにリーチするための新しいチャネルの活用法だ。

デジタル世界の消費者が増えれば、企業のマーケティングも自ずとデジタル重視になる。ブランドはTikTokやインスタグラムといったオンラインチャネルでトップオブマインド(第一想起)を得ようと、ディスプレイや動画でしのぎを削る。その競争はかつてないほど熾烈だ。今回の調査でわかったのは、企業にとっての最優先事項がブランド認知であり、マーケターはマスリーチできるデジタルチャネルに最も多くの予算を使っていることだった。

「1日の時間は限られている。しかしデバイスやプラットフォームの中の選択肢は、無限のように感じられます」。ニールセンのチーフマーケティングアンドコミュニケーションオフィサー、ジェイミー・モルダフスキー氏はレポートの中でこう述べる。「消費者がデバイスやプラットフォームを切り替える際には、頭の中も切り替わる。しかし彼らは時間や場所を問わず、それらの中に没入します。ですからマーケターもあらゆる局面で、常時適切なメッセージを供給していかねばなりません」

今年で5回目となるニールセンのアニュアルマーケティングレポートでは、アジア太平洋地域(APAC)と欧州・中東・アフリカ(EMEA)、北中米の様々な分野 −− テクノロジー、金融サービス、医薬品、旅行・観光、リテールなど −−  で年間100万米ドル(約1億3000万円)以上のマーケティング予算を管轄する1943人のトップマーケターを対象に調査を行った。その結果から、未来を見据えた戦略の構築や顧客獲得増、ブランド認知維持のために彼らがどのようなマーケティングを優先し、インサイトを重視しているかがわかった。

マーケターは何に支出するのか

モルダフスキー氏のコメントを後押しするように、レポートは「ブランド認知を構築するために、企業はできる限り多くのオーディエンスにリーチしなければならない」とし、「様々なチャネルを併用し、適切なデジタルスペースにブランドメッセージを配信することが肝要」と指摘する。事実、デジタルプラットフォームへの広告支出は増加傾向にあり、そのトップ3と目されるソーシャルメディア、オンラインディスプレイ広告、オンライン及びモバイル動画への支出は今後1年間で49〜53%増が見込まれる。

消費者のトップオブマインドを維持するために、ブランドはソーシャルメディアやディスプレイ広告、動画、検索といったデジタルチャネルを選りすぐり、より賢明な手法で支出を増やしていくだろう。マーケティング戦略の立案や最適化、測定に蓄積したデータを活用することは、収益とROI(投資利益率)の向上に決して欠かすことはできない。今回の調査では昨年に続き、ペイドメディアのROI測定能力ではソーシャルメディアが最も信用度が高いという結果が出た。一方、APACのマーケターは北中米のマーケターに比べ、ソーシャルメディアへの信用が著しく低いという一面も垣間見えた。

信頼されるソーシャルメディア、カギは「バランス」

ソーシャルメディアは全てのチャネルの中で、「最も確実に利益を生むチャネル」にも選ばれた(昨年の結果も同様)。「最も有効なペイドチャネル」と答えたマーケターは64%で、特にTikTokとインスタグラムは「収益を生む可能性が最も高いプラットフォーム」として評価されている。「今後数年間、安心して広告支出ができるプラットフォーム」として53%以上が挙げたのは、この2つのプラットフォームだけだった。

APACのマーケターが特に熱心なのは、ソーシャルメディアへの広告支出だ。今後1年間で「50%以上の支出増を予定している」と答えたマーケターは20%以上。一方、49%以下の支出増を予定しているマーケターは50%で、世界平均を4.5%上回った。グーグルの「コンシューマーバロメーター」によると、アジアは他地域に比べて紛れもなく「モバイルファースト」。この優位性に適応すれば、APACのマーケターは大きな恩恵に浴することができるだろう。

が、だからと言って従来型のチャネルが忘れられているわけではない。ソーシャルメディアとデジタルチャネルがマスリーチを実現する一方、従来型チャネルも持続的な売上増に貢献している。ブランドは昨年、主要テレビ局やケーブルテレビの広告枠に740億ドル超を支出した。ソーシャルメディアやデジタルチャネルへの支出増に比べれば少ないが、今年もリニアテレビやラジオへの支出は増える見込みだ。

興味深いのは、マーケターが「TikTokとインスタグラムが引き続きROIを向上させていく」と考えているにもかかわらず、Z世代(1990年代半ばから2010年頃に生まれた世代)との関係性を「ビジネスの最優先事項としては捉えていない」と答えたことだ。Z世代はTikTokユーザーの60%、インスタグラムユーザーの38.6%を占める。

TikTokを例にとってみよう。このゲームチェンジャーとも言えるプラットフォームは、過去3年間で10億人のユーザーを獲得。東南アジアだけでもユーザーは2億4000万人に上る。シンガポールではインスタグラムの人気を凌ぎ、ユーザーの消費時間は月平均16.4時間(インスタグラムは9.9時間)。このコンテンツアプリを形作るのは強靭な「クリエイター経済」で、インフルエンサーマーケティングの頂点に位置する。影響力を持つクリエイターの活用法を理解しているブランドは、TikTokを使って消費者との個人的関係を構築し、オーディエンスに訴求するユニークなキャンペーンを展開する。ユーザーが作る「TikTok Made Me Buy It」のハッシュタグを使った動画は信頼性の高い製品プロモーションとしてユーザー間で認識されているが、それには明確な理由があるのだ。

TikTokの影響力の強さを物語るのが、化粧品メーカー「メイベリン」の事例だろう。フィリピンでインクペン「タトゥーブルー」の新キャンペーンを行った際、TikTokを活用して瞬く間に人気商品に仕立て上げた。同ブランドはフィリピン市場で30年間の実績があるが、このキャンペーンでは従来型のチャネルに依存しない消費者をターゲットに設定。自社のeコマースページに誘導するインフィード広告に加え、6人の人気インフルエンサーにユーザー生成コンテンツ(UGC)の制作を依頼、TikTokの「ビューティーコミュニティ」へのリーチを図った。製品の独自性を訴求する際、カギとなるのは信頼性だ。この「TikTokのコンテンツと一体化したUGCスタイルの広告」は様々な効果を発揮し、クリック単価(CPC)を300%減に、クリック率(CTR)を基準値と比較して24%増にした。

こうしたデジタルチャネルでの認知と売上高を伸ばそうという取り組みが増え、「実店舗数は減った」とレポートは記す。対面販売が減れば、「消費者が店舗で製品を見たり、クレジットカードにサインをしたりする頻度は当然ながら減る」。こうした状況でマーケターに求められるのは、マーケティングソリューションをより可視化し、キャンペーンを引き続き最適化していく信頼性の高いデータセットを増やすことだ。

勢いを増す新興チャネル

今回の調査で裏付けられたのは、マーケターがデジタルチャネルの有効性に着目し、ディスプレイ広告と動画広告を極めて重視していることだ。オンライン動画とコネクテッドTV(CTV)は確実にリーチを広げ、ブランドは意思決定者である消費者と直接的につながる。マーケターはこうした機会を確実に収益化しようと注力。ニールセンによれば、51%のマーケターが「今後数年間、オーバーザトップ(OTT)広告やCTVへの支出を増やしていく」と回答。特にAPACのマーケターは「大幅に増やす」と答えた。長期的な売上に効果を発揮するリニアTVのような従来型チャネルと相まって、これら次世代型のプラットフォームはブランドにとって包括的な広告戦略の推進に欠かせないツールなのだ。

市場を席巻するのは、ユーチューブやツイッチ(Twitch)のような動画配信プラットフォームだ。ユーチューブは昨年12月、テレビを通じた視聴者だけでもひと月で1億3500万人にリーチ。ユーチューブの総再生時間は対前年比で75%超の増加となり、ツイッチのユーザーは2020年に総計で何と1兆分(約190万年分)を視聴に費やした。ネットフリックスやディズニープラス、フールー(Hulu)、アップルTVプラス、HBOマックスなどの定額制動画配信サービスは今のブームを逃すまいと多額の出資をし、コンテンツ制作でしのぎを削る。世界市場で新たな契約者獲得を狙うプラットフォームは他にも数多く、嗅覚に長けたマーケターにとってはより多くのオーディエンスにリーチする好機となろう。

CTVやライブストリーミング、ポッドキャストといった新興のチャネルはニッチ市場にも切り込む。「消費者は気に入ったコンテンツをじっくり視聴するので、広告チャネルやeコマースサイト、インフルエンサーマーケティングなどが広告主にとってオーディエンスにリーチする新たな手段となる」とレポートは記す。

ポッドキャストは米国で瞬く間に普及し、年を追うごとに人気が高まっている。調査会社インサイダーインテリジェンスによると、米国におけるポッドキャストのリスナーは2018年に7510万人だったのが、2021年には1億1780万人に。だが、APACでの普及はまだこれからだ。アジア3カ国を比較すると、中国が最も普及率が低く、利用者はインターネットユーザーの8.7%。日本は11.8%、韓国は12.2%だった。その一方、CTVやライブストリーミングといった次世代型メディアプラットフォームはeコマース分野で世界的に大きな影響力を発揮しており、特にAPACではそれが顕著だった。

CTVの普及で、消費者は再び自宅のリビングルームで時間を過ごすようになっている。ユーチューブとグーグルの調査によると、CTVは現在APACで「最も成長が速い配信プラットフォーム」で、とりわけ日本では2500万人、ベトナムでは2000万人のユーザーがいる。また、複数のメディアを組み合わせて利用する視聴者はブランドとより深い関係性を構築する傾向があり、「広告により強い感情的反応を示す」こともわかった(1つしかメディアを利用しない者は37%、複数のメディア利用者は71%)。さらにCTVのオーディエンスはモバイルやデスクトップと比べ、動画やコンテンツをより長い時間視聴することも判明した。

eコマースにおけるライブストリーミング(ライブコマース)で、すでに「ベテラン」の域にいるのが中国だ。ライブコマースとソーシャルコマースは2010年代半ばから中国の中小企業のビジネス成長を後押しし、パンデミックの間に爆発的に普及。2020年にはライブコマースによるeコマースの売上高は1兆2000億元(約23兆4000億円)に達した。これは2017年の売上高の5倍以上になる。統計によれば、ライブコマースの利用者は3億8400万人で、中国のインターネットユーザーの30%超に相当する。

ライブストリーミングの新たなジャンルであるVチューブは、初め日本で人気に火が付き、今ではユーチューブやツイッチのような世界的プラットフォームになりつつある。「バーチャルユーチューバー」とも言われるVチューバーは、配信者がアニメキャラクターを活用するもの。「モーションキャプチャ(3次元の動きをデジタル化するシステム)ツールによって、配信者の表情や動作がキャラクターに即座に反映される」とブルームバーグは解説する。

アナリティクスを専門とする日本企業ユーザーローカルによると、現在世界では1万7000人のVチューバーが活動。その影響力は決して軽視すべきではない。日本を拠点とするバーチャルタレント「キズナアイ(Kizuna AI)」のチャネルは400万人もの登録者を持ち、ソフトバンクや日清カップヌードル、日本政府観光局などと提携して広告を発信。インフルエンサーマーケティングで新進のVチューバーをどう活用すべきかという先例を示す。

モルダフスキー氏は、ブランドの成功要素として「適切なデータがこれまで以上に重要になる」と語る。「多くのマーケターは依然、今日のビジネスでカギとなるのは順応性だと認識しています。消費者とその行動をリアルタイムではっきりと理解することで、ブランドは優位性を得られる。メッセージの質を上げ、予算配分を見直し、メディアミックスを修正し、ROIを向上させる最適化が図れるのです」

デジタルチャネルへの広告支出増を図る企業は、こうしたアプローチを念頭に効果測定や適応化、最適化を行うことで最大の結果を得られよう。そして「適切なポジショニングと適切なタイミング」で、消費者との真の関係性を構築することができる。消費者と密接な関係にあるプラットフォームからブランドメッセージを送り、可能性を秘めた新たなチャネルにオープンな姿勢でいることも極めて重要だ。そうすることでブランド認知が向上し、長期的な成長と繁栄につながる未来志向の戦略を実現できるのだ。

ニールセンの「2022アニュアルマーケティングレポート」全文はこちらから

(翻訳・編集:水野龍哉)

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