Tom Gilbert
2021年11月11日

クリエイティブエージェンシーは、値下げ圧力にどう立ち向かうか

クリエイティブの人材不足が、企業からの値下げ圧力にさらされるなら、これは誰にとっても悲惨なことになる。デザインブリッジ(Design Bridge)のエグゼクティブクリエイティブディレクターには、エージェンシーが自らと将来世代を守るためのアイディアがあるという。

クリエイティブエージェンシーは、値下げ圧力にどう立ち向かうか

クリエイティブ業界は今、本質的に両立しない2つのトレンドの渦中にある。人材の争奪戦と、企業からの制作費削減の圧力だ。

熾烈な競争に経験者不足が重なり、クリエイティブ人材の発掘は毎日が戦いであり、その終結は見えてこない。結果として、一部の限られた優秀なクリエイターは、高給や充実した福利厚生、望ましいワークライフバランスなどを要求することができる。一方でグローバルクライアントは、制作コストの削減やプロセスの迅速化のために、調達部門の強化を続けている。この2つのトレンドは明らかにエージェンシーの収益力を低下させている。しかし、それよりも重要なのは、これによってプロジェクトに割ける時間に影響が及び、クリエイティブの質が下がってしまうことなのだ。また、この葛藤によって奪われた時間は、本来、次世代を担うクリエイティブ人材への長期的な投資に割かれるべきものだ。しかしこのような状況により、近い将来に人材不足が解消するという目処はまったく立たっていない。

先日、筆者は複数のエージェンシーが参加するピッチのブリーフィングミーティングに参加した。ブリーフィング終了後に、企業の調達担当者が「何か質問はありますか」と言った。私が「なぜ、このクリエイティブピッチは無償なのですか?」と尋ねたところ、彼らはこう答えた。「まだ、皆さんに働いてもらう必要はありません。今はアイディアが欲しいだけなのです」

最初、私はこの答えにショックを受けた。だが考えてみると、こうした反応が返ってくる原因の一端は我々にあると気づいた。我々クリエイターは、自分たちが何者で、どんな仕事をどんな風に進めていて、その成果物が企業にどんな価値をもたらすのかを、十分に伝えられていなかった。

それでは、こうした問題を解決するためにクリエイティブ業界は何ができるだろうか?

1. 社内、社外に向けた啓蒙活動に投資する

クライアントの調達部門にも、我々の制作プロセスを理解してもらう必要がある。クリエイティブの品質を維持するためには、我々にも必要な投資があることを理解してもらわなくてはならない。また、その投資が現在進行形のプロジェクトに関するものだけではなく、次世代人材の育成のためにも必要だと示さなくてはならない。我々は、時間とエネルギーを費やして、クリエイティブを学ぶ人々をトレーニングし、サポートすることで、将来人材の充実をはかる必要がある。デザインブリッジでは、長期クライアント向けのいくつかのトレーニングコースも提供している。これによって、コミュニケーションやプロジェクト効率、クリエイティブの質などがかなり向上している。我々は、自己啓発プログラムやインターンプログラムを通じて、当社及び業界が成長していけるよう投資を続けている。

2. クライアントへのアドバイスを自らも実践する

我々の役割は、個性的で一貫性のあるデザインによって、消費者のエモーションを喚起し、ブランドの成長を促すことだ。一貫性は、ブランドの価値認識にとって不可欠であり、市場でのポジションを確立するために非常に重要だ。だが、エージェンシーとしての我々は、自分自身の価値認識については、必ずしも同じロジックを適用していない。未来を確かなものにするために、我々は以下のことを実践すべきだ。

Ÿ   常にクライアントとの関係構築に注力し、情緒的結びつきを維持する。

Ÿ   どうすれば個性的でいられるかを考え、進化し、競合他社とは異なる何かを提供する。

Ÿ   ターゲット層に訴求するのと同様、我々自身のブランド価値がクライアント担当者に再認識され、維持されるよう努める。

鎖の輪の強度はもっとも弱い部分で決まる。クオリティにばらつきがあれば、その弱い部分が評価を下げる理由になる。我々は自身のブランドに対する期待に応え続けなくてはならない。

最後に、クライアントとの関係が強固で、競合他社を上回る個性があり、一貫して高い価値評価が得られているなら、自社のサービスに自信をもち、サービスが持つ価値に関しては、決して妥協してはならない。

この業界には自信喪失が蔓延していて、我々はお互いを貶め合っている。我々がみな自身の仕事に自信をもてば、業界全体で仕事の価値に対する認識が向上し、クライアントの成功に果たす役割もより大きなものになるだろう。

3. オープンな対話

こうしたトピックは、内輪ではよく議論されている。それを公にしないのは、我々が、クライアントの機嫌を取って、競争力を維持しようとしているためだ。我々はこの関係にひびを入れることは望んでいない。だが、もしクリエイティブエージェンシーが集団や組合として活動し、オープンに議論したならどうだろうか? 最高品質のクリエイティブを制作し、次世代の人材にも投資したいという、根本の部分では同じ関心をもっている人々が、力を合わせ支えあったなら、何が起こるだろうか?

私の提案は、我々がオープンに対話をして、ブランドの調達部門とも協力しあえば、双方にとって有益な解決策を見つけることができるだろうというものだ。直接向き合わないかぎり、我々は常に自分たちを安売りすることを求められるだろう。価値とモラルと情熱を持ち寄ることで、我々は業界を守り支えることができるはずだ。そして、次の世代を守りながらも、クライアントには素晴らしい成果を提供しつづけることができるだろう。確かに調達部門の優先事項はコストかもしれないが、我々はデザイナーであり、クリエイターだ。我々の仕事は、優れたデザインとは何であり、それがどんな価値を持つかを、クライアントに理解してもらうことなのだ。

トム・ギルバート氏は、デザインブリッジのエグゼクティブクリエイティブディレクター。

提供:
Campaign; 翻訳・編集:

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