Robert Sawatzky
2022年8月26日

クリエイティブワークでのAI利用に関する多くの誤解

スパイクスアジアアカデミー:ピュブリシスのクリエイティブテクノロジー責任者は、AIは、業界の誰かに取って代わることはないが、クリエイターに驚くほど役立つ可能性はあると述べている。

ピュブリシス・グループでAPACおよびMEA地域のクリエイティブテクノロジー責任者を務めるローラン・テブネ氏
ピュブリシス・グループでAPACおよびMEA地域のクリエイティブテクノロジー責任者を務めるローラン・テブネ氏

アジアで最も古く、最も権威ある広告賞スパイクスアジアが、スパイクスアジアアカデミーを開講する。9月14~16日の3日間(1日あたり4時間)、ザ・ネクスト(The Next)という没入型ブートキャンプを開催し、若き才能が、クリエイティビティの新時代に対応するための方法を学ぶ。

このプログラムでは、新分野の業界専門家による講演や質疑応答が行われ、最後にはプロジェクトやハッカソンで、手に入れた新たなスキルを実践する機会が与えられる。

第1回アカデミーでは、広告インテリジェンスにフォーカスし、AIの世界におけるクリエイティビティの未来を重要なテーマとして論じる。

基調講演者の一人が、ピュブリシス・グループでAPAC(アジア太平洋地域)とMEA(中東アフリカ地域)のクリエイティブテクノロジー責任者を務めるローラン・テブネ氏だ。Campaign Asia-Pacificは9月のセッションを前に、そのテブネ氏から、未来のクリエイティブワークにおけるクリエイティブテクノロジストの役割とAIについて話を聞いた。

クリエイティブテクノロジストとしての、あなたの役割を説明してください。

現在、私はピュブリシス・グループでAPACとMEAのクリエイティブテクノロジーを担当しており、ピュブリシス・グループのクリエイティブリーダーの一人として、最高クリエイティブ責任者(CCO)を務めるナタリー・ラムの下で働いています。テクノロジーにフォーカスし、レオ・バーネット、サーチ&サーチ、サピエントなど、ピュブリシス傘下にあるすべてのエージェンシーブランドと連携しています。

つまり、私の役割は、伝統的なクリエイティブワークから、プロダクトデザインを含むより現代的な仕事まで、すべてにおいてより良い方法はないかと考えることです。クリエイティブテクノロジーとは、絶えず新たな可能性を思い描くことですが、それはクリエイティブによってアイデアが固まった後の作業だけではありません。アイデアを考えるところから、実際の制作まですべてが対象になります。

(ブランドやエージェンシーを含む)広い意味でのクリエイティブ業界が、クリエイティビティを高めるためにテクノロジーを用いてきた実績を採点するとしたら、どのように評価しますか?

私たちの業界は、業界の変化や新しいメディア、プラットフォームについて、それを好意的に受け取る人たちと、反対する人たちに分かれています。しかし、変化に反対するグループは、時代が進むにつれて少数派になってきています。なぜなら、エージェンシーに新しい世代の人材が次々入ってくるからです。

しかし、全体的にはどうでしょう?私たちクリエイティブ業界は、クリエイティビティを十分にリードできていないと思います。斬新なクリエイティブの多くが、クリエイティブ業界の外で生み出されています。エージェンシーとつながりを持たない独立系アーティストやコンテンツクリエイターが増えており、そういった人たちを、リンクトイン、ユーチューブ、TikTokなどで頻繁に目にします。私たちはもう少し主導的な役割を担い、クリエイティブが生まれる場所に立ち戻るべきだと思います。私はそういった仕事ができる人をうらやましいと思います。必要なのは、そういった人々に正しい知識やツールを提供することなのです。

科学とアートの融合が必要だという言葉を耳にしたことがあると思います。しかし、私たちはいまだに、左脳と右脳、機械と人間、アーティストとエンジニアの話をしています。私たちは人々を分類しすぎているのではないでしょうか?例えば、エンジニアは、人々が思っているよりずっとクリエイティブなのではないでしょうか?

私は、これまでエンジニアとチームを組んできたので、ときどきとても有能なエンジニアと出会うことがあります。私が彼らに望むのは、特にクリエイティブであることではなく、極めてロジカルであることです。しかし、自分のクリエイティビティを過小評価しているエンジニアもいれば、テクノロジーやその構造を十分理解しているクリエイターもいます。どちらもクリエイティブテクノロジストなのです。

そのため、私は最近、左脳と右脳の話はあまりしません。なぜなら、私たちがクライアントのために行う仕事のほとんどは、モバイルアプリであれ、ソーシャル動画であれ、一種の顧客体験の創造だと思うからです。タッチ画面から旅が始まり、最終的なクリエイティブアウトプットに至るまでには、いくつものロジックや機能が必要です。仕事柄、全員がロジカルに考えることが必要なのです。

そのような人々との出会いも増えてきています。市場に入ってくる新世代に目を向けると、例えば、シンガポール工科デザイン大学など、複数の専門分野をまたぐ大学の出身者が増えています。歴史の浅い大学ですが、今後10年から20年をかけて、より多くの人材を業界に送り込んでくるでしょう。これからの時代は間違いなく、1つのことに長けているだけでは不十分なのです。

9月のスパイクスアジアアカデミーでは、AIの世界におけるクリエイティビティの未来について講演されることになっています。クリエイティブ業界に、AIは何を解き放つことができるでしょうか?

AIは魅力的です。AIにしばらく触れてみて気付いたのは、AIに何ができるかについて、まだ多くの誤解があるということです。AIは新世代のアルゴリズムであり、かつてのソフトウェアがそうだったように、まずは日常タスクを引き受けることになるでしょう。現在ソフトウェアは、クリエイターのパートナーになりつつあります。私たちはそれをコントロールし、作業してもらいます。単体ではそれほど賢くありませんが、着実に使いやすくなっており、ある程度インスピレーションも与えてくれます。

AIに取って代わられると考え、おびえているクリエイターもいると聞きますが、これは誤解です。現在のAIでは、クリエイティブ業界の誰かの代わりを務めることは、まずできないからです。このまま進歩をすれば、10~20年後には、違う話をすることになるかもしれません。しかし現時点で、AIを望むように働かせるには、まだかなり人の力が必要です。

クリエイティブの分野で、AIが人間に勝っていて、人の助けになることは何でしょうか?

AIの強みは、人間と比べて、驚異的なスピードで分析して、提案できることだと思います。人間にはインスピレーションが必要で、インターネットでいろいろ調べてからデザイン制作を始めるので、完成までに数日から数週間かかることもあります。しかしAIはそれを数分で実行する能力を持っています。世界中のさまざまな芸術スタイル、風景、描写などを記憶しているため、早く結果を出すことができるのです。

コピーライティングも同じです。「GPT-3」は「Gmail」のオートコンプリートのように、次に何を書くべきかをとても上手に提案してくれます。そのため、ソーシャル投稿や脚本を書いていて、行き詰まっても安心です。AIにはこの世界の情報が詰め込まれており、高い確率でどこかに導いてくれるためです。

AIが生み出すものは、まだクリエイティブに十分役立つほどの出来ではないと思っています。まだかなりギャップがあります。ブリーフィングから始まり、アイデアを考え、実行するというクリエイティブの工程を考えると、AIが活躍するのは主にアイデア出しの段階です。しかし、これから2年間、AIを中心にした仕事やAIを使って何かを作るといった仕事が増加するのは間違いないでしょう。

ここ数カ月、AIが知覚を持つようになるかどうかを巡り、多くの議論が交わされています。もし本当の意味でAIが人に共感できるようになれば、マーケティングのあり方を変える可能性もあるかと思いますが、それははるか未来の話だと思いますか?

この話は、2つに切り分けて考えるべきでしょう。ひとつは、AIが私たちを取りまくこの世界からシグナルを読み取り、それを分析し、解釈できるかということです。もうひとつは、AIがそれらのシグナルをもとに何らかの結果や反応を生み出せるかということになります。

テレビCMを見て何らかの感情を抱いた人が、このようなシグナルを発するかもしれません。そして、このシグナルを読み取り、解釈するテクノロジーはすでに存在しています。人の顔を分析するコンピュータービジョンがそれです。この分野において、AIは極めて機能的なので、その人がほぼ間違いなく笑っていると教えてくれるでしょう。AIは、数百万人の顔の情報で訓練されており、感情がそれぞれどのように表現されるかを知っています。感情のデータベースを持っていて、それと関連づけることができるのです。しかし、やはり現段階では、あまり賢いとは言えません。

先日あった、グーグルのチャットボットの話題についての記録を読みましたが、私には次世代の高度なチャットシステムとしか思えませんでした。私の考えでは、知覚とは、自ら判断して別の方向に進んだり、コメントを無視したりという意思決定ができることです。スタンリー・キューブリックの「2001年宇宙の旅」のような感じです。まだそこまで到達していないと思います。

アルゴリズムは、プログラムされた通りの公平性しか持つことができません。AIのバイアスはまん延する運命なのでしょうか?それとも、人間が持つバイアスを客観的に見抜くことで、むしろバイアスに打ち勝つ手段として活用できるのでしょうか?

ご指摘の通り、AIのバイアスはプログラミングによるところが大きいというのが現実です。例えば、ある民族の人々を認識できないなど、偏りがあることが露呈しています。しかし、そうなるのはAIが誤った方法で訓練されたためです。データセットが不十分で、世界中のすべての人を代表できていなかったのです。つまり、バイアスは仕様だということです。

しかしこの分野には、例えば、銀行が融資先を決める際などに、AIを使ってバイアスを防ごうとしているテクノロジー企業があります。AIがバイアスを解決するには、適切に訓練されるか、対策がAIアルゴリズムの設計に組み込まれている必要があります。そして、すでに音声認識では、アメリカ英語以外のアクセントも認識できるように改良されています。現存するすべてのAIアルゴリズムに同じことをする必要があるのです。

簡潔さとわかりやすさを考慮し、このインタビューには編集を加えています。

提供:
Campaign; 翻訳・編集:

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