Matthew Keegan
2023年1月19日

広告が描く「男性像」は、正しいのか

広告界では依然、たくましさや強さが男の象徴として描かれる。だがこうしたイメージは、現代の男性の姿を的確に捉えているのだろうか。

広告が描く「男性像」は、正しいのか

男性向けファッションやスキンケア用品の広告を一瞥する。そこで描かれる男性像は、1970年代からほとんど変わらない。卓越した運動能力の持ち主、見事に割れた腹筋、彫刻のような顎のライン。男はスマートで力強くあれ、弱味は出すべからず……こうしたステレオタイプ(固定観念)は、今や現実から大きく乖離している。にもかかわらず、ほとんどのブランドは無頓着だ。

今の若年男性の多くは、こうした男性像に共感を抱いていない。ダヴ(ユニリーバ)が行った調査で、メディアが描くマッチョ的男性像に「共鳴する」「憧れる」と答えた男性はわずか7%だった。

対照的に、女性をターゲットとしたブランドの思考はこの数年で大きく進歩した。ステレオタイプを覆し、各人の肉体的差異を個性として捉え、尊重する。こうした捉え方は男性にも適用できないのか。ステレオタイプに当てはまらない男性は支持されないのか。

「素晴らしい運動能力や割れた腹筋、彫刻のような顎ライン、スマートさと力強さ……広告で描かれる男性像に反対するつもりはありません。ただし二重顎やオジサン体型といった、ごく普通の男性もフィーチュアされていればの話ですが」。こう話すのはオーストラリアの独立系クリエイティブエージェンシー、ザ・ホールウェイのチーフクリエイティブオフィサー兼パートナー、サイモン・リー氏だ。

「表現のバランスが取れてこそ、本来の男性像を反映する。そういう偽りのない世界を我々は求めています。重要なのは、体型や文化的背景で分け隔てをせず、あらゆる男性を受け入れること。弱さや感情、そして人間としての健全さを共有することです。では、そうした改革は起こせるのか。我々が行動さえすれば起こせる。今すぐにでも行動すべきです」

「男らしさ」の固定観念

昨年、リー氏率いるホールウェイはこれまでの男性像を大きく打ち破るキャンペーンを豪州で展開した。

テーマは男性のメンタルヘルス。動画に使用したのは英ロックバンド、ザ・キュアーの代表曲『ボーイズ・ドント・クライ(男は泣かない)』をリメイクした『ボーイズ・ドゥー・クライ(男だって泣く』。従来的なマッチョな男らしさを否定し、辛い時には友人に助けを求めようと訴えた。と言うのも、自殺者の75%は男性。他者とつながり、心を開くことは精神面の健康を保つだけでなく、生死を分ける鍵にもなるというメッセージだ。

「このキャンペーンは1つの目標だけに的を絞った。これまでの型にはまった男らしさの概念を打ち砕くこと。この動画がきっかけとなり、多様な男性像が受け入れられればと願っています」(リー氏)

同社にとってこのキャンペーンは新たなスタートとなった。現在は男性向けブランドとのパートナーシップを積極的に推進、より健全で、幅広く受け入れられる男性像の創造に注力する。

ブランドは時代錯誤?

男性の価値観や考え方は根本的に変わりつつある。英国の独立系エージェンシー、BBDパーフェクトストームは2018年に新たな部門「ニューマッチョ」を開設、こうした変化に即したナラティブ(物語)をブランドに提供する。

同部門マネージングディレクターのフェルナンド・デソーチェス氏は、以下のように話す。「男性に求められる姿は今でも偏っていて、物質主義的に判断される。家族の大黒柱でなければならず、ある年齢までに女性を知り、結婚し、社会的地位と立派な車を持っていなければならない。男らしさとは所有するものと見かけによって決まり、個性はあまり重視されないのです」

ニューマッチョは10カ国の3500人の男性を対象に調査を実施。その結果、ほとんどの男性は「男らしさを演じている」ことがわかった。つまり、ありのままの自分を隠している男性が大多数なのだ。

「ブランドと協働してステレオタイプを打ち破っていきたい。男性が感じている重圧を和らげるために、成功の定義を変えたいのです」とデソーチェス氏。「メディアが描く男性像は事実を反映しておらず、あるべき多様性が示されていない」

「ジェンダーのステレオタイプを論じる会議に出た時、『男性のパワフルな側面は強調すべきでない』という言葉を耳にしました。でも男性が本来の姿を隠し、強さを演じているのだとしたら、本来持つパワーとは何なのでしょう?」

「業界は徐々に、だが確実にありのままの男性を受け入れ始めている。具体策はまだ未達ですが、ジェンダー平等やインクルージョンの議論から男性をはずすべきでないという認識は生まれています」

型にはまらず、偏らないポジティブな男性のナラティブ。それを生み出すためにニューマッチョが注力するのは、ブランドの思考を変えることだ。

「例えば、弊社が行ったダヴの『メン+ケア』のキャンペーン。このブランドのテーマはヘルスケア。もちろん男性は、セルフケアにあまり熱心ではありません。しかしセルフケアはメンタルヘルスだけでなく、肉体的健康や自分の周囲にも影響を及ぼす。ではなぜ多くの男性は気にかけないのか。それはセルフケアに熱心だと女性的、あるいはうぬぼれ屋だと思われてしまうからです」

だが実際は男性もケア(=配慮)をする。ただし、その対象として家族が優先され、自分の健康は二の次なのだ。

「わかったのは、健康面だけでなく、社会的にも感情的にも自分のケアがきちんとできる人ほど他人のケアができるということ。そうしたデータに基づいて、『他人のケアは自分のケアから始まる』というキャンペーンを始めたのです」

「我々はステレオタイプ的な男らしさを信じていた。『自分のケアなど必要ない、大切なのは他人のケア』と。ところが、自分をケアできる人は他人をもっとケアできるという事実が、その思い込みを覆したのです」

ジョナサン・エミンス(左)、フェルナンド・デソーチェスの両氏

ナラティブの改善

今も我々の社会は男性優位で、男性は女性に比べ圧倒的な恩恵を受けている。これまでのステレオタイプ的な男性像を変える必要はない、という声もあろう。

しかし数々の調査によれば、先進国の多くの男性は危機感を抱き、アイデンティティーに不安を感じ、社会で居場所を見つけることに悩んでいる。メンタルヘルスやルッキズム、そして摂食障害などに悩む男性は確実に増えているのだ。

広告業界が描く理想の男性像とは裏腹に、肉体的に自信が持てず、アイデンティティーや男らしさに葛藤する。実現不可能な理想像の押し付けには親しみを持てず、結果的にそのブランドの意に反し、無視されていると感じてしまうのだ。

「漫然としたステレオタイプ化はどこにでもあり、あらゆるプラットフォームで見受けられる」と話すのは、ブランドエクスペリエンスエージェンシー、アンプリファイの創業者でグローバルCEOのジョナサン・エミンス氏。「厳格なジェンダー意識に基づいた時代遅れの男性描写は、映画でもビデオゲームでもまだ見られる。ブランドの意識は改善されつつあるのですが……」

同社は最近、英国の若年男性を対象に調査を実施。「現代の男性像を最も的確に表現しているブランドはどこか」という問いに対し、トップに挙げられたのはナイキとリンクス(Lynx、男性化粧品)だった。

「ナイキは昨今、自社のプラットフォームを使い、スポーツにおけるジェンダーをテーマにしたナラティブを発信している。強力な文化的メッセージです」とエミンス氏。「特に『プレイ・ニュー』キャンペーンでは、依然としてマッチョ意識が高いサッカーを題材に、これまでの男性像を打ち壊す試みを行っている。リンクスもステレオタイプ的広告をやめ、進歩的ロールモデルを起用して、より包摂的な男性の魅力を表現しています」

ブランドの課題

ステレオタイプ的な男性像を打破しようという動きは、各市場によって進捗が異なる。だが広告業界全体を見れば、決して迅速とは言えない。では、業界はもっと責任を持って改革を進めるべきなのか。

「グローバル的課題は、もっと多様な男性像を描かねばならないこと」と話すのは、米マーケティング会社ディジタスAPACのビジネス兼クリエイティブディレクター、キース・バーン氏。

「いくつかの主要ブランドはそうした取り組みをすでに行っています。ザ・ニュー・アックス・エフェクト(男性用スキンケア)やジレットのキャンペーン『The Best Men Can Be』がその一例。ただ、いまだに多くの広告がマッチョ的男性像を打ち出しているなか、やや表層的な印象は否めない。また、こうした新たな価値観を唱えるキャンペーンは欧米市場で制作されたもの。他市場は多様性への理解という点で若干遅れています」

「どの市場であれ、ブランドは次世代の若者たちと強固な信頼関係を築かねばならない」とエミンス氏。「自分たちの真の姿を反映している、と彼らに思わせることが肝要です。だからこそステレオタイプではなく、多様でインクルーシブなアプローチが欠かせない」

「そのためには、ポジティブな男性像を語れる進歩的ロールモデルをキャンペーンに起用すること。多様性を推進し、現代の消費者には受け入れ難い従来型の男性像を明確に拒否すべきです」

2人の子を持つバーン氏は、子どもの自己認識に広告が及ぼす影響を実感するという。

「ブランドや広告エージェンシーは、自分たちが生み出すイメージにもっと責任を持つべき。効果的で優れた広告というのは、常に現実を反映し、信頼性も高い。現実に即した男性像を表現することは、ブランドにとって確実にメリットになるはずです」

(文:マシュー・キーガン 翻訳・編集:水野龍哉)

関連する記事

併せて読みたい

4 時間前

大阪・関西万博 日本との関係拡大・強化の好機に

大阪・関西万博の開幕まで1年弱。日本国内では依然、開催の是非について賛否両論が喧しい。それでも「参加は国や企業にとって大きな好機」 −− エデルマン・ジャパン社長がその理由を綴る。

1 日前

エージェンシー・レポートカード2023:カラ

改善の兆しはみられたものの、親会社の組織再編の影響によって、2023年は難しい舵取りを迫られたカラ(Carat)。不安定な状況に直面しつつも、成長を維持した。

1 日前

私たちは皆、持続可能性を前進させる責任を負っている

持続可能性における広告の重要性について記した書籍の共著者マット・ボーン氏とセバスチャン・マンデン氏は2024年のアースデイに先立ち、立ち止まっている場合ではないと警告する。

2024年4月19日

世界マーケティング短信: オープンAI、アジア初の拠点を都内に設立

今週も世界のマーケティング界から、注目のニュースをお届けする。