Jessica Heygate
2023年11月09日

イスラエル・ガザ衝突 広告業界への影響

イスラエルによるパレスチナ自治区ガザ地区への攻撃が続き、ソーシャルメディアには偽情報やヘイトスピーチがあふれる。オンライン広告を見直す企業もあるなか、メディアエージェンシーはどう対応しているのか。

Getty Images
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イスラエルと、ガザを実効支配するイスラム組織ハマスの軍事衝突が勃発してから、ソーシャルメディアでは偽の情報や画像、ヘイトスピーチが急増している。オンライン広告やオーガニック投稿を見合わせるブランドも少なくない。

先月7日、ハマスがイスラエルを急襲して200人以上の人質を拉致すると、イスラエルは直ちに宣戦布告。これを受けて主要メディアエージェンシーはガイダンスを発表し、クライアントが予定する広告キャンペーンの見直しを図った。その結果、いくつかの企業はキャンペーンを見送る決断を下した。

メタは10月下旬の業績発表で、同月のクライアントの広告支出が鈍化したと発表。スーザン・リCFO(チーフフィナンシャルオフィサー)は、「過去にも地域的な軍事衝突が起きると、全体的に広告需要が鈍化した。ロシアがウクライナに侵攻した際も同様の傾向が見られた」とコメント。

これに対して、米国の主要メディアエージェンシー2社のスポークスパーソンは「デジタルメディア支出を一時的に抑えるクライアントはまだ少数」という。

「多くのブランドは広告支出を維持し、ブランドセーフティー対策を強化している。直接的に暴力や武器に結びつく言葉を除外キーワードリストに加えている」

こうした事態が起きると、エージェンシーは戦闘に関連する言葉 −− 「イスラエル」や「ガザ」、「パレスチナ」など −− を除外リストに加えるよう、クライアントに忠告するのが一般的だ。ロシアのウクライナ侵攻の際も、危険性のある言葉の除外はパブリッシャーにとって主要課題だった。

だがある主要メディアエージェンシーの幹部は、「除外キーワードリストを使った言葉の選別はむしろ社会にとって有害。ニュースパブリッシャーが重要なストーリーの掲載をためらってしまう」と話す。コロナ禍の際には広告主が「新型コロナウイルス」という言葉をリストに加えたため、健康に関する重要な公的情報がユーザーに届きにくくなったという。

今回の戦闘では、メディアエージェンシーがロシアのウクライナ侵攻で得た知見を生かし、迅速に戦略の青写真を描くことができたようだ。

ホライゾンメディア社でブランドセーフティー及び消費者支援担当EVP(エグゼクティブヴァイスプレジデント)を務めるジェイソン・リー氏は、戦闘が起きた直後、週末を返上してクロスチャネルに関するガイダンスを作成。ブランドセーフティーと持続可能性を守る具体策を明記し、週明けの月曜日にクライアントに送付した。

ガイダンスでは除外キーワードリストに加えるべき言葉や、各ソーシャルプラットフォームにおける言葉の制限条項、プレイスメントのトラブルを回避できる広告フォーマットなどについて説明した。

その後数日間で、同社はクライアントの全てのコンテンツ(ペイドコンテンツとオーガニックコンテンツ)を精査。画像やテーマ、メッセージが今回の戦闘に関連して誤解を招く恐れがないかチェックした。

「全てのクライアントに広告を停止させるような、包括的アプローチは弊社は取りません。修正が必要なコンテンツには修正を加え、状況に応じて慎重に考慮しながら対応していく」とリー氏。

「各ブランドの理念やビジネス目標、オーディエンス、カテゴリーはそれぞれ異なります。したがって優先事項もそれぞれ異なってくる」

プラットフォームに有害なコンテンツがあふれれば、多くのエージェンシーはクライアントにオーガニック投稿を控えるよう促す。だがその忠告の内容も、ブランドの業種によって変わってくる。

例えばヘルスケアのようなエッセンシャルサービスを提供するブランドには、投稿を続けるようアドバイス。逆にアマゾンの「プライムデー」に名を連ねるようなリテールブランドには、投稿を控えるよう促すという。

「クライアントに対してキャンペーン中止の要請はしませんでしたが、オーガニック投稿はやめるよう促した。何度も繰り返し発信されるカスタマイズドコンテンツは、全てそれに含まれます」と話すのは、オムニコム傘下のエージェンシー、GSD&Mのチーフメディアオフィサーを務めるデイブ・カーシー氏だ。

「考慮したのは消費者の感受性です。ひどいコンテンツがあふれる今のオンラインで、クライアントが存在感を発揮するのは果たして得策なのかと。恐ろしいニュースの中でポジティブなブランドメッセージを見つけても、消費者は到底それを受け入れられない」

プラットフォームの対応

AI(人工知能)が作り出す偽情報と、意図的にコントロールされたメディア −− 今回のイスラエルとハマスの衝突は、ブランドセーフティーへの懸念をより一層深刻にした。

「ロシアがウクライナに侵攻した際もAIに関する議論が起きましたが、今のフェイクコンテンツの制作や情報操作のスケールは、当時の比ではない」とリー氏。

「今のフェイクコンテンツは、受け手である消費者にとっても大きな負担になっている。真偽を見分けるのが非常に難しいからです」

今回の戦闘が起きた際、様々な画像や偽の情報がソーシャルメディアにあふれたが、そのほとんどはX(旧ツイッター)上で展開された。米テックカルチャー誌ワイヤードは、「過去の動画やビデオゲームの動画、虚偽の写真などが、リサーチャーもかつて見たことのない規模でXにあふれた」と記載。米ニュースメディア・ポリティコも、「テロリストが関わって配信されたコンテンツは、Xがどのプラットフォームよりも多い」と報道した。

偽情報のトラッキングを専門とするアレセア(Alethea)社は、今回の戦闘に関するプロパガンダを流していた67のアカウントをX上で特定。これらアカウントは、偽のキャンペーンや扇動的コンテンツで何百万というPV(ページビュー)を獲得していた。NBCニュースが警告すると、Xはそのいくつかのアカウントを停止した。

Xは、「戦闘が起きた当初、同じ動画や文言の投稿が監視の目を逃れて多数掲載された。そのため、これらには『誤解を招く』あるいは『虚偽』というフラグを付けた」と主張。オーナーのイーロン・マスク氏は戦闘勃発から数日後、「偽情報を制限するため、コミュニティーノート(Xの機能)で修正された投稿は収益化できないようにする」と発表した。

Xの特徴は、世界的な危機の際には弊害も生む。フィードに表示されるコンテンツが時系列のため、有害なコンテンツが一気に拡散しやすいのだ。これに対しフェイスブックやインスタグラム、ティックトックはアルゴリズムが管理するため、ユーザーには新旧織り交ぜたコンテンツが提供される。

有害コンテンツに対するXの制御能力は、マスク氏の方針転換によって弱まった。今年になって扇動的な投稿への規制を弱め、優先順位の低いニュースもフィーチャーするように。リンクを添付した投稿に表示される遷移先の記事タイトルも削除した。結果、企業の安全対策担当者からの信用は失墜した。

イスラエルとハマスの衝突が起きる以前も、Xは「フェイクニュースの最大の発信源」と欧州連合(EU)高官から批判を受けた。マスク氏の買収後、XはEUが自発的に求める「偽情報に関する実践規範(disinformation of code of practice)」を放棄した。

こうした混乱を生んでいるにもかかわらず、Xは広告主へのアプローチに積極的で、「今回の戦闘にまつわる有害コンテンツにどう対応しているか、宣伝に余念がない」とメディアエージェンシーはいう。

Xのリンダ・ヤッカリーノCEOは10月中旬、広告主に2本の通知を送り、偽情報を規制する制度の確立と、安全性・持続可能性に関するアドバイスの提供を約束した。

メタもメディアエージェンシーに通知を出し、同社が今回の衝突にどう対応しているかを説明。ただし、それはエージェンシー側から要請を受けた後だった。

「通常は、プラットフォームがエージェンシーに早急な対応を要請する」と多くのメディアバイヤーは話す。

「今回の事態はプラットフォームにとって決して新しいものではない。彼らにも危機管理や危機評価のプランがあるはず。私の考えでは、彼らこそがブランドに対し、こうした状況をどう乗り切るべきか提言すべきなのです。コンテンツを差し止めた方がいいのか、発信のペースを落とした方がいいのか……ベストプラクティスを示すべきです」(カーシー氏)

リー氏は、プラットフォームが「コンテンツをどう調整すべきか、具体的で正確な情報を共有するべき」という。

「大きな課題は、ソーシャルプラットフォームがいまだに完全な透明性を確立させていないこと。『偽情報を特定できるように弊社のシステムを適正化した。先週はこれだけの偽アカウントを停止しました』 −− こういう報告を彼らができるようになるまで、我々は情報を求め続けます。しかし、彼らがどのように全ての偽アカウントを特定しているのか、またどこまでマニュアルでどこまでがAIの判断なのか、我々にはわかりません。彼らの業務を正確に検証することは非常に難しい」

ニュースへのアプローチ

メディアエージェンシーはソーシャルメディアに対して一様に懸念を抱くが、ニュースサイトへの広告に関しては意見が分かれる。

カーシー氏は、「基本的にニュースサイトは避けるようクライアントに忠告します。少なくともリアルタイムのニュースプログラムは危険性が高い」

「ニュース内の広告停止は難しいので、大きなリスクがある。特に臨時ニュースの時はなおさらです」

「悲惨な事件・事故でなくても、ニュースは決してポジティブなストーリーを伝えないのが現実。同じオーディエンスを他で見つけられるのなら、ニュースサイトは広告にとって決して最適ではありません」

リー氏によれば、イスラエルとパレスチナの間で緊張が高まった際、いくつかのクライアントはすでにニュースサイトを敬遠し始めたという。

「ニュースサイトが全て悪い、とは言いません。ニュースがネガティブだから広告を出すな、とも言うつもりもない。ですからニュースサイトの広告主のために、我々はあらゆる予防策を講じます。配信をいつでも停止できたり、ニュースとは全く別物に見せたりする工夫を凝らすのです」

大手メディアエージェンシーは、ニュースサイトから全面的に撤退するより、コンテンツの文脈を調整して出稿することを推奨する。そうすることで、質の高いジャーナリズムを財政的に支援できるからだ。あるメディアバイヤーは、「臨時ニュースに神経を尖らせるクライアントには他のニュースサイトへの出稿を勧める」と話す。メディアが危機的状況にある今こそ、「大量の偽情報や誤情報を駆逐する、信頼性の高いニュースサイトを支援することが極めて重要」

出稿を停止する際に広告主にとって最も悩ましいのは、いつ広告を再開したらいいかということだ。特に何カ月も、何年も続く可能性がある紛争の際はなおさらそうだろう。2022年2月に始まったロシアによるウクライナへの軍事侵攻は、いまだに続く。

「オンライン広告を停止するとして、では何を再開の基準とするのか。ロシアの侵攻でも、『潮目は変わった。また広告を再開しましょう』とクライアントに言えるような転機はいまだに見出せない」とあるバイヤーは嘆く。

カーシー氏も、「極めてセンシティブな問題なので、今後の成り行きをブランドとともに巨視的に見守っていく」と話す。

「各地域のコミュニティー、国、そして世界は今回の戦闘をどう捉えているのか。ガザ地区の市民の人道支援が前向きに話し合われ、事態が解決に向けて動き出すようであれば、我々も検討を始めます。消費者が再び広告を受け入れる気分になるかどうか、見極めることが肝要」

「遅かれ早かれ、広告は再開しなければならない。ただ、消費者の心の準備が整わず、ブランドに不信感を抱かせるような状況では再開は見通せません」

 

(文:ジェシカ・ヘイゲイト 翻訳・編集:水野龍哉)

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