David Blecken
2019年10月25日

サウンド、そして英国社会 : 「ペンタグラム」スズキユウリ氏

海外のクリエイティブ業界、コミュニケーション業界で活躍する日本人にスポットを当てるこのシリーズ。第1回は世界的名声を誇るデザイン事務所「ペンタグラム」のパートナーとしてロンドンで活動するスズキユウリ氏に話を聞く。

サウンド、そして英国社会 : 「ペンタグラム」スズキユウリ氏

多くの日本人クリエイティブにとって、米国や欧州でキャリアを磨くことは依然ハードルが高いようだ。言うまでもなく、難題は乗り越えねばならない言葉と文化の壁。それでもユニークなアイデアを武器に世界という舞台で実績を残す挑戦は、十分価値があると考える人々がいる。

スズキユウリ氏はまさしくその一人だ。エクスペリエンスデザイナー、サウンドデザイナーである同氏は1年前、世界でも最も高い評価を受けるデザイン事務所ペンタグラム(拠点はロンドンのノッティングヒル)にパートナーとして加わった。それ以前は10年以上もの間、フリーのコンサルタント兼アーティストとして活動。自身の使命を「コミュニケーション上、最も強力な媒介である“サウンド”を限りなく効果的に利用し、人々の関係性を構築すること」と表現する。

具体的に言うなら、グーグルやフェイスブック、アウディといった企業のためにサウンドをベースとしたユニークなプロジェクトを牽引していくこと。それはさまざまな楽器や装置を作り、サウンドの創造を実験していくことでもある。スズキ氏は自身のスタジオで、心置きなくこうした実験に取り組む。

ペンタグラムという組織がサウンドよりもビジュアル的作品で名高いことを考えると、「自分が今のポジションにいることは極めて幸運」。どのような成功にも運はつきものだが、スズキ氏の場合はユニークな才能と努力、根気強さがもたらした結果と言えるだろう。特筆すべきは、失読症で音符が読めないにもかかわらず今の地位を手に入れたことだ。

日本大学でインダストリアルデザインを学んでいた頃は、カリキュラムの退屈さに失望。だが、実験的パフォーマンスグループ「明和電機」(1993年結成)への参加が学生生活を一変させた。中小企業を模したこのグループは、ハンドメイドの楽器を使って知性とユーモア溢れるステージを展開。その活動は今も続いている。この時さまざまな楽器や道具をデザインした経験がきっかけとなり、同氏は音楽制作とエンジニアリングの道に。英国とフランスでエキシビションを催した後はロイヤル・カレッジ・オブ・アートへの入学を志望、最終的に英国に住むこととなった。

ニッチな分野に専念したことが同氏にとっては良い結果をもたらした。「多くの企業はブランディングにおけるサウンドの重要性を見落としてきた。でも今はそれに気づき始めています」。サウンドを扱う上で問題となるのは、効果がビジュアルデザインよりも心理学的で、ゆえに具体性に欠けることだ。企業がサウンドでアイデンティティーをつくる際には音楽家に依頼することが多いが、「ある程度までならばそれは機能する。デザインの本質と音楽を理解することで、もっと良い結果が出せると思います」。

「日本のデザインのプロたちは、英国のような市場に必ずしも画期的なアイデアを持ち込めるわけではない。でも、全てのコンテクストやシナリオに配慮したディテールへのこだわりで勝負できます」。

日本人としてロンドンで働いていて感じるのは、「明確な個性を保ちつつ社会に調和できること」。同氏は以前、スウェーデンで3年間暮らした経験がある。だが現地社会に溶け込むのは難しいと感じた。「アジア人としてストックホルムはハードルが高かった。対照的に英国では、自分が外国人だと感じません。地下鉄に乗ると周囲からは英語ではない言語がしょっちゅう聞こえてくる。ここには今も豊かな多様性が存在します」。

ロンドンに移って来た当初は、やはり言葉の壁があった。だが、好きな音楽の話をすることで友人をつくることができた。自分の文化的背景と言える、慣れ親しんだ英国や米国の優れたアーティストの話題が会話の糸口になったという。

「海外で働く日本人にとって、言葉は現実的な恐怖です」。同氏も最初の2年間はまっとうに英語が話せなかったという。

「社会への適応性は言葉ではなく、個人の文化的背景で決まるのではないかと思うのです。その国のサブカルチャーなど、好きなものに改めて興味を持つことはとても大事。そうでなければ、国外に出る必要はあまりありません。特定の国に行く理由は、その国の文化に魅力を感じているから。そうした経験や考え方を持っていれば、人とのコミュニケーションはずっと楽なはずです」

ロンドンが持つ文化の多様性には今も刺激を受けるが、「クリエイティビティーのピークは2012年の五輪の時だったと思います」。大会に合わせて街を彩った多くのパブリックアートや、市内東部のユニークな再開発。「クリエイターにとっては実に素晴らしい時期だった」。

「英国の人々は普段は非常にシニカルです。でも一旦オリンピックが始まると、誰もがその精神を共有し、心から楽しんでいた。(英国人の)そういうところが好きですね」

当時はクリエイティビティーやアートに財政的支援があって、街で目に触れる機会が多かった。だが、大会後はそれが止まってしまったという。東京2020大会が同じプロセスを辿るかどうかは定かではないが、増え続ける旅行客や移住者を日本が積極的に受け入れようとする姿勢は、「素晴らしい変革をもたらすでしょう」とも。

欧州連合(EU)からの離脱では、英国は逆の方向に動き始めているようにみえる。スズキ氏は変化する政策の影響を直接的に肌で感じてきた。長きにわたり英国の納税者でありながら、居住権を守るために戦わねばならなかったからだ。そのためには費用のかかる法的支援や多くの申請が必要だった。才能ある外国人労働者にとって、こうした状況は英国の魅力を失わせることになるのだろうか。

「はっきりとは分かりませんが、ある意味極めて悲しいことです。(一般市民の利益を考慮せず、)政治のパワーゲームに終始している。大まかに言えば、誰もが現在と未来を見通せないのです。これは決して健全なことではない。複雑な時期ではありますが、私はこの国とその文化を愛しています。状況が良くなるよう、心から望んでいます」

(文:デイビッド・ブレッケン、翻訳・編集:水野龍哉)

提供:
Campaign Japan

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