Robert Sawatzky
2017年3月24日

創刊から10年、アジアを見据える『モノクル』

タイラー・ブリュレ氏は創刊から10年になる『モノクル』を、直感や感性に忠実に進化させ、好機を捉え続けている。紙媒体とラジオを好み、ソーシャルメディアと距離を置く同氏は、『モノクル』ならではの市場を広告主と一緒に作り上げている。

タイラー・ブリュレ氏
タイラー・ブリュレ氏

誕生してから10年になる『モノクル』は、事業を幅広く展開してきたグローバル・メディア・ブランドだ。その中核をなしているのは、洞察に富む長い特集記事、印象的な写真、ライフスタイルや旅のコラムが詰め込まれた分厚い月刊誌だ。しかし今や、オリジナル動画が載るウェブサイト、年中無休の24時間デジタルラジオ局、7軒の小売店舗(そのうち3店舗はアジア)、ECサイト、ロンドンと東京で営業するカフェなど、手掛ける事業は幅広い。セーター、ハンドバッグ、文房具などをウェブサイトで販売する他、世界の都市や暮らしのガイドブックシリーズも発行する。

編集長のタイラー・ブリュレ氏が2005年当時に思い描いていた『モノクル』は、今日の姿とは異なるものだった。「雑誌に100パーセント集中しようと考えていました」と、同氏は東京で電話取材に応じた。ヨーロッパの富裕な2家族からの支援を受けた『モノクル』は、2007年の立ち上げからわずか数カ月で、オーディオキャスト(インターネットラジオ)と期間限定ショップにも試験的に着手し、そこから次々に事業を広げてきた。

一見すると、メディアとリテールの寄せ集めのように見えるかもしれない。しかし、都市生活の必読書ともいえる雑誌『ウォールペーパー』を手掛け、洗練されたセンスと現代のライフスタイルの代名詞となった同氏にとっては、考え得る限りの豊かな体験を提供したいという情熱を形にした、必然的な産物と呼ぶべきものだろう。

「計画を立てても、途中でその計画を白紙に戻す出来事が起こることもあるのです」と同氏。「本当に面白い機会が訪れれば、今までとはガラッと異なる方向に転換する可能性もありますよ」

テレビ放送でブルームバーグとの協業も行っている。もともとはシンガポールの経済開発庁(EDB)とブルームバーグによるテレビ番組だったが、紙媒体である『モノクル』のテイストを取り込みたいというEDBからの求めに応じて実現。現在では30分のプログラムとしてシリーズ化し、海外でも放送されている。また書籍事業は、出版社側が流通や販売を担うという条件での打診が2回あった末に実現したものだ。

いずれの場合も、世界中に81,000人いる『モノクル』の読者、そして同氏が言うところの「エリートというより向上心が高い」読者が興味を示す、モバイルやコンテンツの将来性にあやかりたい事業主体の方から話を持ち掛けられたものだ。

『モノクル』のアジア展開

アジア太平洋地域は『モノクル』の発行部数の23%を占め、3番目の市場にとどまっている。しかし、オーストラリア、シンガポール、香港は世界全体のトップ10市場に入る。また、マレーシア、台湾、韓国、中国では、中産階級が拡大を続けている。彼らはビジネスの公用語を学んで大きく羽ばたこうとしており、これらの市場では発行部数の伸びが期待できる。
 
「格安航空会社の台頭により、人々は世界中の都市から都市へと渡り歩き、仕事でも余暇でもグローバルなライフスタイルを実現できる時代になっています。私たちはこうしたトレンドを『モノクル』に織り込んでいきたいと考えています」

『モノクル』の広告収入に占めるアジア太平洋地域の割合は18%だが、広告主にはキャセイパシフィック航空、現代自動車、シチズン、三菱重工、信和集団、セイコー、無印良品、ユニクロなどが名を連ね、広告収入は伸びている。今年の3月号にはタイ航空、全日本空輸、ビームス、そして『モノクル』の株式の4%を保有する日本経済新聞社などの広告が掲載された。

「大きな潜在力のあるアジア太平洋地域を、非常に重視しています」と同氏は語る。

アジアでの急成長を本気で目指すならば、ローカル版の発行が近道だと考えがちだ。同氏も既に、中国版発行の話を中国大手企業から持ちかけられたというが、一貫して手を出さない。

「ありえない話です。我々の読者は、東南アジア版に再編集された誌面を望んでいるのではありません。私たちには、広告主に満足してもらえるだけの地域情報を載せている自負があります。もしそれ以上を望まれるのであれば、当社とは縁がないということでしょう」と言い切る。

言い換えれば、紙媒体とラジオの双方において『モノクル』の広告主は、グローバルかつ大規模な事業を行う企業(航空、国際金融、不動産、小売など)が中心であり続けるということだ。「台湾やマレーシアの銀行に、ラジオ番組のスポンサーになるよう持ちかけたりはしません」

ラジオへの進出

英エコノミスト誌のような競合と比べて広告掲載料が低く設定されていることも奏功し、「アジアでの紙媒体の出版は順調」だという。「どちらかと言えば、ラジオの方が難しいですね。アジアの企業に、ポッドキャストの世界への参入を促すことに苦労してきました」

インターネットラジオは、型にはまらない『モノクル』らしい施策だ。同社は2011年から、グローバルなライブストリーミングを24時間行っている。リスナーの約30%はライブで、70%はポッドキャストをダウンロードして聴いており、世界中で月間のべ110万プログラムが聴取されているという。

最大のスポンサーはUBSで、ヨーロッパとアジア向けに2つの番組を持っている。他にも、アリアンツ、エア・カナダ、ターキッシュ エアラインズ、ナイキなどが広告主だ。各社は番組のスポンサーとなり、自社のスポットCMや、『モノクル』と共同で制作したCMを流すことができる。さらには、コンテンツを自由にカスタマイズしたプログラムを、広告と分かるよう明示した上で放送することも可能だ。

ラジオの立ち上げは厳しい道のりで、ようやく赤字から脱却し、損益分岐点に達したところだという。24時間更新のニュースサイトを開設し、ソーシャルメディア上でのプロモーションを強化するという方法も選べたはずだった。

しかし、デジタルへの参入では一般的なこれらの手法を、同氏は頑固なまでに拒んできた。『モノクル』のサイトは今もポッドキャスト、長い特集記事、オリジナル動画に特化している。そして、同氏のソーシャルメディア嫌いは有名だ。

『モノクル』のオリジナルコンテンツの多くは、印象的な写真や、実用的な旅行の知恵などであり、ユニークでシェアしやすい内容だ。そのため、アグリゲーター(ソーシャルメディア上でコンテンツを収集し、まとめて発信するサービス)に利用され、コンテンツへのトラフィックも評価も横取りされやすい。こうした流れが横行していることに、同氏は嫌気がさしているようだ。より多くの予算をソーシャルメディアに割きたい広告主から広告費を削減され、良質なメディアが苦境に立たされている一方で、ソーシャルメディアは、中身のあるコンテンツの供給をメディアに頼り切っている。ソーシャルメディアの裏側に潜むこうした皮肉な状況を、同氏は見通しているのだ。

「ソーシャルメディアの存在も、それを活用すればどのような効果が見込めるのかも理解しています。でも、『モノクル』は他のブランドと違って、ソーシャルメディアとの相性が良いとは思えないのです」

だからラジオを選択したというわけだ。資産家からの支援を受けているがゆえの特権とも言えるだろう。「まずは楽しむことを重視しています。結果として利益もついてくると、なお良いですね。当社は家族経営で小回りが利き、やってみたいと思ったことはすぐにできるのが強みです」

ウィンクリエイティブは売り物ではない

このように恵まれたアプローチが許されているのは『モノクル』だけではない。出版、広告、デザイン、ストラテジーを手掛けるクリエイティブエージェンシー「ウィンクリエイティブ」についても同様だ。

「私たちは自分たちの仕事を心から好きですし、本当に高い自由度をもって仕事に取り組んでいます」と同氏。「年間3%の利益を出したいと思って、皆がそれで満足し、良い仕事をしているならば、それでよしとなる。あるいは、15%の成長をしたいと望めば、それがそのときの目標になる。そんな風に運営しています」

もし、1997年に『ウォールペーパー』をタイムワーナーに売却したときのように、自由を手放してしまえば、仕事の楽しさが損なわれてしまうだろう。だからこそ同氏は、大手企業からの買収話を軒並み断ってきたのかもしれない。大手企業の方から買収話を持ちかけてこないのも、頷けるというものだ。

(文:ロバート・サワッツキー 翻訳:鎌田文子 編集:田崎亮子)

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