Tatsuya Mizuno
2024年2月22日

独立系エージェンシー 日本市場のサバイバル

大手広告エージェンシーによる寡占状態が続く日本の広告市場。そんななか、小さいながら存在感を発揮する独立系エージェンシーが増えている。彼らはどのように成功を手繰り寄せているのか。

(左より)富永勇亮、中條あや子、カイロ・マーシュ、バリー・ラスティグの各氏
(左より)富永勇亮、中條あや子、カイロ・マーシュ、バリー・ラスティグの各氏

日本中を揺るがせた東京五輪・パラリンピックの談合・汚職事件では、電通元社員やADK前社長などが逮捕された。電通グループの五十嵐博社長が東京地検特捜部の事情聴取に対し、法人としての責任を認めたのは1年前のことだ。

業界関係者の予想通り、こうした大規模な醜聞も国内広告業界の勢力図には何ら影響を与えなかった。電通グループの首位は揺るがず、それはあたかもこの国の政界を映すがごとく。絶えず醜聞がつきまとう自民党が決して下野しない構図と、どうしても二重写しになってしまう(実際、自民党と電通との蜜月振りは度々メディアで報じられ、東京五輪・パラリンピック大会組織委員会の森喜朗元会長が、逮捕された元電通の高橋治之氏をマーケティング担当理事に任命したことはその象徴だろう)。

言うまでもなく、日本の広告業界は長年、電通・博報堂・ADKという3大エージェンシーによって席巻されてきた。各種資料によれば、2022年の電通グループの売上高は5兆2500億円、博報堂は1兆5000億円、ADKは3500億円。最近ではインターネット広告費の伸長により、サイバーエージェントがADKを抜き3位に躍進したが、それでも国内市場(米国・中国に次ぐ世界第3位の規模)における電通と博報堂の優位性は動かない。

なぜ、この構造は崩れないのか。まず挙げられるのは、電通・博報堂両社の120年以上に及ぶ長い歴史だろう。電通の創業は1901年、博報堂は1895年。国内広告業界の黎明期から活動する両社は、まさに業界の歴史と共に歩んできた。因みにADK(旭通信社)の創業は1956年で、半世紀以上も後のことだ。

広告主の間では、「新たな広告エージェンシーを選ぶ目安や決め手がなく、また検討する時間もない」「オープンコンペをしない限り他のエージェンシーを知る機会がなく、結果的に付き合いのある大手とだけ仕事を続けてきた」といった声が多く聞かれる。つまり、寡占の主因は「惰性」だ。

さらに「両社はしばしばパートナーであり、人材の行き来も多い『友人』同士。そうした関係性で、優れた人材と旨みのある仕事をシェアし続けてきた」と話すのは、コンサルティング会社コーモラント・グループのバリー・ラスティグ社長。

それでも、こうした状況は近年変わりつつあるという。「より現代に即した、透明性の高い手法を取り入れている独立系エージェンシーを求める声はブランドの間でかつてないほど高い。大手が提供できないユニークな人材やアイデア、クリエイティビティーへのニーズも増えています」

また別の業界筋は、「大手は母体が大きい分ビジネス領域が広く、ダイナミズムはあるが、小回りが効きにくく、利益率の高いクライアントに注力する傾向がある」とコメント。さらに昨今続く醜聞で、「必要以上にコンプライアンスを重視し、革新的・先進的な企画が通りにくくなっている」とも。

「インサイトの経済性」

では、独立エージェンシー側は大手との競合をどう捉えているのか。

クリエイティブスタジオ「Whatever」の富永勇亮CEOは、「競合・対抗という考え方はすでに古く、全てをパートナーシップとみなしています」と話す。「肝要なのは、得意分野が異なる企業が協力し合い、良質な成果物を世に増やしていくこと。エージェンシーやプロダクション、クライアントといった枠を超え、我々は面白いプロジェクトであればどんな企業とでも協働します」

実際、同社の事業は広告キャンペーン、テレビ番組の制作から新商品開発、ウェルビーイングまで実に多岐にわたる。「アウトプットの多様性、迅速な対応能力、コンテンツ開発の独自性が弊社の強み」(同氏)

クリエイティブエージェンシー「Eat Creative」の中條あや子社長は、「大手エージェンシーはメディアバイイングを含めた通年契約など、ビジネスモデルの規模が異なる。その分、我々と棲み分けができている」と話す。同社は大手エージェンシーを介さず、クライアントと直接取引を行う。「小規模チームゆえ、急な要件にも柔軟かつ機敏に対応できる。また多国籍人材で構成しているので、グローバルかつ多様な視点を提供できます」

マーケティングエージェンシー「relativ*」のカイロ・マーシュ代表取締役は、日本の広告業界で働き始めて15年、同社を創業して9年。「日本は非常に恵まれた市場だと思う。決して仕事がやりづらい環境だとは思いません。どの業界でも競争はつきもの。だからこそ携わっていて楽しいし、成長の機会を与えてくれます」

「電通や博報堂を競争相手とは考えていません。彼らのようなビジネスモデルを目指しているわけでもない。彼らのビジネス基盤は『規模の経済性』。それに対し、我々は『インサイトの経済性』。ですからニッチなカスタマーコネクションに注力し、クライアントが顧客とより強靭で長期的な関係性を築ける戦略を提案しています」

各エージェンシーの立ち位置は明快だ。電通や博報堂と協働する独立系エージェンシーも多いなか、単なる大手の「補填」ではなく、確固たる独自性を発揮することが成功要因と言える。

では、彼らがクライアントに最もアピールする要素は何なのか。

「最近はクライアント自身も課題を特定できないケースが増えている。それゆえ、我々は課題発見の段階から共同で取り組んでいます。そのためのスキルは自社開発プロジェクトの推進で磨きをかけている」と富永氏。

中條氏が挙げるのは「信頼性」だ。「クライアントの担当部署の延長線上にあるチームとなって、大局的・総合的視点から提案を行っている」

マーシュ氏は「組織の簡素さ」に加え、「誠実さ」を挙げる。「ベストの成果物を提供するために、ビジネスの政治的側面には一切とらわれない。またクライアントに対し、常に一番正しいと思ったものを提供します」

「コロナ後」

コロナ禍を経て、広告業界は大きく変革した。コロナ後となった今、独立系エージェンシーを取り巻く環境はどう変化したのか。

「優秀な人材の獲得はコロナ前も難しかったし、今も難しい。特に変化はない」というマーシュ氏に対し、中條氏は「クライアントのビジネスの回復・拡大でフィジカルなコミュニケーションも活発になり、確実に案件が増えている」と話す。「リモートが常態化し、遠隔地にある小規模なエージェンシーにも目を向ける企業が増えています」

富永氏も前向きな変化として捉える。「コロナ禍の間は自社開発促進の機会と捉え、AR(拡張現実)アプリやオリジナルアニメ映画などを発表しました。昨年1月にはウェルビーイングとクリエイティビティーを柱に据えた新会社を設立した。ウェルビーイングはもはや、病気を治す医療だけでは実現困難。医学以外の領域の知恵・技術も幅広く取り入れ、様々なタッチポイントを通じて日常的に効果を上げるアクションの研究・開発を行っています」

真のクリエイティビティー

こうして各独立系エージェンシーはユニークなアプローチで活路を見出すが、弱みはやはり資金力だろう。柱となるクライアントが少ないため、入金が滞ったり予算が縮小したりすると「大きな困難に直面する」(マーシュ氏)。さらにスタッフへの負担も大きい。「安定性が低く、常に高いパフォーマンスが求められるため、四六時中仕事に没頭しなければならない。黒いTシャツを着ているだけでは、自分を守ることはできません」(ラスティグ氏)

そうだとしても、独立系が持つ「自由度」は経営側にもクライアントにも、やはり大きな魅力に違いない。「クライアントの声が直に聞け、クリエイティブな挑戦ができる」(中條氏)ことは大きなモチベーションにつながる。「正しいと思うことが自由にできる」と前述したマーシュ氏は、以前働いていた大手エージェンシーとの違いを実感する。「大手が優先するのはシェアホルダー(利害関係者)の短期的利益。理由はわかりますが、しかしそうした姿勢は長期的に見ると、従業員やクライアント、そしてシェアホルダーにとっても不利益になってしまう」

富永氏も、「利益に関する制約が比較的少ないからこそ、自由な行動が取れる」と口を揃える。「私は資本主義とクリエイティビティーは本質的に相反すると考えています。資本主義は効率優先で、なるべく少ない時間と手間でアイデア実現を目指す。一方、クリエイティビティーは時間を気にせず、修正を何度も重ねて丁重に作業をする。自由があるからこそクリエイティビティーに集中でき、社会やクライアントにとって本当に価値のあるアウトプットを生み出せるのです」

(文:水野龍哉)

提供:
Campaign Japan

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