Ben Taylor
2023年9月28日

進化を続ける「エクスペリエンスマーケティング」

2023年のエクスペリエンスを特徴づけるのは、4つの大きなシフト −− マーケティングエージェンシー「プロジェクト・ワールドワイド」のAPAC CEOが語る。

進化を続ける「エクスペリエンスマーケティング」

私がCampaignに初めてコラムを書いたのは2020年のことだった。その際は、外出禁止令やロックダウンといったコロナ禍の課題にマーケティング業界がどう対処すべきかを綴った。

2021年には「ハイブリッド」のエクスペリエンスが主流となり、我々はデジタルエクスペリエンスについて多くを学んだ。そして、2022年の話題の中心となったのはメタバースだ。だが、対面式のエクスペリエンスがいつしかデジタルに取って代わるとは、決して私は考えなかった。

今、2023年も後半を迎え、エクスペリエンスは進化を続ける。それを特徴づける4つの大きな変化について、このコラムでは取り上げてみたい。

BXBB2Bビジネスの核

我々は常に、効果的なキャンペーンを実現させねばならないというプレッシャーにさらされている。B2Bマーケティングではエクスペリエンスが他の取り組みから「孤立」し、ビジネス成果が上がらないというケースがしばしばあった。BXBはこうした欠点の解消が期待できる。

マーケティングミックスではイベントが非常に重要な要素となる。たとえ単発のものであっても効果は持続的で、他の取り組みと連動する。BXBマーケティングはコンテンツやマルチデジタル、パフォーマンス、さらにダイレクトマーケティングやソーシャルマーケティングといった手法を活用したエクスペリエンスでキャンペーンを構成する。認知の向上や需要の創出、オーディエンスの確立に効果的で、売上増を実現するのだ。

イベントの進行中、またその前後における顧客のデジタル上のインタラクションや物理的インタラクションを捉えれば、彼らの行動インサイトや見込み顧客がつかめる。それによってブランドは既存の顧客を維持しつつ、新たな顧客を特定・獲得できる。さらにはセールスのパイプライン、エクスペリエンスマーケティングの効果を定量的に把握できるといった利点も見逃せない。

ハイブリッドの活用:消費者への選択肢の提供

過去10年余り、業界は戦略やデジタル、コンテンツのスキルに予算を費やすことで斬新なエクスペリエンスを創出してきた。鍵となるのは、プロダクションやクリエイティブのチームと仕事ができる様々なデジタルスペシャリストを雇うこと。ライブエクスペリエンスを強化し、ユニークなブロードキャスト(中継)エクスペリエンスを提供することが狙いだ。

ライブや中継を楽しむオーディエンスのために、エクスペリエンスの強化は欠かせない。どちらのオーディエンスも大切で、誰もが一体感を共有できるようにしなければならない。世界的なエクスペリエンスを提供する際には、なおさら欠かせない要素だ。

その好例が世界でも有数のイベントの1つ、セールスフォース主催の「ドリームフォース」だろう。コロナ後に行われたこのイベントには10万以上の企業や団体が参加し、4万5000本を超える中継が行われ、1週間で1億人が視聴した。ライブと中継、それぞれのエクスペリエンスはクリエイティブ面では共通していても、全く異なるものとなった。

特定のプラットフォームに依存しないアプローチは、オーディエンスのインサイトからキャンペーンを始めることを意味する。オーディエンスを深く理解することで、コンテンツをどう作るか、どういう反応があるかを把握でき、プロジェクト当初に掲げた目的の達成が可能となる。

サステナビリティーの包含

サステナビリティーは業界全体が見過ごしてはならない課題だ。残念ながら多くのイベントはこの面でまだ努力が足りず、我々は早急に改善に取り組まねばならない。

高いレベルの環境基準値を設定し、部品の調達源に責任を持ち、クライアントやサプライヤーと一丸となって行動しなければならないのだ。

今のグローバルサプライチェーンは高度に確立されているため、こうした変革は一朝一夕には実現できない。サステナブルな選択肢は時に準備に手間取り、コストも掛かる。しかし、業界が注力しなければ変化は起こせない。

弊社の案件で恐縮ながら、傘下のエージェンシー「GPJ」では日常業務における温室効果ガス排出量のトラッキングを始めた。

さらに他のエージェンシーとともに、環境問題に取り組む非営利団体「ISLA」を立ち上げた。今後はエージェンシーやブランド、サプライヤー、団体と協働し、知識を共有して変革を促進していく所存だ。来年には初の報告書を作成し、サステナビリティーを進める取り組みを発表する。

現在はより大胆な取り組みに向け、SBT(科学と整合した目標設定、2015年パリ協定で誕生)に適合させるプロセスが進んでいる。現時点では温室効果ガスを対前年比で20%削減させること、全プロジェクトの30%の排出量を厳密に測定することが決定している。

空間コンピューティングの台頭

コロナ禍にはメタバースとともにストリーミングがブームとなったが、私はそれに対し苦言を呈してきた。いくつかの基本的な広告ブロッカーは重くてかさばるヘッドセットがないと利用できないし、隔絶された世界を現実の世界と入れ替えるようなやり方は、誤った方向に進んでいるように思えて仕方がなかった。

ゆえに私は、デジタルと現実の世界を魅力的に融合させるAR(拡張現実)の可能性に未来を感じてきた。この2つの世界のアクセシビリティーにはまだ難があるが、そうした弱点はテクノロジーの進化とともに解消されていくだろう。

コンピューターインターフェースがポケットの中の長方形の製品から解放され、現実の世界に融合していくことは必然だ。それは誰もが思っていることで、実現すればエクスペリエンスでも素晴らしいクリエイティビティーが生まれるだろう。

それまでにはもう少々時間がかかるかもしれない。来年発売されるアップルのゴーグル型端末「ビジョンプロ」の価格は3499ドル(約51万円)で、利用者の移動性も限られるが、近い将来さらに進化し、モバイルデバイスとなって価格も手頃になるだろう。価格や重さ、バッテリーの寿命が適正になり、クリエイターがその利用法を十分理解すれば、現実のエクスペリエンスを劇的に変えることになる。

現在の標準的エクスペリエンスデザインのいくつかも、新たな応用が期待できる。ナビゲーションやネットワーキング、インタラクションデザイン、コンテンツ消費などは全く異なるものになるだろう。イベントはリモートの参加者だけで十分、と主催者が考えるような日も近いかもしれない。

次のステップへ

2020年に私が初めてコラムを書いたときから、マーケティング業界は数多くの課題に直面してきた。そして絶え間なく変わる環境に適応すべく、急速な進化を強いられた。こうした課題解決はマーケターにとってまたとない機会創出となった。

B2Bマーケティングでエクスペリエンスの重要性が増し、業界が一丸となって効果的なハイブリッドエクスペリエンスや大胆なサステナビリティー目標に取り組む……これは実に喜ばしいことだ。今後もテクノロジーが、エクスペリエンスマーケティングの変革を推進していくに違いない。

この10年、世界では右傾化と分断が進んだ。そのような時代に人々を1つにまとめ、真の価値について考えさせてくれるのがエクスペリエンスマーケティングと言えるだろう。

(文:ベン・テイラー 翻訳・編集:水野龍哉)


ベン・テイラー氏はプロジェクト・ワールドワイドAPACのCEOを務める。

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