Matthew Keegan
2023年8月10日

「X」: 最大の「障害」はイーロン・マスク氏か?

ツイッターがブランド名を「X(エックス)」に変更してから約半月。今も多くの広告主はXへの出稿をためらう。果たしてイーロン・マスク氏は信頼を取り戻せるのか。

写真:Getty Images
写真:Getty Images

Xに生まれ変わったツイッターの青い鳥のアイコン。では、Xの価値とは一体何だろう。

ツイッターのリブランディングに対して、ソーシャルメディア上の反応は極めて慎重な言い回しが多い。だが、それらは圧倒的に否定的だ。Xのロゴは本来、「アール・デコ調のミニマリズム」。だが、マスク氏に宛ててツイートするユーザーはみな単なる活字書体を使う。このロゴが果たして版権や商標を得られるのかどうかも定かではない。

では、Xは一体何を表現しているのか。これまでXは方程式の未知数や、「成人向け(X-rated)」といった意味合いで使われてきた。活用するのに決して最適の文字とは言えないだろう。だが、マスク氏はXに強い執着があるという。

これまでの経緯は全て、ツイッターを「万能アプリX」にするためのマスク氏の長期的戦略の一環と言っていい。目指すのは、どうやら中国の「ウィーチャット(WeChat)」のようなスーパーアプリのようだ。報道によると、同氏は最近ツイッターの従業員に向けてこう語ったという。「中国ではウィーチャットがあれば暮らしていける。ツイッターも同じようなプラットフォームに生まれ変われば、偉大な成功を収められる」

だが昨年10月の買収以来、マスク氏は方針を度々変更してきた。それを重ねるたびに不評を買い、自ら言う「成功」はまだ実現していない。広告主がツイッターから離れつつあるのは周知の事実で、広告収入は買収時に比べ約半分になってしまった。

その主因は不評のリブランディングでも、慌てて実行したサイトの変更でも、マーク・ザッカーバーグ氏が7月に立ち上げた「ツイッター・キラー」、スレッズ(Threads)でもないだろう。

それは誰もがわかっているが、口に出さない −− つまりマスク氏自身にあるのではないか。同氏はXの大きな「障害」なのか。広告主から信頼を取り戻すにはどうすればいいのか。業界の識者に尋ねた。

ミッチ・インコル
(『メディアモンクス』 オーストラリア・ニュージーランド戦略担当責任者)

マスク氏は「青い鳥」を捨てました。彼は目先の利益にとらわれず、長い目で成功への道筋を描いている。ツイッターの意義と己の影響力を十分理解しています。

彼はビジョンを持って、Xのエコシステムを構築・統合したと言える。洗練されたAI(人工知能)システムでプラットフォームの強化も行いました。いずれにせよ、マーケティングやブランディングの独創的活用を目指す広告主にとっては参考になります。事業転換は全く質の異なるゲーム。Xは現時点で、広告主が守るべきと教えられてきた多くの要素を失った。正しい選択をしているかどうかは、時のみぞ知るです。

言うまでもなく、広告主はユーザーが時間とお金を使う領域にリーチしたいと考えています。特に、ユーザーがどのように進化するかを把握したい。新たなユーザーを獲得するために、Xはどのようなプランを立てるのか。どれだけ速く競争を勝つ抜けるのか。そして、失った顧客をどうやって取り戻せるのか。こうした点に注目していくでしょう。

さらに広告主は、ブランドセーフティとブランドスタンダードを優先する。この数カ月間、Xは言論の自由を標榜し、過激な思想を持つ人々のアクセスも復活させました。広告主、特に先進的企業は、今後Xに出稿しても自社の価値観が守られ、ブランドの信用が損なわれないか見守っていくはずです。 

リア・ゴー
(『R/GA』 ストラテジスト) 

Xが成果を出せない要因は、マスク氏に対する広告主の信頼の欠如というより、ユーザーが大挙して去ったことにあると思います。ユーザーは長年、過激で煽動的な発言や他人への非難中傷がツイッターの大きなマイナス面と感じていた。ツイッターからXへリブランディングしたからといって、広告主の信用を取り戻せるとは思いません。広告主は、オーディエンスをしっかりと確保しているプラットフォームに支出をしますから。

それでも、Xが信用を取り戻すために2つの対策が考えられます。

1つは、プラットフォーム上の過激な発言、非難中傷を一掃すること。そうすることで既存のユーザーはツイッターを利用し続け、信用も回復できる。

もう1つは、事業転換に注力すること。マスク氏はXをウィーチャットのようなスーパーアプリにしたいと発言しました。全く新しい価値を提供することが、広告主の信用回復につながります。 

アンソニー・スミス
(調査会社『ジェイウィング・オーストラリア』 ブランドディレクター)

マスク氏の買収以降、「ツイッター帝国」の価値は広告主にとって下がり続けました。ユーザーのインタラクションの手法を変えようとしたこともマイナスになった。

Xへのリブランディングは、ツイッターという原点を捨てたことを意味するでしょう。そして今後、マスク氏が全権を握っていくことを正当化するためのように受け取れます。いずれにせよ、スレッズは絶妙の時期にスタートしたと日増しに感じます。

今後のカギとなるのは、Xが明確な方向性を示せるかどうかでしょう。現在は進化の過程であり、多くのユーザーがまだ残っているのは過去10余年で築き上げたブランドエクイティのお陰。今の混乱をどう収拾し、広告主がターゲットとする忠実なオーディエンスをいかに維持できるかがポイントになります。ただし今の時点では、リブランディングの典型的な悪例にしか映りません。


ダニエル・モリヌー
(デジタルエージェンシー『クラクソン』 チーフストラテジーオフィサー)

10年以上に及びブランドエクイティを高めてきた一流ブランドを捨てることは、我々一般人にとってはリスクの高い行為に見えます。しかし多くの人々は、マスク氏がこの変革を成功させると思っている。業界ではよく、「ひどいPRは存在しない」と言います。確かにXはメディアを席巻してきましたから。

広告主は今後の状況をよく見極め、Xへの出稿の是非を決めるでしょう。変革の過渡期には短期的影響が出て、出稿を控えるかもしれない。しかしマスク氏の奇抜な行動はよく知られるところですし、きっと秘策を持っているに違いありません。

報道が正しければ、Xの新たなプラットフォームにはeコマースや決済、ゲームといった機能が組み込まれます。これまでXは広告主の信用を取り戻そうといろいろ努力してきましたが、新たなサービス提供が実現すれば、明らかにより魅力的なプラットフォームになる。

信用回復の成否は数字に表れるでしょう。新たな機能が加わるリブランディングがどれだけユーザー数を増やすのか。それがXの評価に直結します。逆の見方をすれば、新たにスタートしたスレッズに、ツイッターの忠実なファンがどれだけ寝返るのか。今後注目すべき点でしょう。

ペイジ・ウィートン
(メディアエージェンシー『イニシアティブ』 チーフパートナーシップ&インベストメントオフィサー)

マスク氏が優先すべき取り組みは、規制への対応やカスタマーエクスペリエンスの改善です。それを怠れば、信用はますます低下するでしょう。

とは言っても、我々は皆「復活劇」を好みます。成長と発展のチャンスは常にある。フィンテックのような事業拡大がXの転機になるという人もいます。そしてマスク氏は、これまでの事業でイノベーションが達成可能であることを示してきた。課題は、今の信用の低い状態で新たな事業を興し、成功させられるかどうかでしょう。

ケリン・コエツィー
(マーケティングエージェンシー『リプライズ』 メディア&アナリティクス部門米国担当責任者)

15年間にわたって君臨し、「ツイートする」という動詞まで生んだ強力なブランドを捨てることは大変な無駄に思えます。ヴァンダービルト大学によれば、ツイッターのブランド効果は少なくとも40億ドル。しかもリブランディングと同じタイミングでスレッズが市場参入し、ユーザーにとっては選択肢が増えた。Xにとっては課題が1つ増えたことになります。

現時点で、メディア業界はXのリブランディングを冷静に受け止めています。「ツイート」に代わる新しい動詞が生まれるのでは、という賭け −− 私は『Xpressions』という言葉に賭けていますが −− を楽しんでいる程度です。Xにも大きな混乱や革新的変化は起きていないように見えます。

いずれXは、広告主の「感情」を判断し、有意義なインサイトを得る手法を編み出すでしょう。そうしたダイアログや調査を定期的に実施し、専門部署も立ち上げるかもしれない。それによって利益を生み出すはずです。プラットフォーム改善のために広告主のフィードバックを積極的に取り入れることは、彼らへの責任を示すこと。極めて重要な要素ですから。

 (文:マシュー・キーガン 翻訳・編集:水野龍哉)

提供:
Campaign Japan

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