Daniel Gilbert
2020年7月16日

フェイスブックを守るために

プラットフォームをボイコットして、自主規制の強化を要求するというのは、ばかげた考え方だ。

フェイスブックを守るために

仮に、ファストブック社という自動車メーカーがあったとしよう。同社の役割は、高性能な(あるいは世界最高の)自動車を設計し、製造することだ。

ドライバーにとんでもない速度で運転させようと意図してはいないが、残念ながらそういうケースはしばしば発生する。だが、ドライバーが自分の車でできること、できないことを強制するというのは同社の仕事ではない。そこで政府の出番となる。

政府は、人々がどれくらいの速度で運転してもよいかという独自のガイドラインを制定できる。その議論には、ファストブック社も喜んで参加するだろう。だが同社が独自のガイドラインを作ったり、顧客がある一定の速度を超えて運転するのを妨げることはできない。

この例と同様に、フェイスブックをボイコットして自主規制の強化を要求するというのは、ばかげた考えだ。

自主規制が答えではない

たとえ今回のボイコットが満足な結果をもたらしたとしても、私たちは営利を目的としたテック企業であるフェイスブックに、社会にとってどのコンテンツが適切でどれが不適切かを判定する役割を背負わせたいと、本当に、心の底から願っているのだろうか? どのような視点は受け入れられて、どれは受け入れられないか、決めてもらいたいのか? 世界各国で、それぞれの文化的・歴史的なニュアンスに配慮して、決定してほしいというのか?

答えはノーだ。そのために政府はあるのだ。フェイスブックはビジネスであり、営利を追求することが主たる目的だ。倫理面の追求を主たる目的としているのは、慈善団体だ。政府は、市民たちを守るために存在している。

他の業界(プレス、ラジオ、テレビなど)を見てみると、それらの業界では公共の利益を守るための規制が設けられている。ガイドラインを守らなければ、罰せられる。

フェイスブックなどのソーシャルプラットフォームは、独自の規制によって治められているのではなく、彼らの自治能力にゆだねられている部分が大きい。そこに我々は今、何が適切か白黒をつけるよう迫っているのだ。そして取り組んだとしても、それでは不十分だという。でも、これはガバナンスを提供するという、その名の通り政府(government)の役割だ。

誰がその責任を、フェイスブックに背負わせたのか? その理由は? フェイスブックが軸足を置くのはテクノロジーであって、社会の統治ではない。

言論の自由と、規制のフレームワーク

表現の自由を制限する政府の介入は、非常に複雑な問題であり、何世紀にもわたって語り尽くされてきた。だからこそ民間のテック企業は、社会のためにこのような意思決定を下すことができないのだ。

マーク・ザッカーバーグ自身も、フェイスブックやその他のオンラインコンテンツは、通信業界とメディア業界で使われてきたルールの間のような制度によって規制されるべきだと語っている。

英国の新聞業界の倫理・慣習を検証するため2011年にレベソン調査委員会が設置されたのは、メディアプラットフォームでの言論の自由と規制には極めて真摯な議論が必要であることの良い例だろう。

委員会が出した結果は、明確なものであった。英国では現在、独立新聞監視機構(IMPRESS)と独立新聞基準組織(IPSO)が併存している。一方で放送と通信は、政府が承認した情報通信庁(Ofcom)の規制下に置かれている。米国では、報道の自由を制限する法律を議会が制定してはならないと憲法で定められているため、このような委員会が設置されることはないだろう。

英国では、政府の関与による普遍的な一つの規制が、全面的に受け入れられているわけではない。だが少なくとも政府と報道機関が、求められるニュアンスを含めた議論を重ねてきた。国民の安全を守るのは政府の役割であり、決断は政府が下すべきであることに、疑う余地はない。私たちが投票を通じて、政府に権力を与えている意味が、他にあるだろうか?

規制、倫理規定、独立機関、制裁措置……いかなる形であれ、ソーシャルプラットフォームに標準化されたアプローチが必要なことは明らかだ。

フェイスブックは本当に敵なのか?

フェイスブックに嫌悪感をぶつけることを、誰もが楽しんでいるようだ。だからこそ、フェイスブックがもたらしたものについても触れておくべきだと感じている。

私はフェイスブックに欠陥があることを否定しているわけではない。むしろ逆だ。ただ、人々がいつもネガティブなことばかり探し出そうとしていることに、うんざりしているのだ。徹底的な楽天家と呼んでくれてもいい。

フェイスブックは、テクノロジーの世界(フェイクニュースを検知するための機械学習自然言語の音声変換技術人工知能によるオブジェクト検知など)、経済面(何百万人もの雇用や数十億ドルもの経済効果を生み出した)や、それ以外の分野でも進化に貢献してきた。研究開発への投資は抜きん出ており、世界規模でのインターネットへの接続性向上ロボット工学再生可能エネルギーなどを進めてきた。ストラテチェリー(Stratechery)を運営するベン・トンプソン氏が指摘するように、ジョージ・フロイド氏の事件を皆が知ることとなった主な理由は、暴行されている様子を撮影した動画がフェイスブックに投稿され、それに見合うだけの注目を集めたことだ。

そして今回フェイスブックを非難したのは広告主だが、フェイスブック(あるいはグーグル)よりも前の時代の広告は遅く、非効率的で、賄賂や怪しい取引がまかり通る腐敗した世界だったことも、広告主には思い出してもらいたい(事実、フェイスブックやグーグル以外の広告の世界は今もそれほど素晴らしいものではないが、それはまた別の機会に……)。データ、効果測定、関連性、透明性に裏打ちされた、広告の新しい時代を作り上げる一翼をフェイスブックは担ったのだ。

美徳の押し付けは、もうやめないか?

反フェイスブックの時流に、適切なタイミングで乗る企業もある(そうするとメディア露出も増える)。こういった企業の倫理基準は、歴史的にも疑わしいものだったりするのだが。

いつも見出しを飾るような主要企業はこれまで、フェイスブックよりもはるかに大きな損害を世界に与え、批判されてきた。糖尿病の原因となる商品を販売したり、パーム油の生産で地球環境を破壊したり、動物実験を行ったり、世界規模での環境汚染を引き起こしたり、脱税スキャンダルに巻き込まれていたり、独立系の競合企業をいつも廃業に追い込んだり、労働環境が悪いことで知られていたり……と、枚挙にいとまがない。

このような広告主が今、フェイスブックに広告を掲載することが「社会に付加価値を与えない」とか、「もっと説明責任を果たすべき」などと主張しているのだ。では、広告主がこのような基準を満たすのは、いつになるのか?

ついでに言うと、ユーザーがコンテンツを作成するプラットフォームであるフェイスブックだけを目の敵にするのはなぜなのか? 黒人に扮したエピソードなど軽蔑の混じったユーモアを含んでいたドラマシリーズ『サーティー・ロック』を放送した、NBCやその他プラットフォームもボイコットしてはどうだろうか? 彼らは放送するコンテンツを自分たちで選び、それでも不適切なものを放送してしまったのだから。

全面的な取り組みが必要だ

政府による介入とサポートは必須だ。政府は私たちに代わって難しい判断を下し、組織として責任を負うために存在するのだから。

私がここで言うのは、ソーシャルメディアのことを理解しない政府のことではない。英公正取引委員会の最近のレポートには、現在の法律は広告市場を規制するのに適していないとはっきり書かれている。テクノロジー、データ、デジタルコンテンツの領域で、必要な規制とは何か、そして未来のイノベーションを阻害しない規制とは何かを理解している人材が必要だ。従来からの政府のキャパシティーを超えているため、プラットフォームとのコラボレーションが必要なのは間違いない(例えば欧州連合の「オンライン上の違法ヘイトスピーチに対抗する行動規範」のように)。

一方でマイクロソフトのクリス・カポセラCMOは、効果的な変化はメディアパートナーとの直接的な対話によって生まれるものだと、自身の体験をもとに語る。ユニリーバの元CMO、キース・ウィード氏も同様のことを2017年に語っていた。交渉の最善の方法とは、一対一で非公開の対話であり、公式声明を出すことではない、と。この説を裏付けるかのように、フェイスブックは最近広告主に対して、広告収益への圧力があってもポリシーは変更しないと通達したと報じられている

広告主と広告会社は、当面はこの機会を活かし、自分たちの外部だけでなく内部についてもよく検討すべきだろう。私たちの業界に前向きな変化をもたらすべく、積極的に関与していってはいかがだろうか。

ダニエル・ギルバート氏は、ブレインラボス(Brainlabs)の創業者兼CEO。

(文:ダニエル・ギルバート、翻訳・編集:田崎亮子)

提供:
Campaign UK

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