Mickey Paxton
2018年8月21日

「機能するインハウスエージェンシー」とは

インハウスエージェンシーを効果的に機能させるには、どうしたらいいのか。また、外部のエージェンシーが果たすべき役割とは。ニューヨークのクリエイティブコンサルタントがブランドに進言する。

写真:Shutterstock
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ペプシが昨年、ケンダル・ジェンダーを起用したCMで「ブラック・ライブズ・マター」(黒人差別撤廃運動)を商業利用したと非難を浴びたことは記憶に新しい。業界ではこれをきっかけに、インハウスエージェンシーの質を問う議論が巻き起こった。

業界筋が素早く指摘したのは、ペプシがいつも協働するクリエイティブエージェンシーではなく、(ペプシ呼ぶところの)「インハウススタジオ」にCMのアイデアを一任した点だ。「インハウスエージェンシーは世界的に通用する人材を呼び込んだり、育てたりできない」「ブランドの製品やサービスに対し客観的になれない」 −− こうした主だった批判は決して否定できないだろう。

だが長年、多くのチーフマーケティングオフィサー(CMO)がインハウスエージェンシーを成功に導いてきたことも事実だ。例えばプルデンシャルのインハウスエージェンシーは20年の歴史を持ち、80人以上のスタッフを擁する。ドロガ・ファイブ(Droga5)とも協働するが、その都度のニーズに応じたもので、両社の関係は「共生」ととるのが妥当だ。また、ベライゾンのインハウスエージェンシーには150人のスタッフがおり、マッキャンなどの外部パートナーと日常的に協働する。それぞれがお互いを必要としており、パートナーとして人材やアイデアを共有することもしばしばだ。

インハウスエージェンシーはブランドの本質的価値をより理解し、費用対効果も良く、市場で展開するスピードも速いというのがブランド側の論理だが、これらの面もまた否定できない。

この業界でクリエイティブの人々が意味する「エージェンシー」とは、まさに字義通り。CMOやブランドマネージャーとともにブランド戦略を打ち立て、明確に定められた仕事を妥当な時間内にこなし、全てのサービスを供給する。通常のエージェンシーであれインハウスであれ、エージェンシーはクリエイティブアイデアを概念化し、イノベイティブに実行していく。

今では多くのクライアントに、彼らが呼ぶところの「インハウスクリエイティブサービス」部門がある。だが私の経験から言えば、これらはアカウンタビリティを築くプロセスや成功の度合いを計る物差しに欠け、 社内のあらゆる業務をひたすら片付けるだけのソーセージ工場のようなものに過ぎない。業務範囲が明確でなく、どんなに修正が行われてもペナルティーが課せられることもないのだ(外部のエージェンシーならば、修正ごとに請求を行う)。

こうした組織は決してエージェンシーと言えるような代物ではなく、誰も考慮に入れない単なるゴミ捨て場だろう。こうした「ドライブスルー的」なやり方は社員のやる気を奪い、仕事の終了を告げるチャイムを待つだけの存在にしてしまう。

ブランドがインハウスエージェンシーを本物のエージェンシーとして編成し、機能させるなら、外部のエージェンシーと協働することが必要だ。ブランドが両者をきちんと管轄して協働させれば、文化・社会に影響を与え、実利にもつながるクリエイティブプロダクトを生み出すことができるだろう。

では、こうしたエージェンシーをインハウスにつくり、外部エージェンシーとより良い関係を築くにはどうしたらいいのか。そのための指針を以下に列挙する。

・ インハウスのチームにふさわしい信用と自主性を与えること。独立した重みある機関にすることで、社員のやる気とより良いパフォーマンスを引き出す。

・ 現在協働するエージェンシーを合理化し、インハウスエージェンシーと直接やり取りをさせる。そして共同でプレゼンテーションに取り組ませ、両者の仕事の領域を明確に定める。更にサイロ化を廃し、各部署にステークホルダー(利害関係者)が牽引する横断型の機動的チームをつくり、成功の尺度を設ける。

・ 社内で広告賞を開催する。クリエイティブのやる気を起こすには、彼らの仕事を認め、評価することが一番だからだ。

・ 現在協働するエージェンシーの弱点を分析する。その上でインハウスエージェンシーの業務範囲を広げ、外部パートナーの弱点を補完させる。

・ 仕事の流れを最適化するため、組織内のハイブリッドな人材チャートをつくる。そしてその運営を任せられる、経験あるクリエイティブディレクターを雇う。CMOが認める実績ある優れたクリエイティブディレクターとは、クリエイティブとマネージメント両分野の経験があり、ビジネス感覚に長けているものだ。そうした人物であれば、クリエイティブのやる気を引き出し、社内外の業務を管轄できるだろう。また、優れたアイデアを選別し、CMOがそのアイデアを社内で承認させるサポートもできる。

全てのクリエイティブが、内部からブランドを管轄できるわけではない。「世の中を回しているのはクリエイティブプロダクトではない」という事実は、彼らにとって認めがたいだろう。マーケティングはクライアントにとって重要だが、中核を占めるものではないのだ。製品そのものやオペレーション、販売、人事、PR、そしてエンジニアリングこそがEBITDA(利払い・税引き・償却前利益)を向上させ、企業を前進させるのだから。

最後に、インハウスエージェンシーの最大の利点を挙げる。それはスタッフが社内でメディアディレクターと気軽に接触でき、意見の交換やアイデアを具現化できる点だ。今やマーケティングミックスにおいて最も重要な要素は、メディア戦略にほかならない。予算の使い道は無限にあっても、予算の規模は無限ではない。適切なプランを立てることこそが肝要なのだ。

(文:ミッキー・パクストン 編集:水野龍哉)

ミッキー・パクストンはニューヨーク在住のクリエイティブコンサルタント。前職は米ケーブルテレビ会社「ケーブルビジョン」のシニアバイスプレジデント兼エグゼクティブクリエイティブディレクター。

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