David Blecken
2017年2月09日

テセウス・チャン、クリエイティビティーの源

「D&AD」が東京で開催したワークショップに、「シンガポールの至宝」と讃えられるグラフィックデザイナー、テセウス・チャン氏が登場した。同氏の作品や仕事に対する哲学に迫る。

テセウス・チャン、クリエイティビティーの源
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「デザイン・アンド・アートディレクション(D&AD)」はロンドンに本部を置く非営利団体で、クリエイティブ界における世界最高峰の賞と称される「D&AD Awards」を主宰することで知られる。同団体が、東京では初めてとなるデザインワークショップ「D&AD POP UP」を1月30日~2月1日の3日間にわたって開催した。その締め括りとして登場したのは、印刷技術にも造詣の深いシンガポールの著名なグラフィックデザイナー、テセウス・チャン氏。商業的クリエイティブに関わる人々には興味深い、同氏の識見やこれまでの歩みをご紹介する。

ジム・サザーランド氏(左)とテセウス・チャン氏。東京・渋谷にて。

チャン氏の名を、90年代に刊行されたシリーズ本「サロン・パーティー・ガール(Sarong Party Girl)」のイラストレーターとして記憶している方もおられるだろう。広告クリエイターのジム・アイチソン氏との共著であるこの本は散々な悪評を買ったが、伝統にとらわれない表現でシンガポールの歴史に新たな一面を生んだことも間違いない。今回の対談は、同氏が長年手がける雑誌「WERK(ヴェルク)」(ギャラリー参照)にテーマを絞り、英国のデザイナーであるジム・サザーランド氏との間で行われた。ヴェルクは商業主義とはほとんど相容れない、チャン氏が自由に作るインディペンデントな雑誌で、だいたい1年に1度、これまで24号分が刊行されている。一方で同氏は、エルメスやルイ・ヴィトン、資生堂、コムデギャルソンといったブランドを手がけるデザインスタジオ「WORK(ワーク)」も主宰する。そのキャリアを通じ、これまでクリエイティブで守ってきた自身の信条を以下のように語った。

人は仕事で評価する。チャン氏は、ゲルハルト・シュタイデル氏(ドイツのアート出版社「シュタイデル」の主宰者)と仕事をする機会に恵まれたことが幸運だったと語る。きっかけは、シュタイデル氏にいくつかの作品のサンプルを見せたこと。それから数カ月後に突然、同氏から一緒に雑誌を作りたいという連絡を受けた。作品を見るまでチャン氏のことはまったく知らなかった同氏だが、チャン氏の仕事を純粋に気に入ったからこそのオファーだった。チャン氏も同じく、安野谷(あのたに)昌穂氏など若く野心的なアーティストたちに仕事の機会を与えることを躊躇しない。コラボレーションの相手を決める基準は1つだけ。「作品が全てを語ってくれると思います。純粋に、作品だけを見るのです。そのクリエイターが有名か、影響力のある人物かといったことは一切気になりません」。

自分の考えを述べ、自分の信条を曲げない。ヴェルクの核心的なコンセプトは、1号ごとに個性を際立たせ、時の経過とともに所有者に異なる「味わい」を与えること。以前チャン氏は、グラフィックデザイナーの田名網敬一氏とヴェルクでコラボレーションをした。その号に掲載したイラストは、クレヨンや黒鉛、パステルといった画材で描かれ、触れると色が落ちてしまうものだった。田名網氏は当初、読者の服を汚すのを危惧してこのアイデアに反対した。だがチャン氏は、田名網氏にこう説明した。「雑誌と読者が相互作用することが大切なのです。色落ちや染みがそれぞれの1冊を固有のものにし、結果として読者にとって唯一無比の雑誌になっていく」。チャン氏はこう振り返って笑う。「彼は私のことをよく理解してくれました。この号を制作した後、僕のことを少し好きになってくれたんじゃないかな」

プロを信じ、彼らに仕事を任せる。商業的なプロジェクトには、常に多くの人が関わっている。何人かの人々の関与は確かに必要だが、その多くはクリエイティブプロセスを息苦しいものにするだけだ。チャン氏が心がけるのは、写真家の仕事には干渉せず、できるだけ自由度を与えること。「過剰なアートディレクションはせず、写真をできるだけそのまま使いたいのです。できるだけ、純粋な状態で」。例えばルイ・ヴィトンは、チャン氏と草間彌生氏にコラボレーションを依頼したとき、ほとんど制約を課さなかった。結果的に同社の製品は、草間氏のトレードマークである水玉に埋め尽くされることになった。チャン氏は細かい指示をしないクライアントを好む。反対に、打ち合わせで「ネガティブな空気」を感じたときは仕事を引き受けないようにしている。しかしこのやり方を通そうとすると、時に現実と向き合わなければならない。「だから私はお金持ちではないのです」とチャン氏は笑う。

リソースを制限する。ヴェルクはチャン氏の個人的プロジェクトなので制作予算は限られているが、極めて独創性が高い。同じように、チャン氏はリソースを制限した方がより大きな創造力が生まれると考えている。「クリエイティビティーを高めるコツは、できるだけ使うものを少なくすること。よく人は『何々があればもっと良くできるのに』と言いますが、私の方法論は手元にあるものを何でも使うことです。お金をかけずに限られたものだけで創作できれば、デザイナーとしての将来は明るいですよ。私は制約の多い、窮屈な仕事がむしろ好きですね」。

優れた作品には細部に「違和感」がある。チャン氏が興味を持つアート作品には、どれも「何となくしっくりこない」感覚があるという。そんな「不調和」は、ブランドにとってもメリットとなり得る。昨今、多くの分野で型にはまった表現が求められるようになってしまったが、あえてそれに同調しなければ、人々の注目を浴びることができるのだ。例えばエルメスの仕事では、クマやダチョウ、イルカといった動物を登場させ、シンガポール全土で展開した。

そして最後に − 自分を型にはめないこと。チャン氏は何年にもわたる実験的な活動の末、今は次に進むべき道を見出すのに苦悩しているという。従って、今は自分を「何かひどいことをしそうな状態」に追い込むことに照準を定めている。不慣れで厄介、という感覚が生じれば、少なくともそこから生み出されるものは退屈ではないはずだから。

(文:デイビッド・ブレッケン 翻訳:鎌田文子 編集:水野龍哉)

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