Shaun Whatling
2017年4月05日

東京五輪パートナーにとっての課題とは

様々な問題が露呈している2020年東京五輪・パラリンピック大会。ロンドンのスポーツマーケティング専門家は、スポンサーとなるパートナー企業にとっても異例の大会と分析する。果たしてその論拠とは。

東京五輪パートナーにとっての課題とは

五輪組織委員会は、大会のパートナーシップの価値を歪めて伝えることで知られている。「貴社の力でこの国はさらに輝くのです」「パートナーは一生に一度の機会」「今こそ、貴社の助けを我が国の首相が必要としています」……。こうした口説き文句の中でもとりわけ得意なのは、「このパートナーシップは貴社のビジネスに素晴らしい結果をもたらすでしょう」というものだ。

ロンドン大会の際は組織委員会がマッキンゼーに依頼し、見事なまでにシンプルなパートナー向けビジネスモデルを作成した。売上や生産性の上昇、従業員の常習的欠勤や退職者の減少といったポジティブな効果(もちろん「ハロー効果」と「レガシー効果」も含めて)を強調し、投資は簡単に回収できると説いた。実に魅力的な出来栄えだったが、現実からはかけ離れていた。

実際にこうした良い影響が出ることもあるのだが、パートナーシップの価値は株価同様、上げ下げをする。 2008年から2012年にかけて、我々はシドニー・北京・ロンドンの3大会でパートナーを務めた30以上の企業のキャンペーンを分析した。その結果分かったのは、GEやサムスン、ビザ、AMP、フォルクスワーゲン中国、EDFといった企業がパートナーシップから戦略的な価値を導き出すことに成功したのに対し、他の多くの企業 − 例えばロンドン大会ではキャドバリー、BMW、BTなど − が苦戦を強いられたという事実だ。

「五輪級」ショック

多くのパートナー企業にとっての課題は、全てを一から始めなければならないことだ。いざ取り組んでみると、組織委員会との力関係は「衝撃的」だし、スポーツ界は全く異質に映る。唯一の有形資産であるロゴを使用権料に見合うよう有効活用することも、調達部門にとっては至難の技だ。オリンピックのパートナーシップとは、企業合併のようなものなのかもしれない。その及ぼす影響力はマーケティングの領域をはるかに超えており、マーケターにとっては直面し得る最大級の課題なのだ。

アディダスでグローバル・オリンピックゲーム・ディレクターを務めたエリカ・カーナー氏はこのように語る。「初めてオリンピックパートナーを務める企業の多くは、スポンサーシップとは何かを理解するのに最初の数年をかけます。もちろん組織委員会は、その理解に努めたことはありませんが」。

こうした状況は今も変わらないが、2020年東京大会では他の大会にはなかった課題が見受けられる。

東京特有の「戦場」

スポンサーシッププログラムの「Tier 1」と「Tier 2」の間には、得られる権利に関してほとんど違いがないことはよく知られている。従来からどちらにも、消費者にプロモーションを展開する上で完全な権利が保証される。これまで東京大会のTier 1とTier 2のパートナーの数は、合計42社。ロンドン大会の3倍に当たる。

つまり東京大会では、対消費者のみならず、よりターゲットを絞ったビジネスコミュニケーションでも3倍の数の企業がしのぎを削るのだ。これは非常に重要な問題だろう。ブランド資産価値を上げるには、強固なパートナーシップ意識の基盤が必要となってくるからだ。パートナーが多過ぎるとその確立が困難なだけでなく、状況を誤認することも起こり得る。 

その解決策は、明らかに広告だけではない。ロンドン大会で最もメディアに費用を投じたのはBPで、パートナーシップの宣伝に1420万ポンド(現在のレートで約20億6000万円)を費やした。だが、ブランド調査会社「ホール&パートナーズ」によれば、2012年までにBPが得た認知度は25%に過ぎなかった。

パートナーが多いと、他の面でも実用的価値は下がる。例えば、チケットの割り当てが少なくなることだ。これはありふれた問題かもしれないが、大会のチケットを重要な顧客のために確保できることは、パートナーにとって最大の直接的なメリットの1つだ。ロンドン大会でのTier 1 パートナーは、五輪・パラリンピック双方で平均して1万人以上の顧客を招待した。東京大会では、誰を招待するかで企業は非常に厳しい判断を迫られるだろう。

パートナーの業種が重複していることも問題だ。銀行や航空、セキュリティー(さらに規模はもっと小さいが、電力と水回り住宅機器)といった分野の10社が直接的影響を受ける。五輪スポンサーは通常、1業種1社が原則。スポンサーは他社と競合することなく、対象となる顧客や消費者へのアクセスが保証されるからだ。しかしこれが守られないと、いかに独創的で実質的な貢献を大会にするかという、パートナーにとってコミュニケーション価値の大半を占める重要な部分が崩れてしまう。これはプロモーションや信用性、顧客とのコミュニケーション、従業員エンゲージメントといった面に影響を与える。こうしたパートナーシップの側面は五輪と万国博覧会だけに特有なもので、競合他社がスポンサーになっていたのではそれを効果的に発揮することは不可能だ。

東京大会の多くのパートナーは、ビジネス面やコミュニケーション面で比較的価値の低いパッケージ(契約のカテゴリー)を選んだ。そのリストを一瞥すればわかるが、ビジネスに広範に役立つストーリーを伝えるのに多くの企業は苦労するだろう。IT分野は6社に細かく分かれていて、そのどれもが悪影響を受けるのは必至だ。

「誇り高きサポーター」に意味なし

こうしたマイナス面に追い打ちをかけるのが、日本ならではのコーポレートコミュニケーション・モデルだ。

日本企業はブランドに対し、極めて統合的なアプローチを取る。つまり、ブランドの核は企業の信用や製品の品質だと見なしている。日本のコーポレートコミュニケーションは本質的に保守性が強く、形式を重んじる。西洋におけるビジネスコミュニケーションは一般的にピアツーピアの規範に則ったものだが、日本では確立された企業行動の慣習から踏み出すことへの抵抗感は非常に強く、いまだに「会社的体質」から脱け出せない。通常、西洋のブランド概念は個人のアイデンティティーのそれに近く、明確に定義された個性と属性がある。また、企業行動やコミュニケーションはそのアイデンティティーを反映していなければならないという認識がある。

要するに東京大会の日本企業パートナーの多くは、文化的カテゴリーの域を超えるようなことはしないだろうと考えられる。パートナーとして企業の評判を上げる最善の方法は、彼らが最も神経質になる「目立つこと」なのだから。

2012年ロンドン大会では、各パートナーがそのアイデンティティーやメッセージを表現する独自の方法を模索した。ロイズ銀行は英国のオリンピック精神をテーマとし、BTは祝祭ムードを醸して人々の一体感を高め、マクドナルドは大会を支える縁の下の力持ちに光を当て、彼らの功績を讃えた。西洋におけるブランド方法論がそれぞれの位置づけで適用され、個々のキャンペーンを形作って展開されたのだ。パートナーの役割が高いレベルで認識され、評価されたからこそだろう。

パートナーシップの価値は、五輪・パラリンピック大会期間の6週間ではなく、その数年前から導き出されることは周知の事実だ。つまり、パートナーは大会組織委員会を活用するようなキャンペーンを考案し、メッセージの主要な受け手とのタッチポイントを何度も作らなければならない。だが独自のストーリーを持たない東京大会のパートナーにとって、これは非常に困難だろう。彼らの文化的思考では東京大会の「誇り高きサポーター」の地位を得ることが大事なのだろうが、そうしたポジショニングは日本国外ではもはや通用しない。日本国内であっても、うまく機能するとは思えないのだ。

東京大会が特別な大会になることは間違いないし、パートナー企業は課題を乗り越えるべく全力を尽くしている。日本は2020年の大会で、それまでのどのオリンピックにもなかった革新性を披露してくれると私は確信している。そして、パートナーが日本国外でどのような効果的コミュニケーションを図るのか、是非見てみたいものだ。

(文:ショーン・ワトリング 編集:水野龍哉)

ショーン・ワトリングは、ロンドンに拠点を置くコンサルティング会社「レッドマンダリン」のCEO。同社はオリンピックのパートナーシップを中心としたスポンサーシップを専門とし、グローバルに業務を展開する。これまで15社のオリンピックパートナーと25以上のオリンピックキャンペーンに携わっており、そのうち5つが2020年東京大会に関するもの。

提供:
Campaign Japan

関連する記事

併せて読みたい

1 日前

世界マーケティング短信:Cookie廃止の延期、テスラの人員削減

今週も世界のマーケティング界から、注目のニュースをお届けする。

2 日前

大阪・関西万博 日本との関係拡大・強化の好機に

大阪・関西万博の開幕まで1年弱。日本国内では依然、開催の是非について賛否両論が喧しい。それでも「参加は国や企業にとって大きな好機」 −− エデルマン・ジャパン社長がその理由を綴る。

3 日前

エージェンシー・レポートカード2023:カラ

改善の兆しはみられたものの、親会社の組織再編の影響によって、2023年は難しい舵取りを迫られたカラ(Carat)。不安定な状況に直面しつつも、成長を維持した。

3 日前

私たちは皆、持続可能性を前進させる責任を負っている

持続可能性における広告の重要性について記した書籍の共著者マット・ボーン氏とセバスチャン・マンデン氏は2024年のアースデイに先立ち、立ち止まっている場合ではないと警告する。