Matthew Keegan
2022年7月08日

AIが生み出すリアル過ぎるバーチャルは、是か非か?

企業は、より人間に近いリアルなバーチャルヒューマンを作り出そうとしている。しかし、ブランドや消費者がこのような高度なフェイクを受け入れる準備ができているかについては、専門家の間でも意見が分かれる。本記事では、倫理および規制の観点からこの問題を検証する。

パンテオン・ラボが作成したバーチャルヒューマン
パンテオン・ラボが作成したバーチャルヒューマン

最近ソーシャルメディアで話題になった上の写真モデルを、人間以上にリアルに感じたとしても無理はない。この女性は、人工知能(AI)を駆使した最新の合成メディア技術によって作成されたバーチャルヒューマンだ。この技術によって、動画でも静止画でも、人間らしさをよりリアルに表現することができる。

彼女を世に送り出したのは、香港のソフトウェア会社、パンテオン・ラボ(Pantheon Lab)だ。同社はAIアルゴリズムを使ってデジタル資産(写真、動画、サウンド、テキスト)を自動で処理するAI合成メディア技術に特化したスタートアップだ。パンテオン・ラボは、このプロジェクトで、フェイスシフティング技術を使い、異様なまでに人間そっくりの表情を作り出した。

従来のバーチャルインフルエンサーは、デジタル創作物であり、実在の人物ではないことは容易に判別できた。しかし、このようなフォトリアルの次世代「バーチャルヒューマン」については、少し行き過ぎのように感じる人もいるかもしれない。現代の技術によって、これまで以上に人間らしいバーチャルヒューマンを作成できることは間違いない。だが問題は、それが望ましいことかどうかということだ。

パンテオン・ラボのCEOを務めるアイヴァン・ラウ氏は、バーチャルでヒューマン合成が主流になるのは時間の問題だとみている。「私見だが、半年もすれば、バーチャルヒューマンをさまざまな場所で目にするようになるだろう」とラウ氏は期待する。「人々はこうしたものを受け入れつつあるし、とりわけZ世代は仮想世界と親和性が高い。Z世代が年齢を重ね、発言力も増し、今後コミュニティの中心になっていくのであれば、バーチャルヒューマンもさらに発展することになると思う」

AIを良い目的のために使う

過去には、ディープフェイクが悪意ある人物によって悪用され、消費者を騙したり誤解させたりした事件がたびたび報道されたが、ラウ氏をはじめとする合成メディアの推進派は、彼らの画期的な技術は良い目的のためだけに利用されると言い切った。

「私たちのミッションは、AIを良い目的のために利用することだ。人々を騙したり誤解させたりするつもりも、可能性を示すためだけにインフルエンサーを作成するつもりもない」と語るのは、パンテオン・ラボのソフトウェアプロジェクトマネージャー、キーフ・セト氏だ。「私たちは、正しい目的を追求することに興味がある。大学や医療関係の企業とも意見交換し、当社の技術を何か良いことに役立てられないかと模索している」

パンテオン・ラボは、この技術の「良い」活用事例として、インドの学校から最近受けた要請の件を挙げた。「その学校では、農村部まで出向いて行って、子供たちに教えてくれる教師が足りずに困っていた」とラウ氏。「そこで当社は、現地の言葉で話せるバーチャル教師を作り、Zoomを用いたオンライン授業が実施できるよう支援をしている」

パンテオン・ラボが現在提供している製品の一つが、「AIDOL Studio」だ。ブランドや企業はこれを利用して、独自のバーチャルアンバサダーを作成し、マーケティング動画や研修用動画を制作することができる。しかもその際、収録用のスタジオも、制作スタッフも、俳優や司会者も必要としない。この製品では、AIプレゼンターが進行役を務めるテレビ番組並みの高品質動画を、ディープラーニングを応用して自動生成することができる。従来の制作方法だと数日を要する動画も、1時間足らずで完成させることができる。

「制作に携わる人なら誰でも、適切なプレゼンターを探し、スタッフを揃えて撮影するには、とても時間がかかることを知っているはずだ」とセト氏は話す。「当社の狙いは、その時間を短縮し、人の手がかかる作業を減らすことだ。AIDOL Studioプラットフォームは、そうしたプロセスを自動化し、時間と費用を節約できるように設計されている」

バーチャルヒューマンの普及が加速

メタバースやWeb3によるバーチャル世界の発展と普及に伴い、合成メディアやリアルなバーチャルヒューマンが台頭するのは避けられないように思われる。だが、ブランドや消費者は、そうしたバーチャルヒューマンがフェイクだと気づいても、喜んでそれを利用し、本気で関わろうとするのだろうか?

「ブランドにとって、人間的な欠陥を持たないタレントと組むのが安全策であることは間違いない。しかし、そんなパートナーシップは、消費者の心には響かないだろう」と、メディアエージェンシーのVCCPでソーシャルおよびインフルエンス担当ディレクターを務めるハンナ・マホニー氏は指摘する。「今の時代、インフルエンサーに求められるのは透明性と親近感であり、それ自体がソーシャル上の通貨になっている」

だが、アイコン・レピュテーション(Icon Reputation)のシニアアカウントマネージャー、ジャスミン・ハイド氏は、好きかどうかは別にして、レッドブル、Android、アメリカン・エキスプレス、キャドバリーといった巨大ブランドは、広告史上でもとりわけ記憶に残るアニメーション広告を制作しており、広告に必ずしも人間が必要ないことをすでに証明している、と語る。

「AIによるCG、アニメーション、マンガのいずれであっても、人間のタレントを用いない広告には、ビジネス上のメリットがいくつかある。まず人件費が減り、制作費全体も大幅に削減でき、制作期間も短縮できる」とハイド氏は話す。「バーチャルインフルエンサーを採用すれば、ブランドはメッセージと最終的なアウトプットをよりコントロールしやすくなり、ブランドイメージと『完全に』一致したアンバサダーを作り出すこともできる」

ただし、バーチャルインフルエンサーは人間のインフルエンサーに取って代わるものではなく、共存するものであり、本物のインフルエンサーが失職する心配はない、とハイド氏は言い添えた。

倫理上の懸念

今のところ唯一インドが、国の基準でバーチャルインフルエンサーを規制している。スポンサードコンテンツを投稿する際に「本物の人間との対話ではないことを消費者に開示する」ことを、ブランドに義務付けているのだ。AI技術によってバーチャルインフルエンサーと人間を区別することがますます難しくなっている。誰がコンテンツに責任を持つのか、どのような倫理的価値観に基づいているのかなど、より広範な規制を設け、透明性を高める必要があるのではないだろうか?

「バーチャルインフルエンサーは、人間のインフルエンサーと同じ基準に従うべきだ」と、ヴァーチューAPACでグループクリエイティブディレクターを務めるクリス・ガーニー氏は主張する。「透明性と情報公開に関する規制を課すだけではなく、バーチャルインフルエンサーには、公人に準ずる責任感と倫理観を持って行動するよう、モラル条項も課されるべきだ。そうしたモラル条項は、ブランドとインフルエンサーの双方にとって、公平で平等な合意を確保するために、双方向で効力を持つものであるべきだろう」                                         

日本経済新聞社が作成したバーチャルヒューマンは、報道キャスターやオンラインイベントの司会者として活用されている。                                                             


アイコン・レピュテーションのハイド氏は、ディープフェイク技術と同様、バーチャルインフルエンサーマーケティングも、他の技術や社会的トレンドと結びつくことで、リスクが大幅に高まる懸念があるという。「サイバー攻撃の増加、プロパガンダや偽情報の拡散の加速、民主制度への信頼の低下といったリスクだ」

フェイスブックの親会社、メタ(Meta)は、バーチャルインフルエンサーの増加に着目し、バーチャルインフルエンサーの利用指針となる倫理的フレームワークを策定する予定だ。そして「合成メディアは善と悪の両方の可能性を秘めている」と警告もしている。

透明性をめぐる懸念や規制強化の必要性に加え、倫理に関する懸念もある。「これらの問題の中心にあるのは、クリエイターが自身とは異なる属性を持つ合成キャラクターを作成することの難しさだ」と、インフルエンサーマーケティング取引団体(IMTB)の代表、スコット・ガスリー氏は指摘する。「デジタル・ブラックフェイス(黒人ではない人物が、デジタル上で黒人を装うこと)」などの人種差別的行為や、文化的盗用のケースがある。また、達成不可能な美の基準をもつ合成キャラクターを作ることで、身体イメージをめぐる諸問題を引き起こすことも懸念される」

VCCPのマホニー氏は、AIインフルエンサーを無理な美の基準から遠ざけ、あらゆる体型や美の嗜好を適正に表現できるかどうかは、クリエイター次第だと語る。「さらに、クリエイターによっては、ある世代について集められたデータを元に、その世代を正確に代表し、リアルタイムに成長し、適応するものを作ることも可能だろう」

ヴァーチューAPACのガーニー氏も楽観的で、今の世代で流行するバーチャルインフルエンサーは、不可能な美の基準やその他あらゆる基準に挑戦する存在になるだろう、という。

「彼らは、私たちがなり得るさまざまな可能性に気づかせてくれる。若い世代のパワフルな想像力は(ゲームプラットフォームの)ロブロックスなどで遺憾なく発揮されており、仮想世界で自分を表現するために、魅力的なアバターを次々生みだしている」とガーニー氏は語る。

ハイド氏はこう補足する。「近い将来に、AIの寡占状態が起こることはないだろう。アニメーションが長い年月をかけて普及したように、バーチャルインフルエンサーを採用するブランドもあれば、人間のアンバサダーと“昔ながらの”関係を維持する業界もあるだろう」

CGのさらなる進歩によって、人間のインフルエンサーが自分そっくりのアバターを作成し、それをブランドに販売するようになるかもしれない。それは、興味深い収益モデルになるだろうと、ハイド氏は予想する。「ブランドは将来、人間のタレント本人ではなく、そのCGバージョンに仕事を依頼し、タレント本人はそこから利益を得るようになるのかもしれない」

提供:
Campaign; 翻訳・編集:

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