Rahul Sachitanand
2021年4月29日

大人の顧客急増、レゴの躍進

コロナ禍で大人の需要が急増、売り上げを伸ばす組み立てブロックの玩具ブランド「レゴ」。その製品ラインナップは植物からスポーツカーまでと、今や実に幅広い。

トロイ・テイラー氏
トロイ・テイラー氏

世界中の子どもたちに名が通るデンマークの老舗ブランドにとって、コロナ禍は大人の顧客を獲得する大きな追い風となった。「この1年間だけで、香港・台湾・マカオ3市場での大人層の売り上げが倍以上に伸びました」(レゴ・同地域ゼネラルマネージャー、トロイ・テイラー氏)

「要因は、消費者のパッションポイントに触れる(熱中できる)新製品を数多く出したからでしょう。大型のランボルギーニも出したし、植物のシリーズも出した。特に創造性と芸術性を発揮できる花や植物は、大きな人気を博しています」。製品の多様化で大人市場への参入を実現、だがこれほどまで需要があるとは同社も予想していなかっただろう。

コアオーディエンスである子どもからターゲットを広げたのは、「業績を維持するためにマーケティング戦略の修正を余儀なくされた」ため。「通常のターゲットは子どもですが、子ども向けのマーケティングを実行しようとすると多くの法規制に直面せざるを得ない」。コロナ禍以前はショッピングモールでイベントを開くなど、小売業者との共同企画に取り組んでいたという。

盆栽まで取り揃えたレゴの「ボタニカル(植物)・コレクション」


そして昨年、こうした活動はすべて中止に追い込まれた。そこで新たなターゲットとしたのが大人だ。大人にはソーシャルメディアを活用することで直接リーチでき、アプローチは容易。レゴはブランドアクティベーション(広告以外の手法で認知度を上げる活動)からダイレクトターゲティングへと戦略を転換。その結果、コロナ禍で市場が動揺しても、香港では大人の顧客を着実に開拓することができた。

「我々にはローカルのオーディエンスを対象としたターゲットマーケティングの経験がすでにあった。それを生かし、家の中で退屈している大人の需要に合わせてマーケティング戦略を練り直したのです」。香港や台湾、マカオといった東アジアの市場はオーディエンスの嗜好が欧米とはまったく異なる。ディズニーやワーナーブラザーズなどのテーマパークが大きな人気を博していることがその1つだ。「クルマや植物も、サイズの大きいものが当たるだろうと考えました」。欧米では子どものためにレゴを買うのが一般的だが、これら3市場では大人が自分のためにレゴを買う傾向が強く、しかも1人当たりの消費額は圧倒的に多い。

製品をオーディエンスにより身近にするため、小売店を主要なショッピングエリアから郊外へと拡大する戦略も取った。香港では、大規模な住宅地域である北西部の屯門(トゥエンモン)に新店舗をオープン。台湾でも台北郊外への展開を図った。

大人の取り込みとともにテイラー氏が意識したのは、市場のトレンドを変えることだ。これは将来の業績を左右する要素でもある。課題の1つは、コアオーディエンスとなる子どもの関心を高めること。それを達成するには他のオモチャだけでなく、様々な子ども向けプラットフォームとの競争がある。

レゴが選んだのは、既存のプラットフォームとの競合ではなく、逆にそれらを取り込む戦略だった。一例は、かつて子どもたちが熱中した任天堂「スーパーマリオ」のアイテムの発売。「任天堂は素晴らしいデジタルエクスペリエンスを提供している。だから我々はフィジカルなエクスペリエンスを提供することで、それを補完できると考えたのです」。デジタル化で唯一実現できないのは、リアルに遊べる製品の提供だ。そこに目を付け、デジタルを活用してエクスペリエンスを「フィジカル化」。その手法は様々な応用がきき、現在はこの分野に多くの予算を注ぎ込む。

例えば、「レゴテクニック」シリーズから発売されたディズニーの「トレイン&ステーション」。モーター付きの汽車を組み立て、アプリをダウンロードすれば、スマートフォンで汽車を動かすことができる。「デジタル機能を絡めたアイテムは100〜120種類ほどあると思います」

オーディエンスの多様化とともに注力したのは、ダイバーシティーや公正さ、インクルージョン(包摂性)といった世間に浸透しつつある新たな規範に製品を合わせることだ。「今は市場へのメッセージとして、インクルージョンに力を入れています。例えば『レゴシティ』シリーズには、身体的障がいのある子どもを登場させた。また『レゴフレンズ』には、ジェンダーニュートラルをアピールする同性の両親がいます」

こんな傾向もある。「ハリーポッター」シリーズを購入するのは半数以上が女の子で、逆に「ディズニープリンセス」は多くの男の子が購入する。「どの製品もジェンダーを特定する要素は含んでいません。何が一番好きで何を選ぶかは、性別にかかわらずまったく子ども次第なのです」

サステナビリティー(持続可能性)の強化も怠らない。最近は包装材により環境負荷の少ない素材を使用。また、創立100年を迎える2032年にはブロックの材料であるABS樹脂(製造の過程で多くのCO2を排出)の使用をやめる意向だ。現在では全製品の6〜8%に、サトウキビから作られるプラスティックなど持続可能な材料を使用。今後10年は、新素材開発など環境対策への投資を大幅に増やす予定だという。

テイラー氏にとって、担当市場の微妙な差異を把握することは重要課題だ。3市場では香港がおそらく最も先進的で、子どもと大人双方からの大きな需要がある。「1〜12歳の子どもに関して言えば、香港における顧客基盤は世界で最も強い。オーストラリアや日本以上でしょう。香港の子どもの人口は決して多くないので、非常にユニークな市場です」。一方、今も業績が確実に伸びている台湾には大きなビジネスチャンスを見出している。

(文:ラウル・サチタナンド 翻訳・編集:水野龍哉)

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