David Blecken
2016年8月25日

「アドテック東京インターナショナル」が示唆すること

「日本の特異性という神話」「東南アジアへの過大評価」「柔軟性とイノベーションの欠如」「広告の枠を超えた思考」……これらはいずれも、8月23日に上智大学で開催された「アドテック東京インターナショナル2016」で語られたテーマだ。パネルディスカッションの中から、印象的だった言葉をいくつか紹介していく。

左からLINEの田端信太郎氏、I&S  BBDOのティモシー・シェピス氏、H.I.S.の泊剛史氏。
左からLINEの田端信太郎氏、I&S BBDOのティモシー・シェピス氏、H.I.S.の泊剛史氏。

日本は特異なのか

国内外のマーケティングの違いをテーマにしたパネルディスカッションでは、コンサルティング会社LMGの林雅之代表取締役社長が、「日本は特異だという考え方を信じてはいけない」と力説した。数年前、iPhoneやフェイスブック、ツイッターなどをよく理解しないままに、日本では定着しないと短絡的に切り捨てていた評論家や専門家たちがいた。日本は今や、米国に次ぐ世界第2位の市場にまでなっている。「日本人は、我々が独特だと思いたがります。しかし、そういう考えをまともに受けてはならない。日本には、良いものであれば、例え時間がかかっても受け入れる土壌があるのです」。

まだ足りぬ、柔軟性

同じパネルで、ジョンソン・エンド・ジョンソン日本法人のマーケティング・ディレクターを務めるリュウ・シーチャウ氏が、「プロセスやルールを重んじるあまり、柔軟な思考ができない人が多い」と述べた。その例として挙げたのが、自身のラーメン屋での体験。スープのお替りが欲しくなったので、「追加料金を払うから」と言って頼んだにもかかわらず、断られてしまった。「規則に忠実すぎて、時に理にかなわないことがあるのです。ビジネスでも似たようなことが多々あります。同じ作業を繰り返すチームにその理由を尋ねてみると、『これが決められたプロセスだから』と答える。調べてみれば、それは必要のないことがわかります。常に『なぜ?』と問いかけていれば、物事を前進させるのにより良い方法が見つかるはずです」。

真のイノベーションはアドテクノロジーにあらず

アドテクノロジーの未来を語るパネルでは、ヤフージャパンでメディア・アンド・マーケティングの シニア・ヴァイス・プレジデントを務める高田徹氏が、「一見新しいと思える技術を追いかけるのではなく、すでにある技術を理解し、最適化することにエネルギーを注ぐべきです」と述べた。「イノベーションは軒並み起きているわけではありません。マーケターがテクノロジーの理解に努め、ビジネスにどう生かすのか、答えを導き出すことが重要。自分でそれができないのであれば、できる人を雇うまでです」。

この発言を受け、トリバゴでパフォーマンス・マーケティングのグローバル・ヘッドを務めるトーマス・ローベル氏は、「雇う人には、KPI(重要業績評価指標)の大切さを最初から理解させることが肝要」と付け加えた。「見るべきKPIがどれなのか、誰もわかっていません。それをきちんと理解できる人間を養成すべきだし、見栄えのいいKPIに切り替えるようなことをしていてはダメなのです。アドテクノロジーのベンダー各社も、共通言語を見出して互いに対話をする手法を学ぶべきです」。

ポケモンGOの本当の成功理由

スタートアップ企業のためのマーケティング・アイデアをテーマにしたパネルでは、スラッシュアジアのCEO、アンティ・ソンニネン氏がポケモンGOについて言及した。「つまるところ、拡張現実という技術そのものではなくて、広く親しまれたブランドが新しい体験を提供したことが魅力となったのです」。また、「米国市場でまず成功を収め、日本のユーザーに受け入れられやすい環境を作ったという点も、すべてのブランドにとって教訓になるでしょう」とも。「先に海外でブームを起こし、ユーザーにインパクトを与えてから日本に導入するやり方はうまくいきます」。

同時に、製品やサービスを提供する側からのメッセージも信頼性を高めるのに効果的だ。日本での展開にあたり、ポケモンGOを開発したナイアンティック社とポケモン社は、企業トップがユーザーに直接語りかける、やや堅苦しいメッセージ動画を流した。ビルコム創業者でCEOである太田滋氏は、「ユーザーは技術や製品だけに興味を示すわけではありません。それを作った人間の顔も見たいものです」と言う。

大手企業と組むメリット

同じパネルで、オンラインのファッションレンタル・サービス、エアークローゼットの共同創業者でありCEOである天沼聰氏は、「スタートアップ企業が日本でブランドを確立するには、同分野のトップ企業との提携が非常に重要」と述べた。同社は多くの小規模セレクトショップと提携するのではなく、アパレル小売で最も影響力の強いブランドの一つであるビームスをパートナーとして選んだ。「消費者に名前を覚えてもらうためには、まずは大手と組むのが得策なのです」。

東南アジア市場の実態

東南アジア市場への参入をテーマとしたパネルでは、シンガポールを拠点とするデジタル・メディア・パートナーズ・インベストメントのディレクター、ドミトリー・レビット氏が、「東南アジアで短期的な利益を追うのはナンセンス」と述べた。そして、「同地域に関する数値は信頼性が低いので用心が必要」とも。「技術関連のこととなると、ほとんどの市場のインフラが脆弱なことが課題です。この解決は、一朝一夕ではできません。富の偏在も激しく、中産階級が多数を占めるようになるには、ほとんどの国でまだ遠い先の話です」「私の話に少々がっかりする人も多いようですが、東南アジアは長期的に見れば良い市場です。ただし、中国と同じような成長をたどることはないでしょう。4半期単位でなく、10年単位で見据えていく姿勢が必要です」。

LINEの正しい使い方

当日を締めくくるパネルの一つでは、ロボットが接客をするホテルなど、様々な話題が取り上げられた。LINEでコーポレートビジネスを統括する田端信太郎氏は、マーケターに対するもどかしさを語った。「彼らは皆、LINE上でいかに自社製品を宣伝するかということばかり気にかけています。より大切なのは、『何を』『なぜ』するかということ。そうしたことを真剣に考えてほしい」。

同氏はLINEを「正しく」活用している企業として、LINEでピザの注文を受け付けるドミノ・ピザと、LINEで配送予定や不在通知を送るヤマト運輸を例に挙げた。「LINEのようなアプリは、企業を21世紀型に進化させるのです。経営陣の方々に、『御社の使命は何ですか?』と問いたい。LINEでできることは、広告やマーケティング戦略だけにとどまらないのですから」。

(文:デイビッド・ブレッケン 翻訳:鎌田文子 編集:水野龍哉)

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