David Blecken
2017年11月30日

イノベーションが生む、キャッシュレス社会

日本では依然、現金のやり取りが主流だ。VISAの新たなマーケティング責任者が、変革の必要性を語る。

イノベーションが生む、キャッシュレス社会

長年、電子取引よりも現金での支払いを好んできたこの国に変化が訪れている。国内消費全体における電子決済の割合はいまだに20%だが、金融庁はこの10年でその数字を2倍にすることを目標に掲げる。

政府はその実現のため、インフラストラクチャーの整備を公約した。世界有数の電子決済プラットフォームであるVISA(ビザ)が、それによって大きな恩恵を受けることは言うまでもない。明るい兆候は既に現れている。Campaignがアジア太平洋地域で実施した消費者の意識調査「2017トップ1000ブランド」では、日本市場でビザが33位から9位に躍進、はじめてトップ10入りを果たした。ライバル企業で次に順位が高かったのはマスターカードで、23位だ。

加えて、2020年東京五輪・パラリンピック大会に向けた社会の気運の盛り上がりがある(ビザは東京大会のワールドワイドパートナー)。ビザはこの機会を十二分に生かして、銀行・金融サービスの時代遅れのシステムを一新することを確約し、成長を続けるフィンテックのスタートアップと同じく、革新的企業としてのイメージを築く必要がある。

おそらくこうしたテーマを視野に入れているからであろう、数カ月前、ビザは日本のマーケティングのトップに柏木孝文氏を任命した。同氏は以前グーグルで日用消費財の分野を担当、マッキャン・ワールドグループにも在籍。キャリアをスタートさせたのはサントリーのPR部門で、ブランディングへの理解をより深めたいという思いから転職を果たした。

柏木孝文氏

では、なぜビザだったのか。「新たな世界に向けブランドを刷新する、という任務に大きな魅力を感じました」と柏木氏。また、グーグルで対処していたようなサブブランドではなく、メインブランドを革新するというアイデアにも魅せられたという。

ビザの目指すイノベーションがどのように具現化するのかは、まだ同氏も定かではない。だが取り組むべき課題については理解している。同氏の概算では、日本での日々の支払いの91%はキャッシュで行われる。しかしそれは往々にして「慣習」からで、変えることは可能だと考える。「日本でスマートフォンが受け入れられたのと同じように、劇的に変わる可能性があります。専門家は前々から、『皆、スマートフォンが手放せなくなるだろう』と予測していました。十分な価値を見出せば、転機を経て新しいテクノロジーを受け入れるのが日本人は得意なのです」。

そのカギは、キャッシュレスがいかに便利かを証明することだろう。これまでは支払い方法に関する議論があまり交わされておらず、カードを使うことは「時間の浪費で、なおかつ不便」といった誤解があるという。また一部の人々は、カードで少額の支払いをするとお金を持っていないと思われることを危惧する。

大手テクノロジー企業で働いていた柏木氏だが、自身がキャッシュレスに適応するのは驚くほど遅かった。デビットカードを使い始めたのはつい最近のことだ。「はじめて使ったときは、心踊りました」。中でも重宝に感じるのは、携帯のアプリと連動して出費の記録を管理できること。「お金の使い方がずっとスマートになります。普段の生活では現金を使うことが不便だと感じることはない。ですからデビットカードの方がずっと利便性があり、オンラインで出費の管理ができ、お金の使い方も賢明になると訴えていくことが我々にとって肝要です」。

新たな方向性

既に十分な知名度を持つビザだが、改善の余地はまだある。クレジットカード会社として一般には広く知られているが、新たに狙うイメージは「人々をネットワークで結ぶペイメント・テクノロジー企業」だ。日本におけるビザの本質的価値をどこに見出すか、BBDOとともに答えを出していくというが、「提供するサービスが新たなテクノロジーを応用している」という印象を与えることが大切だという。

「残念ながら、今のところビザは『極めて革新的な企業』とは思われていません」。同氏が見据えるビザの将来は、スマートスピーカーやコネクテッドカーといった分野。その具体例が、「車内決済」のシステムを開発していくためホンダと今年初めに提携したことだ。

「近い将来、議論のテーマは現金かカードかということではなく、イノベーションが我々の生活で果たす役割にシフトします。明確なのは、我々の生活がこうしたテクノロジーで刷新され、その中でビザは間違いなく一定の役割を担えるということ」

どのようなイノベーションが提供できるのか、それを知らしめるのに五輪はビザにとって恰好のプラットフォームに違いない。と同時に、ビザは「日本の文化と活性化にも寄与しているイメージも大切」という。加えて、「コミュニケーションのローカル化も必要不可欠な要素」だ。支払う行為は世界共通だが、そのやり方は各市場に特性がある。故に世界基準の価値観に基づいたキャンペーンを展開しても、「大きな効果は得られないでしょう」。

「今は日本特有の領域を探しているところです。その点で、東京五輪は我々にとってよりローカル化を果たす絶好の機会になる。『ビザで日本からのイノベーションを』とアピールしていきます」

その前にキャッシュレス社会に向けて勢いを加速させるため、ビザはスタートアップなどと提携を図っていくだろう。目下のところビザにとって最大の競争相手は、他の金融サービス会社ではなく「現金」なのだから。

(文:デイビッド・ブレッケン 翻訳・編集:水野龍哉)

提供:
Campaign Japan

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