Staff Reporters
2021年3月03日

エージェンシー・レポートカード2020:電通

電通のスケールの大きさと企業能力は、アジア太平洋地域(APAC)で依然強い存在感を放つ。しかし、「シームレス化」という課題はまだ志半ばだ。

電通の開発した「サイバー和菓子」
電通の開発した「サイバー和菓子」

1万人の有能な従業員を抱える電通は、今もAPACで最大のクリエイティブ力を誇る。インパクトの強い作品を数多く生み出し、そのクオリティーの高さは昨年のカンヌライオンズ で「リージョナル・エージェンシー・オブ・ザ・デケイド(アジア)」に選ばれたことで証明済みだ。特に日本では不動の地位を保ち、サービスの拡充や従業員の能力向上、新しいテクノロジーの導入といった取り組みで国内事業は安定。5年前の英大手広告代理店イージス・グループの買収も奏功し、海外におけるクリエイティブとメディアのアセットも盤石だ。

こうした事実を改めて認識しておくことは重要だろう。なぜなら最近、電通に関する芳しくない噂が流れているからだ。そのほとんどは、グループ内で囁かれる不満と言っていい。グローバルなネットワークを持つ電通は、絶えず再編を行う。事業スキームやグループ各社の組織構造、経営層……だが正式発表されるのは実際にトップが変わったり、新たな権限を付託される数カ月後だ。クリエイティブ事業では、メディア事業ほど組織の透明性が問われないかもしれない(このレポートがクリエイティブ面に焦点を当てていることを改めて付記する)。だが、こうした姿勢が組織のあり方に疑問を投げかけることは確かだ。問題の本質は、文化・戦略的に日本と異なる海外での事業運営に電通が対応できていない点にある。

昨年、電通は近年の公約であるグローバルな「One Dentsu」の構築・強化に乗り出した。その最も象徴的な動きが、グローバル本社を日本の運営から切り離し、「電通イージス・ネットワーク」の商号を「電通インターナショナル」(非公式には省略し、『電通』)へとリブランディングしたことだ。そして最も重要な改革は、海外のクリエイティブエージェンシーの大半をマクギャリーボウエンと統合し、5月に「電通マクギャリーボウエン」を発足させたこと。世界24市場、APAC15市場で展開する同社の共同グローバルプレジデントには、電通ハイミー・サイフー(フィリピン)の「チェアマム(ママ会長)」兼CCO(チーフクリエイティブオフィサー)のマーリー・ハイミー氏を指名。電通は今回のCampaign Asia-Pacificのアンケートに対し、マクギャリーボウエンを含めた1つのクリエイティブネットワークとして回答を寄せた。国内外の統合の強固さを示した形だ。

それでも電通ワン(台湾)、電通インパクト(インド)、電通トップ(中国)といったいくつかのクリエイティブエージェンシーは今も存続する。だがそれらを最終的に統括するのはグローバルCEOのジーン・リン氏だ。例えば、中国の電通マクギャリーボウエンのトップに就任した北京電通の石川恵太CEO。同氏は中国におけるクリエイティブネットワークの共同チェアマンも務め、電通ワン(北京・上海・広州・武漢)、電通PRとともに総合エージェンシー電通トップ(上海・広州)を管轄する。その一方で、マクギャリーボウエン・グレーターチャイナのCEOを務めていたシモーン・タム氏は引き続き同上海・香港のCEO、さらには香港における全事業のCEO、クリエイティブの共同チェアマンとして職責を果たしていく。

カテゴリー 2020
2019 (電通 / マクギャリーボウエン)
マネジメント C+ C+ / C
クリエイティビティー B- B- / C+
イノベーション C+ B / C-
事業成長 C+ C+ / B-
人材とダイバーシティー  C+ C / C

B- 現在、弊社は構造改革の最中にあります。今年の業績は回復傾向で、新たなクライアントの課題に対応するため市場主導型ソリューションに注力。2021年の成長に向けた鍵は、クリエイティブをより重視した、統合的かつ迅速な新しいサービスとみています。

各エージェンシーブランドの再編以上に注力するのは、グローバルなクリエイティブ事業のもう1つのキープレーヤーであるアイソバー(Isobar)との関係性の確立だ。リン氏は昨年5月、Campaignに対し「両社は1つのチーム」と話した。「電通マクギャリーボウエンは戦略とクリエイティブキャンペーンを担い、ブランド改革を推し進めていく。アイソバーはCX(カスタマーエクスペリエンス)やEコマースに注力し、エクスペリエンスの改革を担っていきます」。

コロナ禍がクライアントのニーズを大きく変えるなか、新体制の効果が実際に事業に表れるまでにはまだ1年以上かかろう。だが、決してマイナスではない兆しはすでに出ている。昨年、電通マクギャリーボウエンが発足すると、ハイミー氏は各市場の活動を積極化。新たなグローバルネットワークを活用し、今では貴重となった大規模事業の獲得に貢献した。APACの電通エージェンシーはどちらかと言うと中小規模のピッチに強いが、「チームになれば大きなピッチでも勝てることを各オフィスが知った」(同氏)。それを反映したのが、調査会社R3が発表するAPACにおける「ニュービジネスリーグ」ランキングだ。9月の時点で電通はトップ10の最下位だったが、わずか3カ月で4位に躍進。事業獲得数はほぼ倍の324(オグルヴィに次ぐ)、その価値は倍以上になった(因みに、より規模の大きい日本での事業成績はR3に報告されていない)。

電通はクライアント情報を公開しないが、明らかとなった新規クライアントはネスレ(APACの複数市場において)やアメリカン・エキスプレス(同社はグローバル戦略を再検討中)など。その他、中国の蒙牛牛乳(モンニュウ・デイリー)とGACフィアット・クライスラー、インドの大手ソーシャルメディア企業、台湾の最大手小売企業、香港の銀行などがある。失ったクライアントにはインドのJBLスピーカー(ハーマン)などがあるが、収益減の主因となったのはコロナ禍の影響を受けたクライアントによる予算の大幅削減だ(カンタス航空など)。公開された財務諸表によると、APAC事業の中核となる広告収益は2020年1〜9月期で前年比22%減。中国やインド、オーストラリアといった主要市場はすべて減少だった。

幸いだったのは、より規模が大きい日本国内での事業が安定していたこと。第1四半期の売上高は実質的に影響を受けず(前年同期比で2.1%増)、第2・第3四半期はそれぞれ12.2%、14.2%減(同)。1〜9月期の広告収益は6%減(同)だった。多くのブランドがオンラインサービスに重心を移したこともあり、デジタルマーケティングとテクノロジーのコンサルティングを担うISIDのような子会社は業績が向上。だが、電通がマーケティングを主導する東京五輪・パラリンピック大会の延期で、昨年の業績目標は断念せざるを得なかった。2021年開催に向けてその役割は続くが、延期による影響は不透明だ。この件に関し、電通はコメントを出していない。だが世界のライバル企業と比較しても、過去最大の打撃を受けたことは明らかだ。

減収対策としては、経営コストや従業員の賞与、幹部の給与を削減。日本では他の企業同様、終身雇用制度を導入しているため、不況時でも解雇は行わない。だが国外は別で、昨年12月には海外の全従業員の8分の1を削減すると発表した。これはメディアとクリエイティブ両分野の人材が対象となろうが、詳細はまだ明らかではない。電通インターナショナルのある幹部は、「すでにアジアでは合理化が行われている。レイオフはその他の地域が中心になるだろう」と話す。

ウェンディ・クラーク氏


2021年は、企業文化の活性化という点では難しい年だ。だが、昨年9月にCEOに就任したウェンディ・クラーク氏はこの課題に世界レベルで積極的に取り組む。同氏をサポートするのは、ダイバーシティーとインクルージョン(包摂性)の向上を目指すグローバル委員会でAPAC代表を務めるハイミー氏。昨年7月、電通グループの山本敏博CEOは「多様で包摂的な職場環境をつくる」と明言した(遅きに失した感はあるが、公約せぬよりは良い)。これはジェンダーとLGBTQのダイバーシティー、女性の地位向上、メンタルヘルスのケア、ニューロダイバーシティー(神経多様性)、人種平等の実現を意味し、各市場の責任者に指示が出された。すでに昨年から各地で有意義な取り組みが行われており、インドでは管理職におけるダイバーシティーとLGBTQのバランスの見直し、タイでは「Female Foundry」(女性起業家をサポートするプログラム)の立ち上げ、シンガポールでは「Fast Forward Women」のイベント開催、フィリピンでは「#Sistergood」(女性のためのリーダーシッププログラム)の立ち上げ、ニュージーランドでは先住民族マオリ族の言語の普及活動、韓国では従業員のヘルスチェックシステムの構築、さらに電通マクギャリーボウエンでは、自閉症の子どもを持つ親をサポートするツールの開発などが具現化した。もう1つ、電通のグローバルな企業文化を形づくる重要な要素は環境面のサステナビリティーだ。ここでは詳細を述べないが、ライバル企業よりもはるかに真摯に取り組んでいることは付記しておく。

だが、日本国内では依然としてジェンダーの不平等が解消されていない。女性役員は2人だけで、女性従業員の割合も全従業員の3分の1(エージェンシーの女性従業員が占める割合は世界で54%)。今では新卒採用の半数を女性が占めるが、職場でジェンダー平等が実現するにはまだ長い年月がかかりそうだ。人権問題に関する従業員教育は称賛に値するが、インクルージョンよりもむしろ人権の容認に力点が置かれていることが気にかかる。国内で強化する取り組みは、障がい者へのサポート。2013年からは障がい者の就業・雇用を促進する子会社「そらり」を運営するが、昨年はパラリンピック大会マーケティング専任代理店としての活動の一環として、世界的イニシアティブ「The Valuable 500」(障害者インクルージョンの推進を目指し、2019年のダボス会議で発足)に参加した。

2019年12月には国立競技場のオープニングイベント「ONE RACE」を開催


デジタルスキルの従業員教育には、「電通スキルアカデミー」のような取り組みを通じ、グループ全体でより力を入れる。また、クリエイティブワークにより高度なエクスペリエンステクノロジーを取り入れるため、新たに「クリエーティブアカデミー」も設立。11月にはフェイスブック(FB)と共同でAPACの若手クリエイターを対象としたワークショップ「電通クリエーティブエクスチェンジプログラム」を開催、インスタグラムなどFBのプラットフォームのさらなる活用を研究した。さらに、アイソバーでは制作の効率化を目的としたサービスプラットフォーム「Total Commerce」や、制作スタジオをネットワーク化する「Content Symphony」といった取り組みをグローバルに展開中だ。

電通にとって日本は常にイノベーションの温床だが、昨年はこれまで培った技術をさらに飛躍させ、新たなフードテクノロジーを開発した。気象データから季節に合った造形を生み出す「サイバー和菓子」、マグロの品質判定をするAI「Tuna scope」の商業化などだ。さらにはスポーツテクノロジーやeスポーツ、自動車のマーケティングといった分野でも新たなパートナーシップを結んだ。

Tuna scopeは昨年の電通のベストクリエイティブワークと目され、D&ADやクリオ、クレスタ、アドスターズ(釜山国際広告祭)といった世界の主要広告賞を獲得。コロナ禍で魚の鑑定人の移動が制限されるなか、「品質鑑定」という実利を生んだ点が評価された。五輪・パラリンピック関連でクリエイティビティーを示すことはできなかったが、国内市場では他にも数々のインパクトの強い作品を発表。江崎グリコのスナック菓子「ポッキー」の新しいパッケージデザインは、年齢層の高い高級志向の顧客獲得に成功した。

ポッキーの新たなイメージを生んだ「ポッキー・ザ・ギフト」


その一方で、APACの多くのクリエイティブネットワークはコロナ禍の希望を感動的に描いた作品を発表、人々に寄り添う姿勢をアピールした。ムルデカLHS(マレーシア)がコカ・コーラのために制作したのは、人間の精神へのオマージュ。タップルート電通(インド)が制作したフェイスブックの7分動画では、失職したたくさんの人々を支援する若い女性を描いた。BC&F電通(ニュージーランド)は国内に多大な影響を与えたキャンペーン「A Moment Against Silence」で、メンタルヘルスの問題を活写。そして、運用会社シュローダーのブランディングのために電通マクギャリーボウエン台湾が制作した11分に及ぶ大作は、公開後毎週300万回の再生数を記録。動画の舞台はアジアではなく欧州だが、衣装デザインなどの精緻さはAPACにおける動画制作の新たな指標を打ち立てた。

結論づければ、電通はイノベーションとストーリーテリングの手法をよく理解していると言えよう。最終的に全世界市場へ進出し、より多様な従業員が協働するようになれば、自社のストーリーを書き換え、再びライバル企業からリーダーとして仰ぎ見られるに違いない。

変革戦略 / 成長戦略
デジタル変革
システム統合
CRM(データアナリティクス)
マーケティングテクノロジー
クリエイティブ(ブランドデザイン / CX / Eコマース)
メディア / デジタルメディア
コンテンツ及びスポーツマーケティング

統合マーケティングソリューション(広告・戦略・制作)
CX
デジタル変革

アメリカン・エキスプレス
味の素
コカ・コーラ
グリコ
江崎グリコ
本田技研工業
花王
ネスレ
パナソニック
資生堂
トヨタ自動車

(電通は主要クライアントを公表していない。Campaignは公開されている情報をもとに上記のリストを作成した)


(文:Campaign Asia-Pacific編集部 翻訳・編集:水野龍哉)

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