
「効果的なキャンペーンとはどのようなものか」 −− ソーシャルメディア上のコンテンツが幅広くシェアされるようになった今、企業が取り組む日常的な課題だ。成功に欠かせないのはもちろんアイデアの質とタイミングだが、ユーザーの心理を学ぶことも忘れてはならないだろう。
ソーシャルメディア管理システム「フートスイート(Hootsuite)」のシニアマーケティングマネージャー、エミリー・ウォン氏によれば、アジア太平洋地域のソーシャルメディアは過去1年間で12%の成長を果たし、アクティブユーザーは約20億人に達した。それに比例して昨年、ブランドのソーシャルメディアへの広告費は32%増加。つまり何百万という競合するコンテンツの中で、シェアされやすいものを作ることはブランドにとって喫緊の課題なのだ。当然ながら、ユーザーのシェアする動機を理解することが肝要となる。
情報共有の心理の解明は、企業にとって決して新しい試みではない。1966年、ハーバード・ビジネス・レビュー誌は口コミマーケティングに至る人々の心理作用を研究したアーネスト・ディヒター氏の記事を掲載した。それから50年以上を経て、今も我々は同じ課題 −− 人々はなぜ情報をシェアするのか −− の研究を続けている。唯一の違いは、手法がデジタルになったということだ。
ニューヨーク・タイムズ紙の「カスタマー・インサイト・グループ(CIG)」の調査によると、オンライン上でのシェアで鍵となる要素は人々の「関係性」だという。ユーザーの思考は以下のような働きをする。①娯楽性があり、有意義なコンテンツを他者に提供したい②互いの関係をもっと発展させたい③他者のインサイトを共有したい④コメントや「いいね!」をもらい、満足感を得たい⑤互いが熱中できるテーマをより掘り下げたい −− 等々。
ブランディングとマーケティングを専門とするエージェンシー、キャッチオン(CatchOn)でストラテジーディレクターを務めるヴァージニア・ンガイ氏は、トレンドの流れから動機を見た場合、「DIYのGIF動画の出現が鍵になった」という。「人々は料理のレシピを、あたかも夕食を共にするかのように共有するようになったのです」。こうした生活の一部を手軽に表現できるGIFのシェアは、実用性だけでなく「ハッピーな気分になる」ことも動機だ。多くのGIFは世界のトレンドと並行しており、シェアすることで「自分たちの役目を果たしている気分になれる」。例えば、小さな子どもを持つ親のコミュニティーを対象としたオムツのDIY動画。「持続可能性や消費に対する責任感をアピールでき、それを実践することで地球に優しいことをしているという満足感が得られるのです」。
最もシェアされるコンテンツとは、誰にとっても馴染み深いものでもある。ピッチフォーク(Pitchfork)誌の編集者ジェレミー・D・ラーソン氏は最近の記事で、「『身近さ』は心理的な潤滑油で、人間は思考を経ず、知識の吸収口を際限なくスクロールさせてしまう」とやや詩的な表現をしている。我々は他者とのつながり方に強くこだわりを持つ。「人は生まれつき、他の人間との結びつきを強く求めています。人間は皆、一つの家族ですから」とンガイ氏。「#The Dress」(下を参照)やバズフィードのキャラクタークイズといったコンテンツはフェイスブックのそれを圧倒しているが、その理由は「特定の仲間に入れるから。自分の『属性』を知りたいがため、それらをシェアするのです。他人とつながり、グループに所属したいという人の自然な欲望を表している」。
From this day on, the world will be divided into two people. Blue & black, or white & gold. http://t.co/xJeR7GldwP pic.twitter.com/i6BwVzPzSZ
— Ellen DeGeneres (@TheEllenShow) February 27, 2015
ブランドが忘れてはならないのは、シェアする動機の核に「信頼性」があることだ。CIGのレポートは「信頼がシェアの第一歩」と喝破する。昨今のプライバシーやフェイクニュースなどの問題の影響で、ユーザーはネット上で閲覧するコンテンツに注意深くなっており、「自分が直接関わるネットワークでシェアされるものをより信頼するようになってきた」(ウォン氏)。したがって、「信頼性はブランドと消費者との関係を深める上で、極めて重要な役割を担うでしょう」。
強固な関係性の中で欠かせないのが、責任とアイデンティティの明確化だ。メディアインテリジェンスを専門とするメルトウォーター社でアジア太平洋地域のメディアソリューションディレクターを務めるミムラ・マフムード氏は、「ブランドが消費者に対し、アイデンティティと考え方がどれだけ近いかを示すことがその一歩です。関係を次のレベルにステップアップさせるには、責任が重要。関係性が強ければ強いほど、信頼のレベルは高くなる」と話す。「ソーシャルメディアのユーザーが関係を持ちたいと考えるのは、信頼できるコンテンツをシェアするブランド。そして、身近なテーマを共感できる手法で扱うブランドです」。
ブランドが信頼を築く手段の一つに、メッセージを代弁してくれるインフルエンサーの活用がある。人々にとって有名人やその道のプロとつながりを持つことは「社会的証明」 −− 他者、特に専門家や憧れの人々を見倣えば安心、という大衆心理 −− となり、ブランドはその原理を活用するわけだ。
だがこうしたキャンペーンは、インフルエンサーに対する信頼度が決め手となる。特にミレニアル世代ではなおさらだろう。「ネット市民は、インフルエンサーとブランドとの本当の関係を求めている」(マフムード氏)。昨年、シンガポール財務省はミレニアム世代とコミュニケーションを図るため、50人以上のインフルエンサーを起用した。「だがネット社会は、インフルエンサーの得意分野とそれぞれのアジェンダに関連性がないことをすぐに見抜いた。結果的に、効力あるソーシャルコンテンツにはならなかったのです」。「ソーシャルメディアのユーザーは、メッセージの送り手が媚を売って擦り寄ってくればすぐに察知します。ブランドは失態を演じないよう、その微妙な差異に十分注意しなければなりません」。
オーディエンスの感情面に訴求することも、シェアされるコンテンツのもう一つのポイントだ。ウォン氏は、「今日、人々の下す決断のおよそ80%は感情に支配されている。にもかかわらず、消費者体験の多くは感情的な文脈が欠落しています」と話す。
業界でよく知られる調査研究「What Makes Online Content Viral(どうすればオンラインコンテンツは口コミで広がるか)?」 でも、感情的反応がシェアを広げる要因になり得るという結果が出ている。強い感情(畏怖や喜び、怒り、恐れ)を呼び起こすコンテンツは口コミで広がりやすく、一般的にはポジティブな感情を起こすコンテンツの方がネガティブなものよりも普及しやすい。コンテンツマーケティングを専門とするフラクトゥル(Fractle)社の最近の調査では、この関連性をより掘り下げ、コントロールされた感情がシェアのさらなる動機としている。「幸福感」「称賛」といったコントロールできる感情はソーシャルシェアリングと高い相関関係にあり、気分を良くしてくれるコンテンツはシェアされやすい。
マフムード氏は、「ソーシャルメディア上では思いも寄らぬコンテンツが最も人気を集めます。加えて信頼性や娯楽性が高く、身近に感じられるものでなければならない」という。それらは「個人的なストーリーで感情を呼び起こすコンテンツ」とも。その好例が、去る1月に中国で旋風を巻き起こした英国のアニメ「ペッパピッグ(Peppa Pig)」だ。誰も予想していなかったショート動画「What is Peppa ?」が公開されると、そのハッシュタグ(#啥是佩奇)は中国のネット市民の心を虜にした。微博(ウェイボー)ではすぐさま10億ビューを記録。エンターテイメント・ワンとアリババ・ピクチャーズによるこのコラボレーションは新作映画「Peppa Pig Celebrates Chinese New Year(ペッパピッグ、旧正月を祝う)」のプロモーションで、中国移動(チャイナモバイル)の宣伝にも使われ、相乗効果を生んだ。家族を主題としたユーモア溢れる動画は長い休暇を控えた人々の心の琴線に触れ、多くのオーディエンスが「笑い、涙した」と投稿した。
口コミによる拡散で物議を醸したケースが、「男らしさ」をテーマに取り上げたジレットのキャンペーン「We Believe : The Best a Man Can Be(最高の男とは)」だ。この動画広告は世論を二分した。「怒り」から「称賛」まで強い感情を呼び起こし、メルトウォーター によると公開された1月にはアジア太平洋地域のツイッターで1億3600万ビュー、欧米では23億ビューを記録した。マフムード氏によると「アジアでも欧米でも否定的な反応が過半数(アジア51%、欧米54%)で、オーディエンスは有害な男らしさや不快な行動を話題にした。そして、ジレットは#MeToo運動をサポートするブランドという印象を持ったのです」。
結論として、シェアされやすいコンテンツを作るにはどうすればいいのか。 将来的な顧客と持続可能な関係を築くために、「話題のテーマを掘り下げ、オーディエンスの『共通言語』や全体の会話の流れを把握する。そしてその動機や感情、ニュアンスを深く理解することが大切です」とマフムード氏。では、どのような感情面に訴えればいいのか。オーディエンスの心臓の鼓動が速くなるような、できればポジティブなコンテンツ作りが得策だろう。
(文:エイミー・スネリング 翻訳・編集:水野龍哉)