Faaez Samadi David Blecken
2019年6月21日

ラグビーW杯から東京2020へ ブランドの戦略

2020年東京五輪・パラリンピックを控え、ラグビーワールドカップ日本大会が9月に開幕する。五輪前最大のイベントを十二分に活用しようと、ブランドは慎重に策を練る。

昨年、ラグビーの聖地であるロンドン郊外のトゥイッケナム・スタジアムで行われた日本対イングランド戦(写真:Shutterstock)
昨年、ラグビーの聖地であるロンドン郊外のトゥイッケナム・スタジアムで行われた日本対イングランド戦(写真:Shutterstock)

ラグビーW杯2019日本大会の開幕まであと100日を切った。ひと月以上に及ぶ大会期間中、日本は世界のスポーツ界の注視の的となる。こうした立場に日本は慣れていないし、スポンサーである多くの国内企業も同様だろう。だが来年の東京五輪・パラリンピックとともに、世界の人々とエモーショナルにつながる希少なチャンスとみていることは確かだ。

国内企業の取り組み

その一方、日本とラグビーの接点は他のラグビーが盛んな国々と比べ、いま一つ曖昧だ。大会スポンサーの一つである三菱地所は昨年キャンペーンを始めるにあたり、ラグビーは「肉体的だけのスポーツではなく、知的なスポーツ」というイメージを前面に押し出そうとした。ホスト国でありながら、大半の人々は今もラグビーをニッチなスポーツとみているようだ。それでも大会期間中には海外から40万人が訪れ、世界で数十億人がテレビ観戦するといわれる(コンサルティング会社アーンスト・アンド・ヤングによれば、2015年イングランド大会をテレビで観戦した人々は40億人。ただしこの数字には異論もある)。

英アドテクノロジー会社アンルーリー(Unruly)は先月、オーディオブランド「ビート(Beats)」が8カ国で展開したラグビーをテーマにしたキャンペーンの分析を行った。アジア太平洋地域担当COOのフィル・タウンエンド氏は、「五輪スポンサーでなくとも多くのブランドが、東京2020大会で発信するメッセージを強化するため、ラグビーW杯を『路上テスト』として利用する」と話す。「中小ブランドにとってはROI(投資利益率)をテストする好機。メジャーなイベントにもかかわらず、リスクが少ないですから」。W杯は米国のオーディエンスには訴求しないが、欧州諸国へのメッセージを試すにはうってつけだ。「うまく共感を得られれば、五輪の時には自信を持ってより大規模なキャンペーンを展開するはずです」。

日本企業のスポンサーはキヤノン、NEC、TOTO、三菱地所、セコム、そして大正製薬(リポビタンD)。Campaignは各社のスポークスパーソンにW杯を通じてどのような目標を掲げ、どのような活動を行うかを尋ねた。どの企業も「ROIが即座に向上せずともブランドイメージが上がればよい」とし、数社は海外市場に強い関心を抱いていることが分かった。

これらの中で海外での認知度が最も高いのはキヤノンだろう。だが、同社事業は市場力学の変化から今は大きなプレッシャーを受けている。大会ではブランドイメージを強化し、試合会場で存在感を出すことで「写真関連サービスへの認知度を上げていきたい」という。また、試合のチケットをビジネスパートナーに提供して「関係強化を図りたい」とも。コミュニケーションの核となるのは「moment」のコンセプトだ。昨年10月からは、日本テレビで「ラグビー2019 〜英雄(ヒーロー)たちの原点」という番組の提供を開始。また、各自治体と協同で大会の大型記録写真を高耐候性メディアで展示するプロジェクトも行っている。

最も意欲的なスポンサーは三菱地所だろう。ラグビー人気の向上を目標に掲げ、所有する商業施設への集客を狙う。同社が開発した東京・丸の内の高級商業エリアでは「丸の内15丁目プロジェクト」が催され、大会終了までラグビーをテーマとしたさまざまなイベントやインスタレーションでお祭り気分を盛り上げる。また、ラグビーの知的でフレンドリーな要素を訴求しようとフォーラムやコメディー、屋外アートといったさまざまな体験に基づくアプローチを実施。「日本を訪れる海外からのファンにも足を運んでもらいたい」(同社スポークスパーソン)。ちなみに、このエリアでは試合は行われない。


TOTOは、住宅建築・リフォーム業界を超えた幅広い国内顧客の開拓と、ハイテクトイレの海外での認知度向上を図る。同社は海外で知名度があることは確かだが、そのプロダクトは高級品のイメージが強く、潜在的な購買層にはまだ結びついていない。

ラグビーとの関わりはこうした状況を変えるチャンスだ。大会組織委員会主催のイベントへの参加やその他のブランディング活動で「認知度やブランドイメージが上がり、長期的に海外での売上げが伸びることを期待しています」(同社スポーツコミュニケーション推進プロジェクト企画主査、柴崎麻理子氏)。

大会に最もふさわしいプロダクトを作っているブランドはリポビタンDだろう(エナジードリンクはトレーニングに励む選手にも、二日酔いのファンにも効果がある)。1年前からテレビキャンペーンを開始、ターゲットを国内市場に絞り、日本代表チームの厳しいトレーニングの模様をフィーチュアする。同ブランドとラグビーとのつながりは比較的長く、欧州やオセアニアの代表チームを招く「リポビタンDチャレンジカップ」を2002年から主催。三菱地所同様、ブランド認知度の向上とラグビーファンの増加に取り組む。

NECが重点を置くのはセコム同様、「安全性」だ。だがオーディエンスと直接的に向き合うのはNECの方で、東京と横浜の試合会場ではメディア関係者を識別する顔認証システムを提供する。また、ボランティア業務の運営も支援。東京2020大会にも同じように関わっていく予定で、「スポンサーシップを活用してさまざまな地域の人々との関係を構築したい」(同社スポークスパーソン)。一方、セコムはコーポレートホスピタリティーとエンゲージメントの強化に的を絞る。

海外企業の思惑

グローバルブランドは目下のところラグビーW杯を静観している、というのが正しいだろう。だが大会開幕まであと3カ月を切り、これから存在感を発揮していきそうだ。

海外ブランドと国内ブランドでは、基本的にW杯の捉え方が異なる。国内ブランドが今大会を世界に飛躍する絶好機とみているのに対し、海外ブランドは今夏行われる多くの世界的スポーツイベントの締めくくりとみる。現在、世界の人々の関心を捉えているのはサッカーのFIFA女子W杯フランス大会。これまでで最大の女子のスポーツイベントだ。そして、英国で行われているICCクリケットW杯。この二つの大会に興味を持つラグビーファンも多い。

更には、イングランドとオーストラリアとの間で行われるクリケットのテストマッチシリーズ「ジ・アッシュ(The Ashes)」、サッカーの南米選手権コパ・アメリカ、ネットボール(バスケットボールに似た競技)W杯と大きなイベントは目白押しで、ラグビーはその後まで出番を待たなくてはならない。

「今はメジャーなスポーツイベントがたくさん開かれていて、一般の人々の関心も広告界の関心もそれらに向いています」というのはメディアコム・スポーツ・アンド・エンターテインメントのヴァイスプレジデント、ミシャ・シャー氏。「広告主の立場からすれば、タイミングがほぼ全てを決する。メジャーなイベントのスポンサーシップで難しいのは、どのように勢いを生み出し、維持していくか。途中で失速しないことが肝心です」。

最大限の効果を生むには、タイミングこそが重要。更にマーケターは、「ラグビーW杯の特徴も考慮せねばならない」。例えば、サッカーのW杯に比べて大会期間が半月余りも長いことだ。

(写真:北村敏史 / AFP)


「こうした点を留意し、広告主としてのエグゼキューションを成功させる。人々の注目を集めるにはどのようなタイミングが最適か。キャンペーンを始めるときに、他の『雑音』にかき消されたくはありませんから」

ラグビーなどのメジャーなスポーツイベントでプランニングを活性化させるには、大会前の「節目」を狙うことが鍵だ。代表チームのメンバーやユニフォームの発表時などがその好例だろう。ファンの関心が高まり、ブランドにとっては適切なオーディエンスに向けて適切なタイミングでキャンペーンをスタートさせる機会となる。

6月14日は大会開幕まで100日の節目だったが、CSMスポーツ・アンド・エンターテインメントのアジア担当ディレクター、ホリー・ミルワード氏も、「ブランドはオーディエンスが強い興味を抱くタイミングを見計らって、キャンペーンを始める時期を慎重に選ぶ必要がある」という。

また、各ブランドにとって「ラグビーW杯のマーケティングで何を成し遂げたいかという目標設定が最重要課題」とも。節目を利用することも大切だが、長期にわたる利益を目論むならば異なるエグゼキューションが必要だろう。

同氏はワールドラグビー(世界のラグビー協会の統括組織)のパートナーを長年務めてきたジャガー・ランドローバーが、同組織が推進するラグビー普及のための草の根活動「インパクト・ビヨンド(Impact Beyond)」の公認パートナーとなったことに着目する。また、大会のオフィシャルタイムキーパーを務める時計ブランドのチュドール(Tudor)は、これを機に日本で事業展開を始める計画だ。

トップスポンサーであるハイネケンは、「国内外の市場向けに100日間のアクティベーションプランを用意した」(同社大会プロジェクトマネージャー、ジム・ジェラーティー氏)。ティーザー動画は既に数年前から公開している。

「前回のW杯と同じように、グローバルキャンペーンを可能な限り多くの国々で展開する予定です。また、ホスト国の日本ではローカライズしたキャンペーンを行う。ラグビーに対する日本人の視点を取り入れ、効果を最大限上げていきます」(同氏)

大会までのメディアプランは大がかりだ。スポーツバーなどの細かいターゲットから、12のホストタウン周辺で行う試合日のアクティベーション、そしてマスメディアを活用した大々的なキャンペーンと幅広い。

世界各地でラグビーと長い関わりを持つハイネケンにとって、アジアで初のW杯はブランディングとビジネス双方の見地から重要な機会となる。

「既に日本では大きな盛り上がりをみせていますが、この国ではラグビーは伝統的なスポーツではありません。急速に浸透してはいますが……」とジェラーティー氏。「我が社のキャンペーンはこの点に的を絞った。W杯とのつながりを強化することはもちろんですが、ファン、特に日本のファンに大会との一体感を味わってほしいのです」。

ブランドがスポーツと関わる際のポイントも指摘する。つまり、用意されたマーケティングコストでどれだけの規模の消費者にリーチできるかという点だ。日本もアジアも決して世界のラグビーの中心地ではなく、W杯も東京2020大会ほど目立ったイベントではない。ブランドは来年に備え、マーケティング予算をプールするのだろうか。

ロンドンを拠点にグローバルビジネスを担うメディアコムのシャー氏は、「ブランドとの協議の場では五輪が話題に上ることが多い」と話す。「多くのクライアントにとって、ラグビーは今でもニッチなスポーツだと思います。五輪ならばもっと多彩なストーリーを提供できる。そしてラグビーよりも幅広く、多様なオーディエンスにアピールできます」。

ラグビーW杯という単一のスポーツイベントに比べ、五輪では数多くの競技が開催されることを考慮すればこうした意見は当然だろう。ミルワード氏はラグビーW杯を東京2020大会に向けた「最終リハーサル」にたとえる。それでも多くのブランド、特に国内ブランドは「W杯を五輪と連動させ、アジアでの事業成長の絶好機と捉えているでしょう。スポーツの力を借りて、自身のブランドを世界舞台に引き上げられるチャンスですから」。

ジェラーティー氏はハイネケンの戦略を非常に楽観的に捉えている。それには十分な根拠があると言っていい。アジアのラグビー選手を増やすプロジェクトを進めていたワールドラグビーは昨年12月、目標だったW杯開幕時よりも9カ月早く100万人という数字を達成した。だがおそらくもっと重要なのは、前回イングランド大会で日本が南アフリカから歴史的勝利を挙げた後、次のサモア戦を国民の5分の1にあたる2500万人がテレビ観戦したという事実だ。

「ラグビーが盛んではない国の消費者に、いかにインスピレーションを与えるか。もちろん日本市場は我々のターゲットなので、消費者にラグビーの魅力を理解し、身近なスポーツであることを感じてもらいたい」と同氏。「ラグビーを体感してもらい、その価値を分かってもらう。そうすることで我々の役目を果たしていきたいのです。結果的に、それがハイネケンというブランドの存在感を日本で高めてくれればいい。ラグビーと似ていて、ハイネケンはまだ日本では他国のような地位を築いていませんので」。

ビジネスに関しては、ハイネケン・キリンの代表者は「大会期間中の売上げは70%増を予想している」と記者会見で述べた。ゼネラルマネジャーのトニー・ウィーラー氏は、ティーザー動画の効果を日本で分析した結果、「品質の高さや高級感といったイメージと相まって、ブランド認知度が向上した。売上予測に好影響を与えてくれるでしょう」と話す。

「しかし、長期にわたるブランド構築とは短期間に売上を伸ばすことではない。消費者にいかに寄り添った姿勢を打ち出すか。日本でハイネケンというブランドを確立させるのが我々の究極的な目標です」。

同社は既に、PR面での最初の課題に直面した。訪日客によって大会期間中のビールへの需要が増し、品切れになる恐れがあると報道されたのだ。「日本は既にビールの巨大市場。全ての試合会場にビールのストックが十分行き渡るよう、大会組織委員会と密に連携していきます」とゲラーティー氏。

海外ブランドはこれから力を入れてキャンペーンを展開していく。消費者がこれらブランドを目にする機会も一気に増えるだろう。あと必要なのは、大会成功のための「無形的要素」であり、ミルワード氏は「特にそれが重要」という。

「日本代表チームに良い成績を収めてほしいという大きな期待が満ちています。世界規模のイベントを主催するのだから、誰が何と言おうと国民の大きな関心が集まることは確か。しかし日本の成績が大会の成否を左右することは疑いの余地がありません。もし良い結果を出せば、大会は違う次元の盛り上がりをみせるでしょう」

文:デイヴィッド・ブレッケン、ファイズ・サマディ 翻訳・編集:水野龍哉)

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