Dr Philip Sugai
2019年8月14日

価値の重視か、「欺瞞」か

持続可能な未来の鍵を握るのは広告代理店とも言えよう。透明性をより高めていくことが、結果として更なる利を生む。

(Shutterstock)
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広告代理店が初めて登場した19世紀、その主な役割はメディア(主に新聞)における広告スペースの売買の仲介、そして製品を売るための宣伝文句やイメージを製造業者とともに作り出すことだった。それから200年以上を経て、広告代理店はクリエイティブなストーリーテリングとその根底を成す「心理学」、そしてストーリーを広く伝播する新たなテクノロジーの権威となった。

しかしスキルの発達は、今日の広告業界に急激な変革と主導権争いをもたらした。広告やPR、戦略といった面で競争はより激化し、放っておけば業界の原動力を揺るがしかねない事態だ。

昨今のアクセンチュアとWPPの確執は、この業界で起きている多くの混乱と再編のほんの一例に過ぎない。こうした争いは広告界の将来の構図を決定づける。そして広告代理店は今、大きな岐路に立たされている。つまり、主要な七つのステークホルダー(内訳は後述する)のため、「価値」創造と精査のイノベーションに注力して差別化を実現すべきか、あるいはスキルを応用してクライアントが「非持続可能」な活動を続ける「バリューウォッシング(価値の欺瞞)」をサポートしていくかの選択を迫られているのだ。言い換えれば、持続可能なビジネスの現場で将来も第一線に立ち続けるか、あるいはそれを妨げるかという現実的な課題だ。

これまでの経緯や、なぜ広告代理店にこのような大きな岐路が訪れたかを理解するためには、米国マーケティング協会(AMA)が初めてマーケティングを定義した1935年に遡らなければならない。

マーケターの最初の概念とは、既にある製品の「見栄え」を良くして(事実であろうが想像上であろうが)魅力的なものに仕立て、クリエイティブ力を駆使してできる限り多くの消費者に買わせる役割を担う人のことだった。

「マーケティングとは、生産者から消費者への商品及びサービスの流れを管轄するビジネス活動を意味する」

製造業者から、無力で自らの声を持たない消費者に商品が一方的に流れていく構図 −− こうしたマーケティングの古い概念では、マスに多くの製品を買わせ続けるため、より多くの宣伝文句やCM、心理的策略が必要だった。

話を一気に今日まで早送りすると、こうした手法の進化で2017年の製造業生産高は35兆米ドル(約3850兆円)を突破した(2022年には45兆ドルに達すると見込まれている)。ガートナー社が今年行った調査で、世界のトップCEOが最も重視するのが「ビジネス成長」だったことは、この数字をよく物語るだろう。

こうした成長へのニーズが何世紀にもわたって続く一方、広告代理店が用いるツールは今、消費者層から強い抵抗を受けている。消費者は以前に比べ情報通となり、多様なつながりを持ち、要求が厳しくなった。エデルマン社が行った信用度調査「2019エデルマン・トラストバロメーター」では、企業と消費者の間で互いの信用度が乖離しつつあることを、企業側やエグゼクティブたちがもっと認識するよう警鐘している。

「情報に通じた消費者とマスの間で企業に対する信用度が異なっていても、第一線で世界は一致している。誰もが変革を切望しているのだ。現状のシステムが『自分たちのために機能している』と考えるマスはわずか5人に一人で、その半数近くは『破綻している』と考えている」

ビジネス成長を重んじるシニアエグゼクティブも含め、世界の消費者は基本的な経済システムに失望しているのだ。では、広告代理店はどのような役割を果たすべきなのか。

国際公認職業会計士協会(AICPA)が今年5月に発表した報告書「バリュー・オブ・バリュー(Value of Value)」の中に、その答えを示唆する二つの調査結果が出ている。

  • 世界のビジネスリーダーの89%が、「価値」に対するより幅広い考察が必要と考える。
  • 同じく99%が、自社がいかに価値を創造しているか知らしめる必要があると考える。

この調査が広告やマーケティング業界内部の組織ではなく、AICPAによって行われたことに注目していただきたい。いかなる代償を払っても短期で利益を上げようと経営やマーケティングアプローチに血道を上げる企業家にとって、この結果は背筋が凍るようなものだろう。

私のように小さなビジネススクールで教鞭を執っている者の利点は、さまざまな分野の一流のリサーチャーたちと交流する機会があることだ。そのお陰で、ほとんどの分野の企業家が「長期的視点に立った価値を重視する姿勢が必要」と考えていることが分かった。

この結果をエデルマンの信用度調査と重ね合わせてみると、最終損益を超越した価値の重視と客観的精査、その結果を知らしめるツールの発達がかつてないほど求められているのは当然だろう。金融界で最も強い影響力を持つ世界最大の資産運用会社「ブラックロック(Blackrock)」は昨年6月、「ESG(環境・社会・ガバナンス)の報告基準を客観的に適用しない企業には今後一切投資を行わない」と明言した。世界最大の年金機構である日本の年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)も同様のアプローチを取り、世界銀行との共同の取り組みをこの4月にスタートさせた。

「GPIFは全てのアセットマネージャーに、投資分析及び意思決定プロセスにおいてESGの課題を統合する『ESGインテグレーション』の実践を求める。その直接的な手法は、グリーンボンドやソーシャルボンド、サステナビリティボンドの購入と考える。GPIFは全世代に向けた年金積立金の持続可能な運用を確保するため、インベストメントチェーンによるESGインテグレーションの促進に尽力していく」(GPIF理事兼CIO、水野弘道氏)

現在、あらゆる業界でこうした取り組みを実践しようという気運が高まっているが、実は大切な要素が欠けている。

ESGsやインテグレーテッドレポーティング(統合報告)、また非営利団体「グローバルレポーティングイニシアティブ(GRI)」などは、企業グループ全体が考慮すべき肯定的・否定的価値の創造に関する重要なガイダンスを示している。だがこうした枠組みで、価値の意義を明白かつ一貫して説く的確な一連のガイダンスがいまだにないのだ。

例えば、もし企業が価値を創造する取り組みで二つの異なる報告基準に適応しようとすれば、まったく異なる二つの結果を引き出しかねない。加えて、もう一つの懸念がある。私がこの分野のリーダーたちと個人的な会話を交わした際、彼らは密かにこう指摘した。つまり、価値創造の推進派が報告基準からあらゆる抜け穴を取り除こうと努力したにもかかわらず、企業が否定的影響に目をつぶり、上辺を取り繕うやり方はまだあるというのだ。となると、この重要なグローバルな課題に広告代理店はどのようにはっきりとした価値を付加できるか考察せねばならない。

エデルマンのトラストバロメーターが明確に示したように、消費者は企業側からの情報に不信感を持っている。環境報告やグリーンマーケティングにおける「グリーンウォッシング(企業が環境に配慮しているようにごまかすこと)」は悪質な問題だ。しかし他のステークホルダーのグループにも影響を及ぼすため、より広義のバリューウォッシングという考え方が生まれた。

グリーンウォッシングは企業が広告代理店のサポートを得て、環境に悪い活動を良いものに見せかける。それと同様、バリューウォッシングも企業が主要なステークホルダーとの関係において同じアプローチを行う。従来の価値観に固執する企業のためにクリエイティブかつテクニカルなスキルをバリューウォッシングに応用すれば、広告代理店は大きな利益を生むことができるだろう。だが、企業が実質的な成果を生むようプレッシャーを受けているのならば、もう一つの重要なオプションがある。すなわち、我々全てにとって大切な持続可能な未来への鍵となる、価値を重視するイノベーションを推進することだ。

未来を担う主要広告代理店にとって重要なのは、企業のバリューウォッシングに手を貸すことではない。今こそ「価値のエキスパート」となり、その根幹にある哲学を提唱する時だ。既存のスキルを活用し、クライアントがあらゆる活動でこうしたアプローチを取り入れ、推進していくのをサポートするべき時なのだ。

間もなく発刊する自著「ザ・バリュープラン」の中で、私は企業が価値を重視した関係を築くべき、鍵となる七つのステークホルダーのグループを記した。すなわち、(自社を除いた)株主(あるいは他の財務上の所有者)、顧客、更には従業員、提携企業、社会、そしてこの地球だ。もし広告代理店がクリエイティブかつテクニカルな専門知識を最大限活用し、クライアントがこれらのグループとの関係における価値を精査し、強化するのをサポートするならば、前例のないイノベーションの可能性と価値創造の機会は飛躍的に増すだろう。広告代理店は「バリュープランナー」になることで、過去2世紀にわたって積み上げてきたクリエイティブとテクニカルなスキルを更に発展させる機会を得、既存の広告業界への参入を図るPR・コンサルティング会社との差別化を果たせるのだ。

広告代理店がバリュープランニングで指導的役割を果たせば、企業がそれぞれの広範な価値システムの中で最高レベルの価値を創造しようと競う健全な世界が想像できる。広告代理店のクリエイティブパワーがこのように活用されれば、従来の広告活動が時代遅れになるような新たな価値創造の実現は時間の問題なのだ。

(文:須貝フィリップ 翻訳・編集:水野龍哉)

須貝フィリップ氏は同志社大学大学院ビジネス研究科教授で、「ザ・バリュープラン」の著者。同著を他国にもプロモートするクラウドファンディングのキャンペーンはこちらのサイトから。

 www.publishizer.com/the-value-plan.

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