Dr Hana Hayashi
2018年1月12日

女性の働きやすさを阻む、職場や社会の規範

産休や育休などの制度は整っても、何気ない一言に表現された職場の「見えないルール」に、女性は居づらさを感じてしまう――。日米を行き来する林英恵氏が、自身の体験を交えながら分析する。

女性の働きやすさを阻む、職場や社会の規範

「結婚おめでとう! 本当によかったね。でも、すぐに妊娠したりしないよね?」

私は、日米を行ったり来たりしながらヘルスケア、特に公衆衛生分野に特化したプランニングおよびリサーチの仕事をしている。同時に、行動科学者でもある。今日は私個人の話というよりも、行動科学の研究者としての目で、自分に起こったことをgender equality(男女平等)の視点で分析したいと思う。

冒頭の言葉は、昨年結婚したことを日本の仕事関係の人たちに報告した時に受けた「さりげない」言葉の一例だ。男女・ポジション・職種に関係なく、日本ではこのような数々のお祝い(?)のメッセージをもらう。ちなみにアメリカでは、すべての会話で「結婚おめでとう!」だけで終わる。仕事場で冒頭のような発言をすることは、個人的なことに踏み込んだ質問として敬遠されるからだ。

林 英恵氏

私は日米含め、この会社・業界で働き始めて12年になる。最初に言っておきたいが、会社も、同僚も、仕事も、クライアントにも、とても恵まれていて、毎日仕事を楽しんでいる。だから、このコラムを読んで「しまった!」と思っている人に、個人的な不快な思いがあるわけではない。悪意を持って発せられた言葉ではないと感じているからだ。でも、だからこそ根も深い。 何の気なしに発した言葉が、誰かにとっては重い、錨のような言葉になる。普段から研究視点で物事を考える癖がついているので、これはまさに日本で男女平等が進まない一つの大きな原因ではないかと仮説を立てている。

1985年に男女雇用機会均等法が制定されて30年以上が経つ。産休も育休も制度があるから使うことができるし、妊娠や出産、育児休業による女性に不利益な扱いは法律で禁止されている。弊社も含め、グローバルでgender equalityの活動がいくつも行われている。女性が何も守られていなかった時代からここまで制度を整えてくれた先輩方に本当に感謝している。しかし、gender equalityの観点で言うと、アメリカを含む他の先進国が完璧とも思わないが、日本はかなりの遅れを取っていると言わざるを得ない。

例えば、アメリカのオフィスでは、女性が妊娠したり、子どもを持ったりしても働きやすい環境が整っている。18時を過ぎてオフィスに残るのはよっぽどの場合のみで、ほぼ18時には帰宅していた。金曜日などは17時にはオフィスはガラガラになる。また、金曜日や雪の日は上司も率先して在宅勤務するので、部下である我々も家で仕事をしやすい。在宅勤務も上司にメールを一本入れれば、なんのことなく了承を得られる。休みの日に仕事のメールが飛び交うこともほとんどない。また、時差で海外とのやり取りをし、遅くまで働いた翌日は、心置きなく午後出勤できる。

同じ業界で、同じ会社でも、こんなにも働き方が違うのかと愕然とした。自己裁量権の幅が大きく、仕事を締切どおりに仕上げて結果を出すという前提と信頼のもと、すべての制度が構築されていると感じた。ちなみに、自己裁量権の度合いが職場でのストレスや健康に大きな影響を与えることも、多くの研究から分かっている。実際、チームの半分以上が女性だった。日米を往復する中で、なぜ日本で同じことができなくて、アメリカではできるのか観察している。

人の行動は、本人が意識してもしなくても、環境に規定される。環境には、法律などの制度や文化などが含まれる。中でも、周りの人がどう考えるかというsocial norm(社会規範)に大きく左右される。

行動科学的な観点から考えると、冒頭の発言は、言われた人の家族計画や職場に対する思い入れなどに影響を与えかねないメッセージだ。それも、一人ではなく複数から何度も言われることは、仕事をする上での「規範」として、女性は目に見えないルールのようなもの――この場合は「妊娠されて抜けられると困るから家族計画は慎重に行うように」といったもの――があると受け取る。 特に日本人は、周りがどう考えるかを非常に気にするといわれているので、このメッセージの持つ意味は大きい可能性がある。確かに人が抜けて困る気持ちも分かるが、そのために会社という組織が存在し、リソースを補えるようにしているのではないだろうか?

この経験を同業の女性たちに話すと、同じような体験をした女性たちの”#MeToo”のストーリーが山のように集まってきた。その結果何が起こるか? 制度や法律で守られているにもかかわらず、その職場やポジションに居づらいから辞める、周りに申し訳ないから一線から退く、など、女性自らが自分に戦力外通告を出してしまう。

事実、世界経済フォーラム「世界ジェンダー格差レポート2017」のランキングで、日本は111位(2016年)からさらに後退しての144カ国中114位だ。また、金融業界は女性の従業員が半分近くを占めているが、広告業界では全従業員の4分の1、広告業界の女性役員はたったの0.2%(日本広告業協会『JAAA REPORTS』2016年12月号より)というデータも、広告業界の状況を象徴している。何がどうしてこうなっているのか、これらのデータからは推測しかできないが、何かおかしなことになっていることは間違いない。

これから日本がやっていくべきこと。それは、この社会規範を変えていき、本当の意味で制度が守られて活用される、安心して働ける職場環境を作ることだ。それには、妊娠も出産も育児も何らキャリアの妨げにならないというロールモデルを増やしたり、こういった女性ならではの人生のイベントを企業がまずサポートし、仕事と両立できる社会が「当たり前」だという暗黙知を作っていくことだ。これは女性のためだけではない。男性も子育て期間には理解が必要だろう。また高齢化が進む日本では、介護などのケースにも当てはまる。それには、どういうメッセージがこの規範作りの妨げになるのかも、職場で伝えていく必要がある。

規範が変わらなければ、制度が、利用したい人のストレスなしに使われるようにはならない。また前述したように、子どもを持っても働けると思える職場環境が必要だ。時短勤務、在宅勤務、フレキシブルな勤務時間など、制度として用意しているところが多いだろう。でも、実際に社員が自己裁量権を発揮して、思う存分利用できるものかどうかは別問題だと感じる。

そのために、まずは実態を把握する必要がある。つまり、先ほどの「何がどうしてこうなっているのか」の部分を明らかにするのだ。ジェンダーに話を戻すと、そのために日本の広告業界で何が起こっているのか、企業の垣根を越えた調査をすることを提案する。そして、女性の働き方において進んでいる国に学ぶ必要もある。制度があるのにどうして、さまざまな面で女性と男性のギャップが存在するのか、まずはそこから始める必要があると感じている。

冒頭の話に戻すと、規範を少しでも作っていくために、私は「今の質問は個人的なことなので、ハラスメントになる」ということを伝えるようにしている。それでも、場の雰囲気を壊すまいとか関係性を壊したくないと思って、笑って適当にごまかす時もある。そんな時はやるせない気分になるのだ。ああ、また悪い規範に加担してしまった、と。

仕事は、長い人生の一部。だから、人生の変化に合わせて生きることに、女性が申し訳なく思わないで済む規範作りが必要だ。

(文:林 英恵 編集:田崎亮子)

林 英恵氏は、マッキャンヘルス マッキャングローバルヘルスのアソシエイトディレクター兼リサーチディレクター。行動科学・社会疫学者でもある。

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Campaign Japan

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