Staff Reporters
2024年4月23日

エージェンシー・レポートカード2023:カラ

改善の兆しはみられたものの、親会社の組織再編の影響によって、2023年は難しい舵取りを迫られたカラ(Carat)。不安定な状況に直面しつつも、成長を維持した。

エージェンシー・レポートカード2023:カラ

カラの事業は2023年に急激に改善し、電通グループの他エージェンシーよりも変化の波にうまく乗れている。グループ内での大規模な再編に伴い同社は不安定な状況に直面したが、Campaignのメディアエージェンシーランキングでは11位(2022年)から今年は4位へと躍進。首位に立つウェーブメーカー(Wavemaker)を超える件数の新規案件を獲得した。

Campaign Asia-Pacific「エージェンシー・オブ・ザ・イヤー2023」で金賞を獲得したカラ台湾は、DEI(多様性、公平性、包摂性)やサステナビリティー、イノベーションの分野で重要なプロジェクトを手掛けるなど光彩を放っていたが、これらの分野がエージェンシー全体で前進していることを示す裏付けは十分には無い。クリエイティビティーに関しても同様で、作品には人々を驚かせて感動させるような要素が地域全体で求められる。

しかし希望や成長の兆しもみられる。グループ全体での組織再編が続く中、2024年は試練の年となることは明らかだ。人員削減やリーダーシップ層の辞職が同社に与える影響について明らかではないが、今後1年の業績に注目していきたい。とはいえ、厳しい経済状況や組織の課題に直面しながらも安定と成長を維持するための努力を積み重ね、2023年の評価は全体的にわずかながら上がった。

カテゴリー 2023 2022
ビジネス成長 B C+
イノベーション B- B-
DEI & サステナビリティー B B-
クリエイティビティー & エフェクティブネス C+ B
マネジメント C+ C+
評価方法についてはこちらから

ビジネス成長 (B)

電通は2023年に急激な景気後退の影響を受けたが、カラは例外的に好調だった。R3のデータに基づくCampaign Ad Intelligenceによると、アジア太平洋地域(APAC)のメディアエージェンシーランキングでカラは11位(2022年)から今年は4位へと躍進し、ピュブリシス傘下のスターコム(Starcom)に迫る勢いだ。年初から現在までの売上高は4.6億米ドル。新規案件の獲得件数は62件で、首位に立つウェーブメーカー(45件)やスターコム(32件)を大きく上回るものだった。

トップクライアントには複数市場を担当しているカールスバーグがあり、中国市場だけでも1.1億米ドルを売り上げている(Campaign AI調べ)。既存案件を失注した同社にとって、これはAPACで最大の獲得となった。他にも中国市場では蒙牛乳業、バイトダンス、アモーレパシフィック、フィリピンではジョリビー、インドではフェレロを獲得している。だがその一方で、ASB銀行(ニュージーランド)、クラウン・リゾーツ(豪州)、ハヴァル(タイ)、ミーレ(香港)などのアカウントを失っている。

電通の事業管理モデル「One dentsu」に合わせ、カラでも2023年7月にサンチャイータ・ヴェルマ氏がインド法人のCEOに就任し、同10月にはカラNSWのマネージングディレクターを務めたローレン・スモール氏(9月に豪通信大手オプタスに移った)の後任としてヒランティ・ジャヤウィーラ氏を任命するなど、リーダー層の体制が大きく変わった。

経済状況の不安定さや、特に中国がパンデミック後に回復し続けていること、電通が地域全体で人員削減の問題を抱えていることなどを考慮すると、成長軌道に乗っているカラがこれらの課題に対処しているのは当然のことだろう。しかし、ランキング上昇や新規案件獲得による相対的な安定感から、評価を「B(とても良い)」に上げた。

イノベーション (B-)

2023年に取り組んだイノベーションについてカラからの回答が無かったため、昨年の取り組みについては不明だ。同社は2023年7月にレポート『Designing for the Now and Next: 2023』を公開。このレポートは、デ・インフルエンシング(何を買うべきでないかを語ること)やアイデンティティー形成、パーソナライゼーションといった主要な消費者トレンドを取り上げ、複雑な消費者の感情に対応する上でメディアが果たす役割に注目した。

電通はまた『2023 Media Trends』というレポートも公開している。ここでは消費者行動や技術革新、ブランドにとっての新たなチャンス(広告付き動画プラットフォームの台頭、主流となったゲームのコンテンツサイトへの活用、リーチやビューアビリティーなど従来の指標からアテンションを測る指標の重要性など)を分析。さらに、デジタルコマースの変化や小売メディアの進化、さまざまな機能を統合したスーパーアプリの台頭、クッキーレスな未来に備える戦略など、カラが現在クライアントを支援している要素についても網羅している。

台湾では2022~2023年にかけて、FIFAワールドカップに合わせたフードパンダとアディダスのコラボレーションを実施し、イノベーション領域で存在感を発揮した。両ブランドのパーティーボックスを作成し、アディダスの実店舗やOOH、フードパンダのオンラインでの知名度や宅配ボックスといったそれぞれのリソースを相互に活用し、オンラインとオフラインのチャネルをつないだ。この企画によってパーティーボックスは完売し、フードパンダの顧客基盤は3割増加。この功績が、Campaign Asia-Pacificの「エージェンシー・オブ・ザ・イヤー2023」で高く評価された。

また、台湾のスタンダード・チャータード銀行とのAIを活用した企画にも力を入れた。金融規制や広告への制約に対処しつつ個人向け融資を増やしたいという要望に応え、事業の成長を促進するためにカラは(電通のAIを用いた)生成AIのツールを開発。AIを使い、潜在顧客となり得るオーディエンスを自動的に予測した。同社によると、このアプローチによってメタで獲得したリードは「前年比のほぼ2倍」となり、クライアントのリード獲得単価が改善されたという。

このように高く評価できる取り組みがいくつかあるものの、十分な情報が無く、展望があるのが一地域の事務所のみとあっては、イノベーションの先行きを見通すことはエージェンシー単体としてもグループ全体でも難しい。よって評価は「B-(良い)」とした。

DEI & サステナビリティー (B)

カラの2023年の男女別の統計を入手できなかったため、2022年のデータ(正社員の65%は女性)から現在までの変化を比較することができない。しかし同社はインド法人のサンチャイータ・ヴェルマCEOや、豪州マネージングディレクターのヒランティ・ジャヤウィーラ氏など、注目すべき女性リーダーを地域全体で採用している。昨年のエージェンシー・レポートカードで「経営陣の女性は36%に過ぎない」と指摘したが、この点に真摯に取り組んでいる点を評価したい。

グループ全体としては、国内での同性婚の合法化を促すキャンペーン「Business for Marriage Equality」に2022年から賛同し、LGBTQ+の取り組みを進めるなど、DEIに継続的に取り組んでいる。さらに、APAC全域を管轄する「Internal Advisory Councils」(IAC)を、エグゼグティブスポンサーの支援で設立。ジェンダー、LGBTQIA+、障がい者、神経多様性、人種などの多様なインクルージョンや、メンタルヘルスやウェルビーイングなどのテーマに焦点を当て、電通のDEIに対する総合的なアプローチを示したものとなっている。

公開されている情報によると、カラ台湾は2023年のDEIやサステナビリティーの取り組みも群を抜いていたようだ。ブランドのソーシャルバリュー(社会的な価値)を掘り下げ、さまざまなコミュニティーに及ぼす影響力を測るクロスプラットフォームの指標「SAVI」を独自に提唱。これはコミュニティー主導の価値を分析するサービスで、社会的な価値をベンチマークし、競合ブランドとの位置関係を詳細に示して、ブランド価値を高めるための方向性や戦略を提案する上で役立つものだ。

またカラ台湾は、公平な職場文化を醸成するなどDEIの取り組みが評価され、Campaignの「エージェンシー・オブ・ザ・イヤー 2023」で金賞を受賞している。同社は、アンコンシャス・バイアス(無意識の偏見)についてワークショップやセミナーを通じた従業員教育を行い、従業員のパフォーマンスやビジネス成長を促すため「Thrive」を立ち上げた。Thriveはコミュニケーション戦略やクリエイティブプロセスの強化、クライアントを中心に据えたリード獲得に重点を置く社内のトレーニングプログラムだ。

さらに台湾市場では初となる冰點空調のメディアエージェンシーとなり、ESG(環境、社会、ガバナンス)の強みを幅広く提供しサステナブルな事業戦略を支援する「Media Responsible Procurement Agency Service Green Media Case」を立ち上げた。カラによると、このプロジェクトによって同社は科学的に算出した二酸化炭素排出量をメディアプランニングに採用した台湾初のメディアエージェンシーとなり、同社に割り当てられたマーケティング予算は前年比100%増になったという。

持株会社レベルでは、2023年10月に『2024メディアトレンド調査 ~The Pace of Progress~』を発表し、生成AI、収益化に向けた競争の激化、インテグリティー・エコノミクスといった重要な変化の要因を取り上げた。この調査では生産的で意識の高いブランドや事業へと引き上げるべく、メディアに携わる者に対して、いかに注目度を高めつつ二酸化炭素排出を抑えるか、炭素効率の高いプランの定義は何か、(環境のみならず)全体として無駄を削減しサステナブルなエコシステムを構築するかといったインサイトを提供している。

「ザ・コード」(人種的正義の実現のためのプログラム)や、データの正確性や透明性の向上に努める「セールスフォース・ネットゼロクラウド」など、昨年取り上げた取り組みについて追跡する十分なインサイトが無く、2023年の進捗についてはよく分からない。また、DEIやサステナビリティーの観点での主要なプロジェクトや取り組みについては、グループ全体として依然として焦点を当てている。これらの取り組みのレベルを同社が引き下げていないと仮定し、評価は「B(とても良い)」とした。

クリエイティビティー & エフェクティブネス( (C+)

「エージェンシー・オブ・ザ・イヤー 2023」でカラ台湾が金賞と好成績を収めた他、メディアエージェンシー・オブ・ザ・イヤー(中国)やインテグレーテッド・マーケティングエージェンシー・オブ・ザ・イヤー(中華圏)の銀賞を獲得した。また、メディアエージェンシー・オブ・ザ・イヤー(フィリピン)でも銅賞を授賞している。

だが台湾以外の地域において、特筆すべき作品が見当たらなかった。同社は2022年にバーバリー(Burberry)の夏季用モノグラムバッグのコレクション「TB」のキャンペーンで中国版TikTok「ドウイン(抖音)」と協働し、メタバース空間内のバーチャルファッションアイテムを発表するなど、予想を上回る成果を収めていただけに、残念だ。

2023年に関しては、上述したフードパンダやスタンダード・チャータード銀行の例を除き、カラが手掛けた作品で目を引くものはそれほど多くない。だが、2022年末のFIFAワールドカップ期間中にマレーシアで実施したピザハットのゲーム内広告キャンペーン「チーズ・コード(Cheese Codes)」は光彩を放っていた。このキャンペーンはリアルとオンラインゲームをつなぎ、ワールドカップの試合でゴールが決まるとゲーム内でピザのコードが表示される仕組み。電通によるとインプレッション数は800万回を超え、注文数は14%増、リーチ数は100万超、ゲームのアクティブプレイ時間は10万時間に達したという。

印象深い作品として、カラと電通クリエイティブが豪州で実施中の「ムード・ティー(Mood Tea)」も挙げられる。これは若者のメンタルヘルスの促進を目的としたプロボノキャンペーンで、900万ドル以上に相当するメディア掲載費を無償で提供した。動画に登場するのは、社会貢献のための製品だが味のためだけにムードティーを飲むと語る意地の悪い性格の男性で、慈善的な側面のみならずお茶としての品質の高さを強調している。電通クリエイティブの最高クリエイティブ責任者、アヴィシュ・ゴーダン氏が指揮を執ったこのキャンペーンは2021年の開始以来、約3,000万ドル分のメディア掲載費や、100社を超える企業からの支援を受け、業界から多大な支持を集めている

今年のカラの好調な財務実績を考慮すると、同社はクリエイティブな取り組みを数多く実施しているにもかかわらず、それが何らかの理由で世に知られなかったのだろうと推測している。そのため、この項目の評価は下げざるを得なかった。2024年には、評価できる作品の候補がもっと増えることを期待する。

マネジメント (C+)

2023年はカラにとって、経営的には厳しい年となった。その主な理由は、親会社である電通グループが効率性の向上やクライアントを中心に据えた成長をアジアで推進するため、大規模な組織変革を行ったことにある。主要なリーダー層の任命や戦略的な組織変更はコラボレーションの促進を目的としたものだったが、結果的に同社にさまざまな面で不安定感をもたらした。昨年は年間を通じて人員削減が行われ、特にカラの主要市場の一つである中国で顕著だった。

従業員削減の中で、リーダーシップ層の任命も数が少なかった。2023年のAPACでの人事(上述したインドと豪州を除く)で最も大きな異動といえば、プレルナ・メロトラ氏がAPACの最高顧客責任者に就任し、カラやアイプロスペクト(iProspect)、Dentsu Xなどメディアブランドを統括するようになったことだろう。同氏のAPACメディアCEOという権限は拡大し、クリエイティブ、メディア、顧客体験マネジメント(CXM)など電通のサービス全体でクライアントの体験を強化することに重点を置く。

また、カラ中国の統合クライアントサービス責任者を務めるアーロン・ジャン氏が、食品大手の康師傅(マスター・コン)との3年契約や、アモーレパシフィックなど複数の新規案件獲得を達成するなど、数々の画期的な作品を手掛けて売上増に貢献。この功績が評価され、Campaign「40 under 40」に選ばれた。

一方で、上述したローレン・スモール氏の他に、カラ・オーストラリアでクライアント・パートナーシップの責任者を務めたマット・エヴァンス氏も同社を去った。エヴァンス氏は6年在籍した後、新たな機会を求めてクリスマス直前に離職した。

大規模な組織再編の中で離職数などの適切な情報が無く、カラの離職率に変化があったかを判断することは難しいが、レイオフによって離職率は高くなったと推定する。APACのロブ・ギルビーCEOは、カラと電通の安定を維持してバランスを取り戻すべく尽力するが、これが2024年にどのような影響を与えるかはまだ分からない。現時点では不確実なため、評価は「C+(平均的)」とした。

メディアプランニング
メディアバイイング
戦略コンサルティング

*事業概要の比率に関する回答はなし

ビジネスプランニング
コミュニケーションプランニング
コンテンツへの投資
大規模なアクティベーション

*得意分野に関する回答はなし。公開情報より特定

カールスバーグ
蒙牛乳業
バイトダンス
プロクター・アンド・ギャンブル
ジョリビー
ピザハット
アモーレパシフィック
フェレロ
麦吉丽(Mageline)
南オーストラリア州観光局

*得意分野に関する回答はなし。公開情報より特定

自社評価に関する回答はなし

 

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