Narayan Devanathan
2021年8月20日

広告業界の負の連鎖を断ち切るには

広告業界は、共感能力と相互尊重の精神をさらに高める必要がある一方で、不毛な業界慣行にも敢然と立ち向かう必要がある。

広告業界の負の連鎖を断ち切るには

私は広告業界で25年以上働いてきており、幸運にも現場の最前線で苦労してきた経験が少なくとも8回はある。

誤解しないでほしいが、ここで自分の謙虚さをアピールするつもりはない。

仕事のことではなく、むしろ自分自身が、広大な宇宙から見れば塵のように小さな存在だと考える方が好きだ。

私が現場を経験するたびに学ぶのは、まず、トップまでの距離がいかに遠いかということだ。そしてトップの人々が、ビジョン、戦略、マージン、利益などの、息が止まるほど汎用的な定型句の先にある、日々の現実的業務からいかに遮断されているかということだ。

それにもかかわらず、上長と現場、すべての人を互いに縛り付けている鎖は、現場だけを痛々しく引きずり回している。

この連鎖について正しく認識することは重要だ。この連鎖は、束縛に耐えるだけの時間的、経験的、精神的、金銭的余裕がない人々を振り回し、ときに衰弱させるものだからだ。

次の例で考えてみよう。

「衝動に突き動かされた」某CEOが金曜日の夕方に、「破壊的」なアイデアをCMOにチャットしたとしよう。類い希な熱意を持つCMOは、それほど不運というわけでもないブランドマネージャーが週末に向けてフェードアウトしようとしていた瞬間(今の時代、それはおそらくただウェブカメラをオフにすることを意味する)、部員に向けて大声で指示を出す。

ブランドマネージャーは自問自答する。「なぜこの不幸を自分一人で受け止めなければならないのか。そうだこの苦しみをみんなで分けよう」。そしてすぐ、エージェンシーの営業担当に電話をかける。

営業担当は、エージェンシーのチーフから目標達成のプレッシャーをかけられ、自分が燃え尽き症候群になりかけていることを自覚している。それでも、力を振り絞り、週末を奪うこの怪物を退治しようと試みる。

「自分の仕事を愛するからこそ」と営業担当は自らを奮い立たせ、チームを招集してこの緊急の案件についてブリーフィングを行う。その案件とはCEOが深く考えずに発し、それに疑問を持つ余地もないCMOに引き継がれ、無気力なブランドマネージャーによって増幅され、情熱的な営業担当が引き受けたものだ。

この食物連鎖の別の側には、この狂気を止めようともしないエージェンシーのチーフがいる。チーフはチームに停止の指示を出すこともない。ブランドマネージャーやCMOに、これは受け入れ難い不健全な行為だと反論することもない。

「広告は仕事を超えた崇高なものだ」という大義名分のもと、チームはそれぞれの週末とささやかな幸せを犠牲にしながら、困難を乗り越えようと努力する。

アートディレクターは週末に、途中でダウンしてしまう。燃え尽き症候群と健康を優先できない状況の慢性化による、必然的な犠牲だ。

それでも不屈の営業担当は袖をまくり上げ、土壇場でフリーランスを確保するが、その費用は内製で行う通常のコストよりはるかに高くつく。

週末の間は仕事のことを頭から追いやっていたブランドマネージャーだが、月曜日の朝には、例の案件についてのメールをイライラしながら待っている。

若手や中堅の戦略チームやクリエイティブのチームが、この「試練」を「機会」と捉え、ろうそくに両端から火を付けるように働いている間も、権限があるクリエイティブ責任者はわざわざ「給与等級以下」の仕事はしない。

ブランドマネージャーは、メールが届くやいなや、その仕上がりに満足して、上司にそれを転送するが、それはすぐさま却下されてしまう。

ブランドマネージャーは営業担当に激怒する。ほんの数時間前、その仕上がりに満足していたことなど気にしない。そして、やり直しを求めるが、その期限は24時間以内だ。なぜなら、エージェンシーには創造性と体力がいつも用意されていて当然なのだから。

クリエイティブ責任者は、エージェンシーのチーフからこの惨状を聞いても、不運なチームのために抗議することもなく、さらにチームに追い打ちをかける。

「仕事を超えたものへの情熱」によって、この不可能をなんとか可能にすると、今度の提案はブランドマネージャーからCMO、そしてCEOへと順調に承認ルートを進む。しかしその時、当のCEOはすでに自分のひらめきとそれに伴う要求のことはすっかり忘れている。

こうして、プロジェクトは不名誉な死を迎えることになる。

だが話はこれで終わらない。すぐにCEOは別の要求を出してくる。決算発表の場で投資家に何かを言われたので、これに対応しなければならないのだ。

そして、また同じことが再び繰り返される。

ある日、CMOが競合するエージェンシーのチーフに、今のエージェンシーはいつも納品が遅いと愚痴を言う。日和見主義のライバルはまさにこのような機会を待っている。そして突然、今のエージェンシーのアイデアはそれほど素晴らしいものではなくなる。

「ピッチに参加させてほしい。あるいは、今のエージェンシーはそのままにしておいて、このプロジェクトだけは私たちにチャンスを与えてほしい。こうした短期間で制作される動画に魔法をかけることができる制作会社を知っている。任せてほしい」

そして、いつかは同じ立場になるだろうなどと考えることもなく、競合エージェンシーは業界の仲間を平気で裏切る。

「アナリストの予想を上回る記録的な業績」と、ウォール街に面したエージェンシー持ち株会社のCFOは独占インタビューで自画自賛する。CFOのボーナスと昇給は、組織の「効率化」によって保証されるが、一般従業員の人生はそれほどバラ色ではない。

どこかで聞いたような話だ。

思うに、読者の多くは、業界全体で繰り広げられる、これと同じような話を聞いたことがあるか、似通った出来事を知っているだろう。これは特別なケースではなく、日常茶飯事なのだから。

では、この負の連鎖を断ち切るにはどうすればよいのだろう?

共感力だけでは不十分なようだ。

何かもっと別のものが必要な気がする。

そう、それは正しいことのために立ち上がる勇気だ。

営業担当がクライアントに立ち向かうための

エージェンシーのチーフが、営業担当とそのチームのために立ち上がるための

競合エージェンシーのチーフが、共通目標のために立ち上がるための

クリエイティブ責任者が、権利意識を改め、本来の役割と進むべき道を思い出し、その態度と行動を変えるための

CFOが、プレスリリース上だけではなく、真に利益より人を優先するための

ブランドマネージャーが、上司に、要求は非現実的であり、エージェンシーに対する敬意や共感が完全に欠けているのではないかと問うための

CMOが、クライアントとベンダーの不均衡なパワーゲームではない、真のパートナーシップとは何かを説くための

CEOが、自身の深く考えずにとった行動によって引き起こされた結果を認めるための

業界団体が、あらゆるレベルとあらゆるステークホルダーとの関係において、より人間的なビジネス慣行を実現するという目的のために団結し、礼儀と相互尊重のルールを確立するための

業界に所属するすべての人が、負の連鎖を成り立たせているこの状況に抗議の声をあげるための、勇気が必要なのだ。

なぜなら、このビジネス慣行によって生じる最大の被害は個人のレベルにとどまらないからだ。業界全体に被害が及んでいる。最高の才能を惹きつけて維持する力や最高の作品を生み出す力が損なわれている。つまりクリエイティブパワーがダメージを受けているのだ。私たちが行っていることは、企業のビジネスに合法的に不当な利益を与えるだけだ。

この連鎖を断ち切るには、私たち全員が今すぐ行動を起こさなければならない。

もう一度、現場の最前線からの景色を見ることによって。

「ノー」と言うことによって、今よりずっと多くのことができるようになるはずだ。


ナラヤン・デバナサン(Narayan Devanathan)氏は電通ソリューションズインドCEO兼電通Creative LoBにてAPAC戦略、コンサルティングをリード。

提供:
Campaign; 翻訳・編集:

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