Barry Lustig
2018年3月29日

広告界を襲う、「世紀の空売り」

マーケティング界の「気候変動」を否定する広告代理店の持ち株会社が今、極めて厳しい状況にある。生き残るためには、現実を見据えた変革が不可欠。その先には「栄華」も見えてくる。

広告界を襲う、「世紀の空売り」

この数週間、WPP株が大きく下落している。競合他社も同様だ。確かに、WPPの包括的戦略は失敗だったのかもしれない。同社のよく知られるウイークポイントは、ブランドやバックオフィス機能の統合、総合的な企業買収戦略などで動きが鈍いことだ。それに加え、メディア市場が根本的に変わり、重要クライアントの多くが新たな競合相手や物言う投資家たちからのプレッシャーにさらされている事実も見逃せない。
WPPだけでなく広告界全体も同様で、ほぼ全ての持ち株会社が同じような危機に直面している。

事業を変革する(あるいは我々に合うよう事業を変える)上で我々が忘れてはならないのが、総合的な財政面での競争力だ。

出典:ブルームバーグ

3月21日付のブルームバーグマーケッツは、業界で最も影響力のある持ち株会社の業績を示すデータを掲載した。英国のWPP (WPP:LN)、米国のオム二コム (OMC:US)、フランスのピュブリシス(PUB:FP)、そして日本の電通 (4324:JP)などだ。数字で見れば、WPP株の下落はこの1年で32.5%と他の持ち株会社より大きい。それでも、業界自体の趨勢は明らかだ。オムニコムは約14%の下落、ピュブリシスは他社よりも早くブランドや事業の統合を始めたせいか、若干良く約ー8%。電通は23%下落した。理由は日本での業績不振で、収益の大部分は海外事業からだ。

確かにこれは、完璧とは言えない単純化された分析だろう。それでもSPY(S&P 500連動ETF)が同時期に15%以上上昇したことを考えると、ここで示す数字が良い傾向を表しているとは言い難い(S&P 500は、米国の証券取引所に上場された多分野の代表的銘柄で構成される株価指数)。

プロの投資家にとって、広告界の短期的な財政の脆弱さは買い時を意味するのかもしれない。では、この下落が長期的傾向ではなく短期的なのかどうか、同じ株価の動きを5年のスパンで見てみよう。

出典:ブルームバーグ

上記のデータから考えると、これらの株の脆弱さは短期的現象には見えない。代理店持ち株会社の株の動きは、米国をはじめとする大半の国の株式市場に照らし合わせてみても低調だ。例外と言えるのが電通で、他社と同様の傾向にあるものの、日経225種平均株価を14%下回るだけ。S&P 500連動ETFのSPYと比べても、やはり過去5年間で−14%ほどだ。ちなみに電通は2013年にイージス(Aegis)、2016年にマークル(Merkle)社を買収している。

3月14日付の英フィナンシャルタイムズ紙は、「世界の大手広告会社の株価下落を見込んだヘッジファンドの売り持ち高が30億米ドル(約3180億円)以上に達した」と報じた。我々の業界の財政的基盤の弱さは、もはや内輪だけの問題ではない。ヘッジファンドなど機関投資家たちは、この業界が下降線を辿っていることに既に気づき始めている。

同記事によれば、ヘッジファンドはオムニコム株を22億ドル(同社の株式時価総額の約13%に相当)まで空売りした。更にインターパブリックには4億2600万ドル、ピュブリシスには2億8000万ユーロ(約372億円)の賭けを仕掛けた。WPP株に9億2000万ポンド(約1400億円)賭けた空売り投資家たちは、同社の最近の業績不振で巨額の利益を獲得、株の乱高下に拍車をかけた。

空売り投資家たちは混乱を生み出すが、楽天的かつ長期的に見ればポジティブな存在とも言える。持ち株会社に非効率性の根絶や成長戦略の転換、経営陣の改善、全体的なコーポレートガバナンスの変革などを強いることができるからだ。にもかかわらず、あなたの親会社がまたも「業界最高クラスのマーケティング会社」を買収し、それに安堵していることにあなたが呆れているのなら、投資家たちも同じ意見に違いない。

広告代理店の経営陣の多くは、理解不能で手に負えない行動を取ることがある。斬新な独自の収入源に投資するのではなく、よく言っても「右に倣え」的な提案でその場しのぎをすることに熱を上げるのだ。例えば、広告代理店がマネジメント会社やデザインコンサルタント会社と競うことがバランスシート改善の上で現実的な道だと、あなたは心底思うだろうか。言い方を替えれば、代理店が長期にわたり財政的成功を収めることに、あなたは退職後の貯蓄を賭けるだろうか。

空売り投資家や物言う投資家たちは、「侵入者」として捉えるべきではない。代理店に進化を促す上で、強力かつ重要な役割を担えるからだ。たとえ彼らの動機が利他的ではないにしろ、彼らはイデオロギーに固執しているわけではない。あなたの企業が持続的な成長を遂げていると納得すれば不当な賭けはやめるだろうし、社内のガバナンスや企業戦略が改善していれば、物言う投資家たちは会社経営陣にとってトラブルメーカーではなくなるだろう。

たとえどんなに深刻であっても、いつの時代の混乱も好機と捉えるべきなのだ。株主利益率というプレッシャーにさらされることがない非上場の小規模代理店は、(もし大きなスケールの事業に対応できるのなら)大手代理店と競う機会が増えるかもしれない(新たな競合相手である経営コンサルタント会社は非上場の場合が多い。自ら設定した目標達成のため、大きな支配権が確保できるからだ)。

駄洒落をお許しいただきたいが、あなたは「お株」を奪われないようにするべきだ。もし自分の仕事が好きで、客観的に見ても有能なら、あなたは大丈夫。たとえあなたの代理店がプレッシャーにさらされても、代理店に対する需要がすぐになくなるわけではない。自分の仕事を最後までやり遂げれば、あなたへの需要はさらに増すだろう。

将来の変革を生き抜ける自信がないのなら、今の仕事の腕を更に磨き、自分自身に投資をすることが確実な「戦略」だ。何かを学ぶのもいいし、本を読むのもいいだろう。もし管理職の地位にあるのなら、自分の専門に磨きをかけよう。

代理店持ち株会社という「恐竜」の時代も、我々が知るように終わりを告げる可能性がある。それは明日ではないが、遠くない将来だろう。結局のところ、我々に変化を強いる「隕石」となるのは、我々の弱点に攻め込み、我々の再生から利益を得ようとするプロの投資家たちなのかもしれない。もしそうなれば、あなたの広告界でのキャリアにとって、そして持ち株会社にとっても良いことだろう。恐竜も、鳥へと進化できたのだから。

(文:バリー・ラスティグ 編集:水野龍哉)

バリー・ラスティグは、東京を拠点とするビジネス・人材戦略コンサルティング会社「コーモラント・グループ」のマネージングパートナーを務める。

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