David Blecken
2016年6月16日

CMはテレビCMだけではないと、そろそろ気付いては?

変わりゆく日本のクリエイティブ事情を追う「日本のクリエイティビティーを語る」シリーズ。今回はハワイ出身で日本に長く在住するプロデューサー、ジュリー・トーマス氏の視点をお届けする。

CMはテレビCMだけではないと、そろそろ気付いては?

トーマス氏は東京を拠点とする制作会社AOI Pro.に25年在籍し、現在は同社のチーフ・クリエイティブ・コーディネーターを務める。同氏が日本に惹かれたきっかけは、日本の映像制作への深い敬意だった。2009年の金融危機以降、CM制作が変わってしまったように感じつつも、トーマス氏はCMの未来は明るいと見ている。

2009年の金融危機の、CM制作への影響は?

リーマンショック以前の制作業界は、実にクリエイティブに伸びていたと思う。広告会社はアイデアに命を吹き込むことに誇りを持っていた。それが、リーマンショックで全て台無しに。国際的なディレクターとの仕事はなくなり、予算は削減され、ぐんと内向きになった。しかし、ディレクターになるプロセスは変わっていない。ディレクターを目指すのにプランナーから始めなくてもいいのに、日本ではプランナーから始めるのが良いと思われている。早く制作に携わった方がディレクターとしての腕も上がるのに。この状況は少しずつ変わりつつある。

今年3月のアドフェストでフィルムクラフト部門の審査員をして、印象に残ったことは?

アドフェストでは、潤沢に制作費をかけられる日本とANZが圧倒的だった。中国やインド、他の地域の作品をもっと見たかった。グランドロータス賞を受賞したLED照明「OCEDEL」の「Firefly Man(ホタル男)」は圧倒的に良かった。見るたびに新しい発見がある面白い広告の裏には、制作の素晴らしい技がある。

しかし、一般の視聴者は広告制作の技には関心がない。視聴者の目線で、大切なことは何でしょう?

広告から「間(ま)」を、つまり何も考えない瞬間を感じることができれば、その広告にはエンターテインメント性があるということ。一番大事なのは、もちろんストーリー。もし作品に対する思い入れのない人が制作に関わることでストーリーの良さが失われてしまったら、ストーリーを生み出したクリエーターには気の毒なことだ。

CM制作において、日本がアジア諸国と異なる点は?

日本は今まさにテクノロジーブームの最中で、ストーリーを表現するのにさまざまなテクノロジーを使っている。オーストラリアは独創的で、ショックを与える手法を多用している。アジアの他の国々は今も、物語性や人間味に軸足を置いている。中国は特にストーリー性を重視していて、人生の意義を考えさせるものが多い。時にわざとらしいストーリー設定もあるが、それでもSNSでシェアされている。人気なのは、悲しい話や幸せな話だ。日本がテクノロジーに注力するのを悪いとは言わないが、視聴者とのつながり方が異なってくる。

CMの使い方について、日本のブランドに望む変化は?

多くの企業がテレビCMを放映し、それをYouTubeにコメント機能を無効にして載せている。これでは一方的で、YouTubeというメディアでのユーザー体験を考慮していない。多くのブランドがYouTube、Facebook、Instagram、Twitterなどのメディアにコンテンツを投稿するようになってきているが、既存コンテンツをそのまま投稿すればよいというものではない。それぞれのプラットフォームでのユーザー体験がどのようなものかを考えるべき。テレビ向けとYouTube向けという具合にメディア毎に異なるキャンペーンを依頼してくる日本のクライアントは現状ではほとんどいないが、今後増えてほしいと思う。

YouTubeを使う理由は、シェア機能にある。コンテンツを載せながらコメントさせないのは、ソーシャルではない。ブランドはリスクを取って視聴者にコメントさせ、ソーシャルメディア担当のマネージャーに対応させた方がよい。

コメントさせないのは、コンテンツに自信がないからでしょうか?

それもあるだろうが、それ以上にコメント対応という面倒を避けたがっている。ファンと良好な関係を築く大切さをクライアントに理解してもらう努力を、広告会社のアカウントエグゼクティブはしていない。

日本でオンラインファースト(オンラインを起点とした制作)に真剣に取り組んでいる人は?

まだいない。アメリカですら、まだオンラインファーストの準備が整っておらず、広告費の最大の投入先はいまだにスーパーボウルだ。いずれ均衡してくるとは思うが、今はまだテレビCMが大きい。AOI Pro.では今年をオンライン動画の年と位置付け、各フォーマットの特徴や動画シェアのされ方を分析している。上手くいけば、特定のソーシャルメディアやプラットフォーム向けのコンテンツ制作で当社が主導権を握ることができるだろう。

オンライン動画のプロデューサーはテレビCMのプロデューサーよりも地位が低い、オンライン動画はテレビCMほど重要ではない、との認識がいまだにある。これを変えたい。

どのようにして変えていきたいか?

理解を深めることが肝要。予算を握っている人がソーシャルメディアの力を理解していない場合が多い。アカウントエグゼクティブがそこを説明してくれない限り、変化は望めない。しかし、InstagramやFacebook専用に制作されたコンテンツが賞を取れば、状況は一変するだろう。国際的な賞でなくとも、何か一つ賞を取れれば。

(文:デイビッド・ブレッケン 編集:田崎亮子)

提供:
Campaign Japan

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