広告業界は、最新テクノロジーのトレンドに真っ先に飛びつくことで悪名高いが、広告業界のカンファレンスほどそれが顕著に現れる場は他にない。
しかし、業界で働く人の中には、業界が人工知能(AI)に夢中になっていることに警戒感を強めている人もいる。業界がこの強力なテクノロジーのリスクと責任に適切に対処しておらず、他の重要な問題から注意とリソースを逸らしていると考えているからだ。
夏の小休止を終えて、米国にカンファレンスの季節が戻ってきた。その幕開けを飾るアドバタイジングウィーク・ニューヨーク(AWNY)のイベントスケジュールは、業界の現在の優先事項や投資先を知る、有益なバロメーターになるだろう。
AIは、予想通り今回のカンファレンスで最大のトピックとなっており、30以上のセッションで主要テーマに取り上げられている。(と、ChatGPTが教えてくれた。私自身も調べて確認した)
生成AIは、間違いなく我々の働き方に、革命を起こす可能性を秘めている。しかし、偏見や誤情報を増幅させ、労働市場を混乱させる危険もある。この問題は、ハリウッドのストライキや規制措置が急がれる原因となっている。
カンファレンスのパネルディスカッションでは、こういった問題も取り上げられるかもしれない。しかし、AWNYの各セッションの概要を見れば、AIがいかに素晴らしいビジネス成果をもたらし、メディアプランに効果と効率をもたらし、適切でパーソナライズされた顧客体験を提供するかといったテーマばかりが目立つ。AIのポジティブな面ばかりを取り上げ、リスクに正面から取り組むことを避けるこの業界の姿が浮き彫りになっている。
中には、生成AIがいかに子供にとって「より安全な」広告を生み出すか、いかにアドテク業界の持続可能性を向上させるかなど、AIを業界課題の万能薬と位置づけるセッションさえある。しかし、AIにはそうした課題をむしろ悪化させる危険性もある。ユーチューブの「子供向け」コンテンツに掲載された広告に関する調査会社アダリティクス(Adalytics)の最近のレポートによって、AIを搭載した広告エンジンのリスクが明らかになった。そして、AIのためのデータセンターは、CO2排出量を大きく増加させ続けている。
「今、業界でAIがこれだけ騒がれているのに、過去の過ちを繰り返さないための議論、つまりプライバシー保護や、データ利用における責任、AIに求められる倫理性などに関する議論が、まるで取り上げられていないように見えるのは驚くべきことだ」と、UMの元最高プライバシー責任者、アリエル・ガルシア氏は言う。
エージェンシー、メディア、ハイテク企業は、AIモデルの訓練にどのようなデータが使われているのか、知的財産や機密情報はどのように保護されているのか、AIはどのように意思決定を行っているのか、といった懸念事項にもっと真剣に取り組むべきだとガルシア氏は指摘する。
「十分なガバナンスがなければ、AIは多くのリスクを見えなくし、不透明性をさらに増大させる恐れがある。「グーグルのパフォーマンス・マックス(P-MAX)のようなAI搭載プロダクトの導入が進む中、広告主はコントロールを放棄し、一層透明性が低下することに抵抗感はないのだろうか?
業界は、特にイスラエルとハマスの戦争に関する偽情報が氾濫する中では、誤情報の拡散を悪化させるAIの役割にもっと注意を向けるべきだと、オムニコム傘下のエージェンシー、GSD&Mのチーフ・メディア・オフィサー、デイブ・カーシー氏は指摘する。
「最近の出来事を考えるとき、もっとも気になっているのは、誤情報の氾濫やその悪影響だ。そして何より、みんながそれを話題にしているにも関わらず、実際には、誰も何もしていないということだ」とカーシー氏は言う。「誰もがAIについて語るが、AIの本当の影響は、誤情報や個人思想を拡散することでコンテンツの分断に拍車をかけることだ。個人的には、イスラエルとハマスの間に起こっていることを考えるだけで、大きな恐怖を覚える」
広告業界はなぜ目新しいものにこだわるのか
広告業界には、壊れたバケツを修理せずに流行を追いかけてきた歴史がある。
デジタル・マーケティング・エージェンシー、アカディアのCEO兼共同設立者であるジャレド・ベルスキー氏によれば、広告業界の集まりでは、AIのような「光り輝く飾りもの」ばかりに注目が集まり、人材リクルートやチャネルテストといった「じゃがいもと肉」、つまり広告ビジネスの基本的な要素については、「あまりに焦点が当たることがない」のだという。
「ほとんどのエージェンシーとクライアントにとって、今一番の課題は人材問題だろう。それにもかかわらず、誰もこのテーマに焦点を当てようとしていない」と彼は付け加える。
業界内での対立という「束縛き」から逃れるため、先月、UMでの職を辞したガルシア氏は、業界情報誌アドエクスチェンジャーのコラムにも書いているが、カンファレンスではエージェンシー文化のあり方についてもっと深い議論をする必要があると考えている。
「多様性や透明性、倫理に関わる問題は、エージェンシー幹部と従業員との間で不満や分裂を引き起こしている。そしてそれは、燃え尽き症候群、人材の枯渇、オフィス復帰への抵抗など、さまざまな形で現れている」と彼女は言う。「このような文化的な溝は、解決されないままだと他に波及する傾向があり、必然的に仕事の質や業績に悪影響を与えることになる」
またAWNYでは、サードパーティクッキー消滅の影響など、アドレサビリティや個人IDに特化したセッションは数多くあるものの、EUのデジタルサービス法やカリフォルニア州の「削除法」、健康データ規制の拡大など、新しい規制がもたらす「激震級の変化」を掘り下げたものはほとんどないと、ガルシア氏は言う。
AWNYでは、妊娠追跡アプリが、ユーザーデータを収集・分析する「貴重なツール」としていかに役立つかを議論するセッションさえ予定されていると、ガルシア氏は指摘する。ロー対ウェイドの判決(妊娠中絶の合法化)が覆されて以来、このような健康データへの監視が強まっていることを考えれば、これは憂慮される事態だろう。
マーケティング・コンサルタント会社イービクイティのチーフ・ストラテジー・オフィサー、ルーベン・シュルース氏によれば、問題のひとつは、誰も「破滅論者」の烙印を押されたくないということだ。
「モバイルであれ、Web3であれ、ブロックチェーンであれ、AIであれ、我々は従順な羊の群れのように、次の新しい何かに向かって集団で動き続けている。だが今も、業界を揺るがすような抜本的な問題はまだいくつも残っている」と彼は言う。
化石燃料企業の成長が環境に与える影響から、銃器に関する広告の掲載、データ収集が人権に与えるリスク、誤報や詐欺を助長する不透明なアルゴリズムやサプライチェーンまで、これらは皆非常に危険な問題だ。だが、簡単な解決策もある。
「AIやWeb3とは関係なく、メディア予算を管轄する人たちが一致団結して行動するだけでいい。質の高いジャーナリズムに積極的に投資し、『広告のために作られた』ジャンクサイトを買うのをやめる。マイノリティが運営するメディアに積極的に予算を配分し、サプライチェーンから過剰な炭素排出を取り除く。これらの行動は、シンプルだがインパクトは大きい。そして、今すぐ実行できる(そして実行すべき)ことのほんの一部に過ぎない」
AWNYでは、銃による暴力をなくすために業界はどんな貢献ができるか、薬物使用障害と戦うために業界は何ができるかなど、確かに特定の問題に取り組んでいるセッションもある。しかし、全体としては、テクノロジーやメディアの革新ほど、アクティビズムは一般的なテーマとはなっていない。
デジタル広告によるCO2排出量の追跡会社Scope3の共同設立者、ブライアン・オケリー氏は、業界の不作為は自己満足の結果だと言う。
「アル・ゴアの『不都合な真実』と同じなのだ。今やっていることを続けていればまだ儲かる。リスクもチャンスも関係ない。そのままが、一番都合がいいという考えだ」とオケリー氏は言う。
彼はその一例として、「広告のために作られた」在庫が、いかに広告費と排出量の無駄遣いになっているかを示す証拠はたくさんあるのに、いまだにそれらがメディアプランに登場していることを挙げた。
「誰もが基準を作ろうと騒いだが、実際には誰も行動を起こさなかったし、何ひとつ解決しなかった。いつも別の理由、何もしない言い訳があるのだ」
Scope3の脱炭素化ミッションを加速させるために、シリーズBで2000万ドルの資金を調達したばかりのオケリー氏は、炭素削減も同じ運命をたどるのではないかと心配している。
広告業界のこのような怠惰な態度が、ユーザー体験にどんな悪影響を与えるのか、業界にどんな衝撃をもたらすのか、そういったテーマが、ほとんどのカンファレンスには欠けていると、スパロー・アドバイザ-ズの代表兼共同創設者、アナ・ミルセヴィッチ氏は言う。
「一般の人々は、毎日殺到する何百という広告を見てどう感じているのだろうか?統一のない広告体験、誤ったターゲティング、煩わしい広告フォーマット。これをどう思っているのだろうか?だが私たちは、そういう一般の人々のことを立ち止まって考えることはめったにない」と彼女は語った。