Shawn Lim
2022年9月16日

メディア業界、「脱炭素化」へのアプローチ

パブリッシャーやプラットフォームと協働し、脱炭素化に積極的に取り組む広告主が増えている。だが、業界の規範や測定基準はなく、その道のりは平坦ではない。

メディア業界、「脱炭素化」へのアプローチ

脱炭素化への広告主の積極的な姿勢が、メディア企業を変えつつある。全てのメディアチャネルのカーボンフットプリント(CFP、商品・サービスの原材料調達から廃棄・リサイクルに至るまでのライフサイクル全体を通して排出される温室効果ガスの排出量をCO2に換算したもの)を正確に把握、公表した上でその削減に取り組む −− こう公約する主要メディア企業が増えているのだ。

例えばスウェーデンのテック企業シーンディス(SeenThis)、スタートアップ企業グッドループとパートナー契約を結んだグループエム(WPPグループ)、同じくアドテク企業スコープ3と協働するダブルベリファイ……。これらの企業は広告キャンペーンのCO2排出量を測定する新たなメソッドをつくり上げた。

「こうした取り組みでは、2030年までにメディアサプライチェーンの脱炭素化を実現するとしている。とても明るいニュースです」。こう話すのは、スコープ3の日本及びアジア太平洋地域(APAC)責任者ジューン・チュン氏。

「しかし目標とするのは、多額の予算を使う広告主のCO2排出量をこれ以上増やさないということ。我々が理想とするのは、広告予算を活用して大気中のCO2濃度を減らす枠組みをつくり上げることです」

「現在、我々が抱える大きな課題の1つはCO2の測定方法。メディアサプライチェーンのCO2排出量とその影響を把握すれば、脱炭素化のプロセスは明確になる。データセットを規格化することで、ブランド(広告主)やエージェンシー、パブリッシャー、プラットフォームは脱炭素化に向けたメディアサプライチェーンの最適化ができるのです」

そのためには2つのステップがある、と同氏。「1つはブランドとエージェンシーが広告枠を購入する優越的立場を行使し、メディアサプライチェーンの活動を変えること。2つめは、パブリッシャーとプラットフォームがアドテクノロジーを積極的かつ有効に活用し、CO2排出量を最小限に抑えること。広告主は目標を達成したら、彼らに報酬を与えるようにするべきです」

“サプライチェーンのアドテクを最適化すれば、無駄を排した効率化が実現できる。同時にブランドとエージェンシーは、CO2排出量を含めた全ての指標でより効果的なキャンペーンが展開できる。これこそが好循環であり、複雑化するメディア業界におけるシンプルなソリューション −− ジューン・チュン氏”

シーンディスのAPAC担当ゼネラルマネージャー、トム・ジョーンズ・バーロウ氏が指摘するのは「全ての広告主が再生可能エネルギーを活用するサプライヤーを選ぶことはできない」ことだ。「例えばシンガポールのような市場では、それはほぼ不可能な選択でしょう」

同社にとっての喫緊の課題は、「効率性を可能な限り高め、無駄を省く手法を見つけ出すこと」

「マーケターはデータ活用とエネルギー消費の関係性をやっと理解し始めた。消費者に送りつける無駄なデータをいかになくすか、我々は早急に解決法を見出さねばなりません」

インターパブリックグループ(IPG、ホールディングカンパニー)は科学的根拠に基づいた気候目標を設定、2030年までに全ての消費電力を再生可能エネルギーで賄うと発表した。さらに、2040年までに全ての事業における脱炭素化を実現するという。

「現在はクライアントと協働し、メディアがもたらす影響の把握に努めています。現状が理解できたら、CFPを減らす対策に取り組んでいく」と話すのは同社サステナビリティ及びコミュニケーション担当ヴァイスプレジデント、ジェマ・グールド氏。

「こうした課題に取り組む際は、業界の測定基準を適用することが重要。まず基準値を設定し、メディアのCFPを測定する。その後クライアントと協働して、脱炭素化を実現させる」

CFPをいかに削減するか

メディア業界のCFP削減のカギとなるのは、データセンター、コアネットワーク、コンテンツデリバリーネットワーク(CDN)、アクセスネットワーク、エンドユーザーデバイスの5つの要素と、「業界のエネルギーに対する飽くなき渇望をいかに抑えるかにある」とチュン氏。

これらの精査とは別に、スコープ3は各企業に対し「全てのチャネルにおけるインプレッション毎の排出量を測定すべき」と働きかける。また、プロジェクト毎の排出量に関するKPI(重要業績評価指標)を年内中に策定するべき、とも。

各社の測定基準や指標が定まれば、スコープ3はパブリッシャーやプラットフォームとともに「CFP削減に向けて協働できる」。

その一環として、スコープ3は「グリーンメディアプロダクツ」を導入した。これは同社データに基づいたCFPを減らすソリューションで、企業が二酸化炭素を減らすプロジェクトに支出した分、排出量が相殺される仕組み。グリーンメディアプロダクツ自体にも、そうしたシステムが内包されている。

「ブランドやエージェンシーがメディアプランの一環としてCFPを減らすプロダクトに支出すれば、それだけCFPは減少する。こうしたソリューションのインベントリーソースは普段エージェンシーが使用するインベントリーブランドと同じもの。ですから支出を増やしたとしても、パフォーマンスやスケールに悪影響が出ることはありません」(チュン氏)

左上より時計回りに: ジューン・チュン、ジェマ・グールド、エイミー・ウィリアムス、トム・ジョーンズ・バーロウ、クリスタル・オリヴィエリ、ドミニク・パワーズの各氏


シーンディスが開発したダウンロードのテクノロジーとストリーミングは、「キャンペーン全体を通じて使われるデータの無駄を著しく省く」とジョーンズ・バーロウ氏。

例えば、シンガポールで展開されたアルコール飲料メーカーのキャンペーン。この技術を活用した同メーカーは、ストリーミングに関して1年間のCO2排出量を少なくとも1万2000kg抑えたという。これは自動車10台分の1年間の排出量、あるいは地球を2周する排出量に相当するという。

「物的インフラストラクチャーは目に見える要素ですが、データ転送におけるエネルギー消費はインターネットのCO2排出量の3分の1を占めている。つまり広告に使うデータを全てのタッチポイントで減らせば、CFPは劇的に減らせるのです」

電通インターナショナルのAPAC担当チーフグロウスオフィサー、ドミニク・パワーズ氏は、同社が「100%再生可能エネルギーで稼働している」と話す。「再生可能エネルギーへのアクセスがない市場では、カーボンオフセット(CO2排出量を相殺する活動)を適用しています」

「同様のことがデータセンター業界でもできるはず。データセンターのエネルギー消費は莫大です。ただちにエネルギー源の見直しを図るべきでしょう」

「我々の業界もデータセンターのプロバイダーと協働し、アドバイスすることは可能。他の業界に働きかけて彼らを動かすこともできるでしょう。しかしやはり重要なのは、データセンターが自発的に取り組みことです」

業界全体の取り組みを

「アド・ネットゼロ」のような業界を1つに束ねる取り組みは、気候変動対策として極めて重要だ。具体的成果を目標に掲げるアド・ネットゼロやアドグリーン(AdGreen)にはすでに多くの広告主やエージェンシーが賛同し、支援を続けている。

「パブリッシャーは自社のアドサーバーと気候変動に関する情報に責任を持つ。そしてサイトを出来るだけ軽くし、ダウンロードをしやすくしてCO2排出量を抑える。需要を生む広告主側にも責任があります。広告を制作し、消費者の需要を煽って業界を活性化しているのは広告主ですから」

「広告主はアドサーバーからサプライチェーン、パブリッシャーのページに至るまでエネルギー消費量に責任を持ち、説明責任を果たすべき、というのが我々グッドループの考え方。パブリッシャーは責任を持って環境への負荷を減らし、ユーザーはデバイスの影響を最小限に抑える。それぞれのプロセスに携わる人々が責任を持つことで、CFPを減らす対策が具体化するのです」

信頼される広告主に

多くの広告主は、効果を発揮している現在のチャネルからCO2排出量の少ないチャネルへ広告をシフトすることに乗り気ではない。となると、急速に広がりつつあるメディアサプライチェーンの脱炭素化に呼応する明確な規準を、業界はつくり出せるのか。

グループエムのグローバルチーフイノベーションオフィサー、クリスタル・オリヴィエリ氏は、「CO2排出量の少ないチャネルに広告をシフトすることはあくまでも進歩(evolution)であって、革新的な行為(revolution)とは言えません」と話す。

チャリティーと広告を両立させるプラットフォーム、グッドループの創業者でCEOのエイミー・ウィリアムス氏は、「それぞれの枠組みが違っても基本的な考え方は皆が共有している」と指摘する。

例えば、広告提供やデータ転送の際に消費される電力、あるいは1kWないし1kJの電力のCO2排出量は「業界全体が把握している」

「こうした事実をどう解釈し、どのような対策を導き出すかが相違を生み出すのです」

グッドループはスコープ3やシーンディスと協働を始めたことで、「各クライアントは共通認識を持っていることがわかった」。ゆえに課題とどう取り組み、どう解決策を打ち出すか業界全体で歩調を揃えることが肝要だという。

グループエムは技術力強化やメディア削減を目指すクライアントに対し、環境に負荷の少ないソリューションを生み出すプラットフォームや新しいテクノロジーの活用を積極的に奨励する。

「協働する全てのプラットフォームやパブリッシャーから有用なデータを取得できるよう、クライアントをサポートしていきたい。そして、広告制作の第一段階でCO2を削減できるノウハウを確立したいと考えています」

サービスや製品のライフサイクルでCO2排出量を把握するCFPは、「エージェンシーが直接的に関与できるサプライチェーン活動の一部に過ぎない」。また、消費者のデバイス利用法もエージェンシーは関与できない。

「サプライチェーンにより良い手段を奨励できても、強制はできない。そうした部分を補完できるのが、スコープ3のようなベンダー。CFPがブランドセーフティやブランドスータビリティ(適合性)といった概念と同じレベルに昇華すれば、環境負荷の小さい製品と大きい製品が混在するような状況にはならないのです」

「どのプロセスでCO2が排出され、どうしたらそれを減らせるか −− それが明快にわかるデータの『民主化』が業界の向上につながる。全ての企業は、全てのサプライチェーンに排出量を減らすよう働きかけてほしい。サプライチェーンの最適化は、脱炭素化に向けたプロセスのほんの一部に過ぎません」

チュン氏は、「広告主がCO2排出量の少ないメディアを選ぶことは決してパフォーマンスであってはならない」という。「広告主はメディアに支出する立場とその影響力を行使して、全てのメディアサプライチェーンに組織的変革を促し、脱炭素化を実現していかねばなりません」

その手始めとなるのが、信頼できるデータを用いて広告キャンペーンのCO2排出量を測定することだ。次に、データに基づいてパブリッシャーやプラットフォームと協働し、排出量を削減する。さらにはそれを実現し、秀逸なパフォーマンスを行ったメディアに報酬を与えることも重要だろう。

「スコープ3とパートナーシップを組んだことで、あらゆるプロセスのCO2排出量が明確になった」と話すのはダブルベリファイのAPACセールス担当ヴァイスプレジデント、コンラッド・タラリティ氏。「その結果をダッシュボードに掲載し、広告主が現状を把握して、どういうソリューションが望ましいか判断できるようにしました」

「今は年内に発表する新製品を開発中です。この製品には、広告キャンペーンのCO2排出量をモニタリングできる特別な測定法が含まれている。まず正確な測定を実現し、それから対策を練る。最終的には、ブランドがサステナビリティ目標を最適化できるようサポートしていきたい」

(文:ショーン・リム 翻訳・編集:水野龍哉)

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