Kosuke Sogo
2018年1月11日

慣れ親しんだマーケティングに別れを告げ、AIと共に歩む

機械学習がパーソナライゼーション(個々に向けた最適化)やストーリーテリング、マーケターの役割に及ぼす影響とは。アドアジアホールディングスCEOの十河宏輔氏が未来を見据える。

慣れ親しんだマーケティングに別れを告げ、AIと共に歩む

「プログラマティック」という言葉を覚えるよりも先に状況が変わってしまうのが、今日のマーケティング業界だ。アジアのマーケターや広告主がオンライン広告の変化に向き合おうとした時には既に、人工知能(AI)はこの業界に根をおろしていた。

昨年は、プログラマティック広告の全容をきちんと理解すべきだとマーケターが気付き、透明性への懸念が業界内で高まった年だった。そのためITベンダーや業界団体、政府機関は、人材のスキル向上と次世代のマーケター育成に向け、研修や人材紹介事業を推進した。

十河宏輔氏


同時に、プライベートマーケットプレイス(限定された広告主とメディアによる取引手法)が興隆し、プログラマティック広告のサプライチェーンや取引の透明性確保に貢献した。

好むと好まざるとに関わらず、マーケティングと広告は既に進化の直中にある。しかも今回の進化は、機械学習の台頭も伴ったものだ。AIの一部である機械学習は現在あらゆる用途に使われており、多くのマーケティング・オートメーション・プラットフォームやDSP/SSPに搭載されている。

自然言語処理と画像処理の能力は高まっており、業界内でAIが大々的に取り上げられるのは当然の流れといえる。AIは、真にパーソナライズされたマーケティングと広告を実現していくだろう。

パーソナライゼーションに向け、あらゆるものをつなぐ

私が昨年予測したのは、IoTの観点から「すべてがつながる」世界の到来だった。音声アシスタント市場の成長や、音声検索や音声広告がもてはやされたという点において、この予測は当たったといえる。

今年はIoTの観点からではなく、サイロ化された企業アプリケーションの「コネクテッドネス(つながり)」に着目している。

ではコネクテッドネスを、パーソナライゼーションの視点から見ていこう。

2017年、アジアでは広告素材を自動で組み合わせて最適化する「ダイナミック・クリエイティブ・オプティマイゼーション」への需要が高まり、マーケターはユーザーの行動に基づいてクリエイティブをカスタマイズすることが可能になった。ただし今までのパーソナライズド広告は、絞り込んだターゲットごとに異なる広告を表示するものが主流であった。

ここにAIを導入したらどうなるか。学習、コンテクスト理解、パーソナライズド・レコメンデーション、ソーシャルインテリジェンスなどが事業アプリケーションをつなぐ力となるだろう。そして、パーソナライズドマーケティングを次のステージへと押し上げると考えられる。

旅行を例に考えてみよう。メールのエンゲージメント、ソーシャルメディアでのコメントや投稿、従業員データ、旅客機のリアルタイムでの空席情報などを活用すれば、ユーザーとより深いエンゲージメントの構築が可能だ。

欧州連合(EU)の一般データ保護規制(GDPR)の施行が迫る中、組織が所有するデータの価値が(アジアにおいても)高まっていくだろう。さらには、アジア独自のプライバシー規制が改正されたり、あるいは新しく制定される可能性もある。

ストーリーテリングに生命を吹き込む

これがマーケターや広告主にとって意味するのは、一人一人に合ったストーリーを語る能力だ。
マーケティングオートメーションのツールが、事前に設定されたトリガーを基にメッセージを配信していることは既にご存じだろう。この次のステップとして期待されるのは、アドテクノロジーやマーケティングテクノロジーと融合し、有機的に進化したストーリーを個々に向けて構築することだろう。例えばインフルエンサーマーケティング、ソーシャル広告、チャットボットエンゲージメントなどに加え、ユーザーエンゲージメントに基づくパーソナライズド広告を打ち出すといったものだ。

消費者の行動や習慣を理解し、エンゲージメントを高めることこそが、マーケターのマーケターたるゆえんだ。その点でストーリーテリングの果たす役割は大きい。

多くのユーザーが広告をブロックしている今こそ、より一層のエンゲージメントを構築できるブランドストーリーを打ち出し、現状を打破することが、マーケティング業界に求められているのだ。
AIの進化によって、消費者とのより高度で詳細な対話が可能になる日が、近い将来訪れるだろう。

マーケティングの役割の進化

将来のマーケターの役割がどうなるかというのが、次の議題だ。

マーケティングや広告のディレクションからマネジメント、実行に至るまでのすべてを任せられる究極のAIソリューションは、現時点ではまだ存在しない。カスタマーエンゲージメントを深めるための部分的なソリューションがあるだけだ。

これはつまりAIによって、マーケターに求められるスキルが「データの扱い方」にシフトしていくことを意味する。

これまで築き上げてきた基礎の他に、AIのソリューションの適用範囲を理解する力や、マーケティングの支出を総体的に分析する力、確実に成果を出す力が、未来のマーケターにとって欠かせないスキルとなるだろう。また、マーケティングや広告のさまざまな活動は、より速く的確に実行されるようになるだろう。

AIはまた、ニッチな顧客セグメントの発掘や、無駄の削減、新たな潜在顧客とのエンゲージメント構築など、ビジネスの効率化に威力を発揮する。これまで明らかにされてこなかった領域での発見や、新しい動きを創出することとなるだろう。

2018年の見通し

では、ここで目下の現実に立ち戻り、2018年について考えてみよう。
今年は、業界内での統合がさらに進むだろう。データ取得だけを目的とした企業買収が起こるか、興味深く見守りたい。

インフルエンサーマーケティングはボットによるアドフラウド(広告詐欺)を防ぐ方法を見つけ出すだろう。動画広告はさらに成長し、ads.txt(アズテキスト: 権限のない広告インベントリの販売を防ぐため、米インタラクティブ広告協議会が発表した構想)がアジアで必須となるだろう。マーケティングのローカライゼーションも、さらに注目を集めると考えられる。

最終的にはAIが、マーケティングのあらゆる分野で活用されることは疑いようがなく、もはや時間の問題だ。AIが行き渡る未来、そしてAIがもたらす絶え間なきエンゲージメント構築の可能性やチャンスを見据え、万全に備えることがマーケターにとって重要であるのは言うまでもない。

(文:十河宏輔 翻訳:高野みどり 編集:田崎亮子)

十河宏輔氏は、アドアジアホールディングスのCEO兼共同創業者。

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