David Blecken
2018年10月11日

日本のイノベーションをいかに確立するか

スタートアップとの建設的なパートナーシップ構築や、まったく新しい教育の仕組み作りなどが、今年のGIVSで議論された。

(イラスト提供:GIVS)
(イラスト提供:GIVS)

IAFORグローバル・イノベーション&バリュー・サミット2018(GIVS)が10月5日、都内で開催された。トヨタの自動運転技術開発リーダーや、政府からは大臣経験者、そしてデジタルマーケターなどが参加し、日本のイノベーション力強化について討論した。

前提にあるのは、日本はイノベーションができないという、度々の不公平な批判だ。同時に、日本が今後長期にわたって競争力を維持するための変革を促進するには、現状を大きく変えていかねばならないとの認識を刻み付けた。

「屋台の営業とは、訳が違う」

自動運転サービスの開発でソフトバンクとの提携を先週発表したトヨタは、GIVSでも前向きな事例を示している。同社で自動運転の開発を統括するマンダリ・カレシー氏によると、平均して月に1社、自動運転に関連するスタートアップに投資しているという。「持続可能なイノベーション」と「破壊的なイノベーション」の両方を追求しており、「開発を推進するためには、自動運転技術に特化した独立組織『TRI-AD』を立ち上げることも必要でした」と説明する。

「過去のルールに縛られない新たな組織が必要でした」とカレシー氏。「異なる商品やサービスにおいて過去に機能した原則に、固執すべきではありません」。またトヨタは、社員が社内の公開フォーラムにアイデアを投稿し、協力者を求める仕組みを作った。「トップダウンではなく、アイデアが社員の中から湧き上がるような仕組みを、他企業も作るべきです」

ネスレ日本のチーフ・マーケティング・オフィサーである石橋昌文氏によれば、同社にはイノベーション促進を目的とした表彰制度があるという。表彰制度の後押しもあり、昨年は2200人の社員から4800件の提案があった。だが、提案を意味あるものへと発展させるには、上司のサポートが必須だと同氏は指摘する。

上司のサポートを得ることは、易しくないかもしれない。チューハイの商品開発で知られるキリンの事業創造部 部長の佐野環氏によると、問題なのは企業が往々にしてイノベーションを、「イノベーション担当者」が独力で遂行するよう期待することだという。また、「日本企業は総じて新しい取り組みの経験が不足しているため」、新たな試みをどう評価してよいか苦しんでいるとも。しかし、イノベーションを託されたリーダーに何よりも大切なのは、忍耐力だという。「私が諦めれば、チーム全体が諦めることになります。ですから私は諦めません」

スタートアップと直接仕事をする立場にあるIBMのイノベーションディレクター、嶋田敬一郎氏は「既存大手企業はスタートアップや、社内のイノベーション担当者がどんな仕事をしているのか、もっと理解すべき」と話す。「日本企業のマネジメント層は一般的に、どれほどの時間とリソースを投入する必要があるのかを理解していません。その上で『3カ月で結果を出せ』と言うのです。イノベーションは、屋台でレモネードを売るのとは訳が違うのです」

日本対シリコンバレー

日本をスタートアップの聖地としてブランド化しようという試みは、中途半端としか言いようがない。だが、コネクテッドカーのサイバーセキュリティサービスを提供するTrillium Secureのディビッド・ユーゼCEOは「日本は事業を始めるには都合の良い場所」と話す。理由の一つは、情け容赦ないシリコンバレーの環境に比べたら、日本はずっと穏やかであることだ。また、「競争相手をパートナーに変えることができるのも、日本企業の強み」だという。

「シリコンバレーでは、あまりにも強欲で金銭ずくな人が多く、チームを組むことは困難。でも日本の人材は比較的、多くを求めず勤勉で忠実です」とユーゼ氏。「シリコンバレーで働く人は、日本から『自己犠牲』を学んだらよいのではないでしょうか」。一方で、スタートアップに対する投資の少なさや、リスクに挑みたがらない「サラリーマン的な」投資家が、スタートアップの初期ステージ以降の成功を阻んでいると指摘する。

外国人が「もしも心から日本人と理解し合えるのなら、日本で仕事を始めるべきでしょう」とユーゼ氏。「さらに前に進むならば、シリコンバレーに行く必要があるでしょう」

ジェイ・ウォルター・トンプソンのデジタルビジネスディレクター、マルコ・コーダー氏は、日本人のアントレプレナーシップに対する考えは他と異なると話す。「米国では起業家に『あなたの出口戦略は何ですか?』と必ず聞きます。日本では出口戦略は認識されておらず、起業家は『会社を立ち上げたい』とだけ考えています。日本は他国に、持続可能性について教えることができるかもしれません」

一方で、世間知らずな側面と英語能力の欠如が、今後も日本のスタートアップの足かせになると、IBMの嶋田氏は指摘する。「TechCrunch(IT系スタートアップやインターネットに関するメディア)を読むだけでは、十分ではありません。日本のスタートアップは、シリコンバレーを体験することがありません。多くが、アイデアをどう実行可能な解決策へとつなげていくのかを理解していません。そして世界でどのような競争が繰り広げられているのか、理解していない投資家が多く存在する。だから彼らは羽ばたけていない、というのが私の見解です」

生涯にわたって学習

今回のもう一つの議題は、教育の未来についてであった。一橋大学の石倉洋子名誉教授は、現在の制度は時代遅れであり、人生100年時代が到来することを見通していないと指摘。これまでの修学-就職-引退という型から脱却し、生涯学習の文化を育てる必要があると述べた。

林芳正氏(前文部科学大臣)も、学習と仕事が繰り返される人生のあり方に賛同している。「技術が発展すると、事実や数字を記憶することよりも、コミュニケーションやリーダーシップ、文化や自然への理解といったソフトスキルが、より重要になるでしょう」。現状はこのビジョンから程遠いことは認めざるを得ないというが、個々の学生の能力や可能性に合わせた教育の試みも始まっているという。

教師がファシリテーターとなって、ディベートや「アクティブラーニング」にもっと時間を費やすべきだと林氏は主張。アントレプレナーシップを「小学校レベルから」授業の一環に取り入れるべきとも。良い側面としては、東大のような上位校の卒業生が、これまでのように大企業の門を叩くのではなく、自らビジネスを立ち上げる割合が増えてきた点を挙げた。

マーケターが心に留めるべき理由

ブランドやエージェンシーは、スタートアップが彼らを脅かす存在であり、同時に協業によって多くを与えてくれる存在でもあり得ることを認識している。そして、その認識は徐々に高まっている。エージェンシーはここ数年、(TBWA HAKUHODOのQuantum設立のように)スタートアップと企業を結びつける仕組み作りに力を入れている。しかし、日本のスタートアップ事情は依然、未熟といえる。もし協業によるメリットを受けようとするのであれば、企業のリーダーやマーケターは起業家の考え方を理解し、イノベーションに開かれた環境作りを支援する必要がある。日本の教育制度が変わる必要があるということは、あらゆる企業の人材採用・教育に大きな影響を与えることを意味する。年配者を冷遇しているエージェンシーも、もちろん例外ではない。

(文:デイビッド・ブレッケン 翻訳:岡田藤郎 編集:田崎亮子)

提供:
Campaign Japan

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