Ryoko Tasaki
2019年6月05日

過去の失敗から学ぶ M&Aのポイント

デジタル化とグローバル化を力強く推進するリクルートだが、過去にはさまざまな失敗を重ねてきたという。そこから得られた教訓が、アドバタイジング・ウィーク・アジアのキーノートで明かされた。

リクルートの池内省五氏
リクルートの池内省五氏

リクルートといえば、就職・転職、住宅や自動車の購入、飲食店や美容院の予約など、幅広い領域で人々の生活に密着したサービスを展開しており、国内で知らない人はほとんどいないだろう。「マッチングのプラットフォームを提供しており、今から15年ほど前までは極めてアナログな会社でした」と、リクルートの取締役兼専務執行役員兼CHRO(最高人事責任者)である池内省五氏は振り返る。

だが2011年ごろから、デジタル化とグローバル化を本格的に推進し、事業構造も大きく変化した。その引き金となったのは、海外コンサルティング会社の調査。フォーチュン500に選ばれた企業が過去7年間にどれだけ時価総額が上がったのか、そしてその原因は何かを分析したレポートで、2/3が市場そのものの成長によるもの、そして残りの1/3がM&Aでの売上獲得によるものだったことが明らかに。「私たちが経営会議で大半の時間を割いてきたのは、日本という限られた市場でいかに競争し、シェアを上げるかということ。このままでは自分たちに10年後は無いということを、データによって認めざるを得ませんでした。衝撃的でしたね」

また、ニューヨークタイムズの記事にも危機感を募らせたという。そこには、圧倒的な網羅性を誇る検索エンジン大手が、ブッキング事業に本格参入したこと、従来のブッキング事業は厳しい状況に追い込まれるだろうという内容が書かれていた。当時のリクルートは、営業担当が広告出稿企業に出向いて受注をいただくことが競争力の根源。「この(厳しい状況に追い込まれる)サービスラインこそが、我々の会社そのものだという危機感が強く芽生えたのです」

そこで日本以外の成長市場に打って出ること、そしてアナログを強みとしていた会社をデジタルカンパニーに変革させることを決意し、M&Aや海外展開を仕掛けたが、「残念ながらほとんどが失敗しました」。その要因を、池内氏は3点挙げる。

1.買収の意味を本当に理解しているか

買収先企業の候補をリストアップして一社ずつ訪ね、交渉を重ねても、本当に買いたい会社を買えるとは限らない。「中国の人材分野でナンバー1になると決めたのに、上位1~3位の会社からは門前払いされ、自前で頑張るのか、ナンバー4の会社を買うかしか選択肢がなくなる。すると“ナンバー4の会社を買収してもナンバー1になれる可能性がある”など、無意識に目的をお化粧し始めてしまうのです」と池内氏。情熱と勢いで経営会議を突破して買収を実現できても、結果的に失敗につながることがあったという。

2.買収計画の立案者と実行者が別だった

市場の攻め方や戦略デザイン、買収先企業のリストアップ、交渉からクロージングまでの担当者と、交渉成立後に実際に現地に赴任する事業担当者は同じでなくては失敗しやすい。その理由は「圧倒的な当事者意識の問題だと思います」と池内氏。赴任して骨をうずめる覚悟のある担当者に、交渉の最初の段階から参加させることが大切だと、経験から学んだ。「買収後の数字も全て自分が責任を負うとなると、交渉に際しての真剣さが劇的に変わります」

3.価値向上の見通しが不透明

今この金額で買収したとして、自分たちの技術やリソースとのシナジーでどのような価値を生み出せるか、そして数年後にはいくらの価値を生み出すのか……。このような議論を机上で展開していても、「実際にその通りにいった経験はほとんど無い」と池内氏。不確実な市場や、M&Aの経験が少なければ、なおのこと。そこで同社では、まず第一段階として少額から投資し、さまざまな実験を繰り返す中で具体的な成果が見られ、買収は成功の可能性が高いと判断できたら大型投資を行うように変えたところ、成功確率が劇的に向上したという。

さまざまな失敗を教訓に、リクルートは2012年に求人検索エンジンの米「インディード」を買収。2004年創業した同社は、今でこそ60カ国以上で事業を展開し、ユニークユーザー数も2億人以上と圧倒的な強さを誇るが、買収当時は「売上が64億円しかなく、利益がほとんど出ていない会社を1000億円以上で買おうという、非常に厳しいディール。まともにクローズするとは思えませんでした」と振り返る。そんなインディードは現在、リクルートの時価総額を大きく上昇させた立役者だという。

もともと日本企業でありながら、起業家精神を大切にし、個を尊重する企業文化で知られるリクルート。だがインディードとの事業の中で特に印象的だったことを、池内氏は3点挙げる。

まず一点目は「圧倒的なアジャイル型の開発」。現場のエンジニアが2週間ほどで作った数種類のプロトタイプを、ユーザーにリリースし、効果が出たものだけを取り入れていくという。「日本的な感覚では、出来損ないのプロダクトをリリースしたらお客様から袋叩きに遭う、と思いますよね。でもあちらは、試行錯誤を繰り返しながら、ユーザーがプロダクトを磨くという感覚なのです」。ただ、「圧倒的なアジャイル型の開発を進めようとするならば、失敗を許容する組織文化でなくてはならない」とも。

続いて二点目は「経営者の役割」。インディードでは、社員はあらゆる経営データへのアクセスが可能であり、プロダクト開発の意思決定も現場のマネジャー以下で行われている。それでは経営陣の役割はというと「長期的なビジョンや世界観をクリアに描き、それを自らがエバンジェリスト(伝道者)として浸透させること。そして世界で最も優秀なエンジニアやセールス、マーケターを採用し、彼らが辞めないよう環境を整えること。この2点だけ」と言われたのだとか。

三点目は、「圧倒的にデータドリブンな経営」。社内向けの資料作成や報告に膨大な時間を費やさない。全社員が見ることができる経営データは、たとえCEOであっても自分で見に行き、情報を自ら加工し、意思決定に活かしていく。そして、例えば「最も生産性とクリエイティビティーが高いプロダクト開発チームの人数」といったことも効果検証を繰り返し、データに基づいた判断をしているとのことだ。

「インディードの経営陣は『他社より費用対効果のいい商品を』なんて発想ではなく、圧倒的なプロダクトを生み出し、世界を変えると本気で信じている」と池内氏。そして「これを従業員に伝えることが経営の最大の役目だと、胸に刻んでいます」。

だが一方で、「圧倒的なユーザーバリュー、ユーザー体験を追求することは、生き残るための絶対的な条件ではあるが、これは意外に儲からない」とも打ち明ける。世の中でフリーミアム化(基本機能の無料提供)が進む中、どのように収益化するかは大きな課題だ。「圧倒的なプロダクトの開発は、現場のエンジニアやマーケターに任せる。そこからいかにお金を儲けるかは、経営陣の役割。二つの車輪をデジタル化の中で回していくことが、大きな課題と認識しています」

(文:田崎亮子)

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