David Blecken
2016年5月19日

2020年への道 ~ 創業67年、アシックスのブランド戦略

いまや世界で誰もが知るブランド、と言えるであろうアシックス。だが、これまでどうやってその知名度を高めてきたのかは、ちょっとした謎だ。

2020年への道 ~ 創業67年、アシックスのブランド戦略

企業価値にして40億米ドル、事業展開の75%は海外。一貫したマーケティング戦略をもたずにきた企業としては、驚くべきスケールである。

世界的なブランドを目指す多くの日本企業が羨望の眼差しを向けるのが、アシックスである。
2020年東京オリンピック・パラリンピック大会のゴールドパートナーとなった同社は、新たな飛躍を目指して現在ブランドを再構築中。大きな変革の真っ只中にある。

その切り札役を担うのが、ポール・マイルズ氏である。
バイスプレジデントを務めた日産自動車では、アジア太平洋地域のマーケティングと広報を担当し、今はアシックス初となるグローバルブランドマーケティング統括部長として陣頭指揮を執る。日産でグローバル部門に従事する以前はフランスでユニクロを立ち上げるなど、幅広い分野での国際経験が豊富だ。

その彼が現在取り組んでいるのが、「オニツカタイガー」や再スタートを切ったサブブランド「アシックスタイガー」のマーケティング。これらに、より一貫性をもたせることが重要なテーマだ。
「日本企業のブランドをよりグローバルな存在にするお手伝いがしたかったのです」と、日本人とアメリカ人の血が半分ずつ流れるマイルズ氏は言う。

チャレンジ精神をもって

「日本の製造業の歴史や技術の上に成り立つ優れた企業でありながら、アシックスはこの業界で『揺るぎない第3位』のポジションではない。言わば、まだ挑戦者の立場にあるブランドなのです。そこでの仕事は私にとっての素晴しいチャンスでした」
アシックスにとっての喫緊の課題は、至ってシンプルだ。スポーツアパレル業界の世界市場を独占するナイキとアディダスに続く、3番目の地位を確立することにある。これは簡単なことではないが、適切な戦略を練れば決して不可能な目標ではない(皮肉にも、もともとナイキはオニツカタイガーが米国に進出した際の流通業者だった)。

歴史と伝統を誇るアシックスだが、多くの日本人ですらいまだに日本発のブランドであることを知らず、単に「国際的ブランド」と認識しているのが実情。「多くの日本の人々が子供のころからアシックスと共に暮らしてきたにもかかわらず、そうなのです……」。
「私たちは、これをポジティブな要素と考えています。だがその一方で、日本に深く根付いた伝統的要素を伝えきれていない側面がある。歴史に裏打ちされた優れた企業ブランドを次のステップに押し上げることには、大きなやりがいを感じます。アシックスは私にとって、宝石に生まれ変わる前の原石のようなものです」

彼が2006年にユニクロに入社した時、同社は「アシックスと同程度の規模だった」。今日、ユニクロの企業価値は当時の4倍となり、日本で最も先進的な企業の一つと認められている。

マイルズ氏は、アシックス本社のある神戸に居を構える。経営陣に常に近い位置にいることで、「社内構造」もより把握できると考えているのだ。海外出張も多いが、国内にいる際は東京のデジタル部門やコミュニケーション部門とも多くの時間を費やす。

普遍的ブランドへ

昨年5月に入社以来、彼が最優先事項として取り組むのが各地域に広がるグローバルマーケティング部の意識の統一である。
「企業として成長するための一番の目的は、収益を上げることです。その過程で、ブランディングやマーケティング活動、消費者とのコミュニケーションなどが時に統一されなくなることがある。各地の部署はそれぞれの成長を目指して活動しているので、そこに問題があるわけではありません。ですが、グローバルな視点でみると一貫性が欠けてしまう。今の我が社の問題点は、まさにそこにあるわけです」

正しい成長を成し遂げるには、ブランドの位置付けをはっきりと決めなければならない。そのためには情報集約機能の導入が必要不可欠、と彼は判断した。アシックスにとっては全く初めての試みだった。
「個人の経験や判断よりも、データに基づいたシステムを活用することで、社員が同じデータ情報を共有するようにしたかったのです」

他にもブランド管理のガイドラインや、顧客体験を含めたすべてのタッチポイントでブランドを同一視させるアイデア、プランナーと小売業者の円滑な関係を育むカテゴリーマーケティングの実施など、彼が「柱」と呼ぶ新しい取り組みがこの1月から実行されている。
「簡単に言うなら、今まで各地域のアシックスは全く異なっていた。2020年の東京オリンピック・パラリンピックという一大イベントに向けて、アシックスを一つのブランドとして認識してもらいたいのです。10種類の異なる存在でも、地域によってそれぞれ違う名称でもない、アシックスという普遍的なブランドを」

アシックスは昨年、高級シューズ「MetaRun(メタラン)」の販促として、同社初となる全世界共通キャンペーンを発表した。
マイルズ氏が「効率的マーケティングがいかに効果的かを実証する手段」と呼んだそのキャンペーンの影響は、絶大だった。中国では、ネットでの販売分はわずか45分で完売した。
「これがマーケティングの力です。多くの日本企業がマーケティングをコストとして見なしますが、正しく活用すればマーケティングは新たな需要を生み出すのです」


「製品」から「消費者」へ

同時に企業は、POS(販売時点)でより消費者中心、かつ独自性をもつ必要があると彼は説く。
「競合他社と比べると我が社は卸売業者に頼っている部分が大きく、DTC(顧客直結)の存在感が希薄。卸売も確かに重要な流通ルートですが、自社の販売ルートをもてば、ブランドをより明確で一貫した手段で売っていくことができます」

マーケティング戦略にとって、テクノロジーも大切な要素だ。アシックスは今年2月、世界で約3,300万人の会員を擁するスマートフォン向けアプリ「RunKeeper」を買収した。携帯端末を利用してネットワークで繋がるアプローチの可能性を考えると、この買収は先見の明があるように思える。だが、次のステップはまだ不透明だ。
「偏に、今後そのユーザーベースを我が社がどのように利用して展開していくか、にかかっています。現在や未来の新しいテクノロジーで、どのように消費者にアプローチできるか。我が社のブランド認知度は競合他社に比べてまだ低いので、どうやって消費者を巻き込み、アシックスのファンになってもらい、製品を購入してもらうか ― その流れをよりスムーズ、かつ簡単にするエコシステム全体について、今は議論を重ねています」

老舗メーカーであるアシックスの他の長所は、伝統に胡座をかかない謙虚さが生む「親近感」だろうか。
創業は第2次世界大戦直後だが、「今でも社内には起業家的精神が溢れています」。彼がマーケティング本部長として自由に動ける立場にいるのは、経営陣だけではなく、製品を実際に企画し、デザインするスタッフとのコミュニケーションも重視しているからだ。
「実際に開発に携わるスタッフと会話をして製品を細部まで理解しておかないと、どんなアイデアも絵空事にしか聞こえません。製品に関する情報と新しいアイデアをバランス良く組み合わせた上で、常識を破ることが大切だと思っています」

もちろん、「アシックス」というブランドだけが重要なのではない。創業者である鬼塚喜八郎の名を冠したオニツカタイガーは、アシックス自体よりも知名度が高いと言える。ユマ・サーマンやタイ国王といったセレブリティーたちが火付け役となり、若者を中心に絶大な人気を誇る同ブランドはさらなる伸びしろがある。

とは言っても、実際の性能面ではなくファッショナブルな日常着として地位を確立したプーマが辿った道は、アシックスの目指すところではない。そういう意味では、同社がリニューアルしたアシックスタイガーはその中間に位置する。
「今後もアシックスタイガーは、新商品をどんどん発表していきます。ただし、アシックスの事業の中核はやはり性能面での向上にあります」

世界の舞台へ

この業界で存在感を高めるには、やはり米国市場がカギとなる。「米国での動きは世界中に影響を与える。やはり、米国は最重要市場ですね」とマイルズ氏。

アジアで重要となるのは、もちろん中国だ。これまで中国では比較的認知度が低いと思われていたアシックスだが、昨年は収益が倍増した。
「中国では10億円規模の事業にしなくてはなりません。幸いにもアシックスは高い信頼度を得ていますが、販売拠点が足りないのが実情です。それと、デジタル面でのアプローチも拡大していく必要がある。まだまだ多くのものを作り上げる必要がありますが、巨大な可能性をはらんでいることは間違いありません」

お膝元の日本での課題は、イメージの向上。
「認知度は高いのですが、他の地域とは異なるイメージがある。例えば、子供たちが(学校やスポーツクラブなどから)強制的に履かされている、といったような印象です。素晴らしいシューズかもしれないけど、多感な思春期の子たちからすれば、強制されることはイヤでしょう」
「競合他社のシューズの方が格好いい、という意見も理解できます。我が社もスタイリッシュなシューズを作って、アシックスは性能も素晴しい上に格好いい、というブランドイメージを築いていかねばなりません」

アシックスにとっては、「今まさに、新しい挑戦が始まった」というような感覚だろう。東京オリンピック・パラリンピックのような大型スポンサー契約も、アシックスの長い歩みの中では初めての画期的な出来事だ。

マイルズ氏がアシックスに関して何でも明け透けに話せるのは、その未来を楽観視しているからに違いない。
「この日本で、我が社が目指す成長規模を実現できる企業が何社あるでしょう。二大巨頭がせめぎ合うこの業界で、アシックスは今より飛躍的に成長できる可能性を秘めています。それが、毎日の業務が楽しくて仕方ない理由なのです」

ポール・マイルズ(Paul Miles)  略歴

  • 2015 年 アシックス グローバルブランドマーケティング統括部長に就任
  • 2014 年 日産自動車 アジア太平洋地域マーケティング・コミュニケーション担当ヴァイス・プレジデント
  • 2012年  日産自動車 グローバル ジェネラルマネージャー
  • 2010年  日産自動車 グローバルコミュニケーション ジェネラルマネージャー  
  • 2008年  ラッセル・レイノルズ アソシエイツ コンサルタント
  • 2006年  ユニクロ・フランス マネージング・ディレクター

(編集:水野龍哉)

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