David Blecken
2017年1月25日

グローバル的観点から見る、日本のCEOの危機対応

不祥事によって企業が窮地に立たされたとき、社会がその企業に求める対応は日本と米国で大きな違いがある。だがどのような場合でも、危機を乗り越えた企業が真剣に改革に取り組まなければ、経営トップが辞任したところで何も変わらないのだ。

ニコラス・ベネシュ氏
ニコラス・ベネシュ氏

日本と米国では、企業の危機対応にどのような違いがあるのだろうか。また、危機を乗り越えて本当の改革を実現するには何が必要なのか。公益社団法人会社役員育成機構(BDTI)の代表理事ニコラス・ベネシュ氏に話を聞いた。

会社で違法行為や不正などの不祥事が発覚すると日本のCEOは早々に辞任してしまうケースが多いのですが、これはなぜでしょう?

不祥事を起こした企業が十分に謝罪と反省をし、信頼回復のために最善を尽すという態度を本気で示しているか − 日本の社会やメディアはこうした点を重視する傾向があります。日本では「恥」の感覚が社会の強力な規範になっており、信用をなくせば基本的に事業の継続は不可能です。ですから、不祥事を深く悔いて心から恥じている企業ならば全力で再発防止に取り組むのが当然、と捉えられるのです。つまり日本の人々が求めるのは、公の場での迅速で十分な謝罪と説明、そして過去との決別を象徴するようなアクションです。不祥事の全容が解明されるまでにできる最も手っ取り早く象徴的なアクションは、経営者が全ての責任を取って辞任することでしょう。ある意味、浄化作用がある「社会的儀式」なのです。

ひとたびトップが責任を取れば、残った人々は徹底した調査の実施や他の幹部の辞任を求める圧力が急速に弱まることを期待します。通常はそうなりますが、コンセンサス重視型の日本企業では「責任の所在」は実に複雑ですので、慎重に対応しなければかなりの数の人々が責任を問われかねません。ですが、上からの指示や多くの部署で行われている慣習に従っただけ、労働市場は雇用の流動性が低く転職も難しい……こうした状況で1人の社員の「責任を追及する価値」がどれほどあるでしょう。日本社会は不祥事を起こした企業の社員に同情的です。それは人々が、「明日は我が身」と捉えるからです。

ブランドや信用といった観点からすると、CEOは辞任すべきなのでしょうか? それとも辞任せずに、事態の収拾と改善にあたった方が良いケースはあるのでしょうか?

そうした観点からすれば、日本では一般的に辞任が唯一の選択肢と見なされています。しかし、例外もあります。例えば不正行為 – これは意図的なものを指しますが − の全容が明らかにならず、後で罪の疑いが晴れる可能性がある場合や、経営者の意志が極めて強く、個人のエゴが絡んでくる場合です。

CEOの辞任はほとんど儀式的なもので、実際に不正に関与したか否かにかかわらず行われます。ですから社内では大抵、辞任するCEOは「悪いときに悪いポジションにいた。あの人は運が悪かった」ということになります。あたかも椅子取りゲームのようなもので、CEOの入替にあまり実質的な意味はありません。むしろ私が注視するのは、まず、独立した弁護士や第三者委員会による徹底的な調査が行われるかどうか、ということ。ほとんどの企業はそれを実施します。そして調査の結果、責任の所在や不正に関与していた人数を特定できるかどうかということです。

過去の事例を振り返ると、そこまで突っ込んだ調査はあまり行われませんでした。ただ、変化の兆しも見られます。もし会社の指示に従って仕事をしていただけの社員を大量に解雇すれば、士気が大幅に低下し、将来的に社員が指示に従わなくなるかもしれません。しかし成果主義による人事評価の普及に伴い、将来の法的リスクを抑えるため、企業は一定数の社員を解雇する措置もやむなしと考えるようになるでしょう。社会もこうした対応を要求するようになると思います。

日本と米国では、不祥事への対応はどのような違いますか?

大雑把な言い方かもしれませんが、日本以外に目を転じてみると、トップダウン型で経営者に絶大な権限があり、その経営者が短期で巨額の報酬を受け取っているような企業の場合は、特定の人物の私欲や野心が不正行為の最大の原因であることが多いのです。それに対して日本では、会社全体の「慣習」が間違った方向に働いてしまった、妥協と判断ミスが重なって集団思考から抜け出せなくなった、会社の信用を傷つけまいと隠ぺいした、といったことが大きな要因になります。日本でも虚偽や犯罪になるケースがあるでしょうが、海外の企業とはその動機が異なります。「米国の経営者は自分のために嘘をつく。日本の経営者は会社のために嘘をつく」と言われています。

いずれにしても米国社会では、不祥事が起きればCEOや上級幹部など特定人物からの指示があったからに違いない、と考えます。ですから会社は徹底的な調査を行い、悪者を特定し、解雇しなければなりません。さらに必要があれば、刑事罰や損害賠償を求めて経営者を訴えます。自らの指示や直接の関与がなくても己れの意思で辞任するという、日本流のやり方は米国では通用しません。米国社会では完全な透明性の確保と懲罰を課すことこそが、「また罪を犯す者が出てきても決して見逃さない」というメッセージとなり、悪者を一掃し、不祥事の再発を防止する唯一の手段と見なされます。

昨年の一連の不祥事について、CEOの辞任は適切だったのでしょうか? また、今後の問題解決のためには何が必要でしょうか?

日本の人々の目には当然、昨年の不祥事はCEOの辞任に値するものだと映ったでしょう。業界大手ともなればCEOの辞任は一大事であり、ブランドイメージを大きく損ねる深刻な事態と会社が受け止めている、というメッセージになります。しかし、これは最初の一歩にすぎません。何十年もかけて企業文化の一部となった労働慣行を変えるのは、実に骨の折れる仕事です。経営陣は変革に着手するにあたり、いかに大きな課題に取り組もうとしているかを自覚する必要があります。社員に対し、これまでの慣行は「もう誇るべきものではない」と諭さなければならない局面も生まれるでしょう。社員が親しみ、会社の一員としてのアイデンティティや自尊心の拠りどころともなり、そしてそれがあったからこそ顧客から仕事を受注できた企業文化を、敢えて否定しなければならないのです。

言うまでもなく、これは極めて困難なことです。集団思考との格闘の連続になります。途中で手を緩めたらどうなるでしょう。不祥事を起こした企業がその文化やマインドセットを変えていくには、5年から10年かかります。その間、社内での議論や内省、慣習や規則の変更、改革の達成度の測定、新しい人事評価方法、匿名式でのアンケートといったあらゆる取り組みをずっと続けていかなくてはならないのです。この果てしない挑戦に、上層部は全力を注がなければなりません。成果が出れば、それに対して報いることも必要です。今年、BDTIはいくつかの日本企業の弱点となっている倫理的側面や部署を特定する、大規模な匿名アンケートを合同で実施しています。今後はこうした取り組みが日本企業の間で広がっていくでしょう。

(文:デイビッド・ブレッケン 翻訳:鎌田文子 編集:水野龍哉)

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