David Blecken
2017年3月09日

「データ活用」で目指す、男女平等

広告界に根深くはびこる男女格差の問題。改革は依然、遅々として進まない。それでもなお、この業界の未来に明るい希望を見出す女性クリエイティブディレクターがいる。

髙田聡子氏
髙田聡子氏

今年もまた3月8日の国際女性デーがやって来て、何事もなかったかのように過ぎて行った。こうした記念日は、女性にとって権利のために戦う意義を再認識できる良い機会だ。だが東京のマッキャン・ワールドグループでクリエイティブディレクターを務める髙田聡子氏は、人々が男女格差を表立って語ろうとしない風潮に歯がゆさを感じている。ゆえに具体的なデータこそが広告業界を刺激し、改善を促せると考えているのだ。

昨年、あなたはニューヨークで開催された「3%カンファレンス」に参加しましたが、女性のリーダーシップについて改めてどのような考えを持ちましたか?

「3%カンファレンス」は女性のクリエイティブリーダーシップのための会議で、ちょうど11月の米国大統領選挙の前に行われました。集まったのは、数多くの同レベルの地位にある女性リーダーやこれからリーダーになる女性たちでした。参加者の20%近くが男性だったことも励みになりました。この手のイベントは日本の広告業界では行われません。最も重要だったのは、人権に関してのみならず、ビジネスにおける多様性についても議論が交わされたことです。参加者たちは多様性こそがビジネスの成果を上げ、効率を高めるカギだという強い信念を持っていました。このような形で議論が行われることも、日本の広告業界ではあまり聞いたことがありません。

多様性へのアプローチということに関し、ほかにどのような点が日本と異なっていましたか?

昨年のカンヌライオンズで、スウェーデン、インド、英国、米国のクリエイティブディレクターたちとパネルディスカッションを行う機会があったのですが、そのとき気づいたのは、世界のどの国でも広告業界は男性中心社会であるということ。パワーハラスメントや性差別は程度の違いこそあれ、どこの国でもあるのです。子育てをしている女性が置かれている状況も、同様に大きな課題でした。日本が他国と異なる点は、女性が滅多に声を上げないことです。例えばアイスランドでは、男女の賃金格差が14%であることに大きな抗議のデモが起きました。日本では格差が40~50%もあるのに、抗議デモが起きたという話は聞きませんよね。なぜなのだろう、と考えざるを得ません。状況がいつか良くなるのを、私たちはじっと待つしかないのでしょうか? カンヌから戻った後に、社内の上層部の人たちに自分の考えを伝えようと思ったのですが、「やめた方がいい。フェミニストのレッテルを貼られるよ」と言われてしまいました。

そう言われて、どう思いましたか?

そのときは自分で声を上げる勇気がなかったのです。その後11月の3%カンファレンスに出席し、今こそ行動を起こさねば、と意を固くしました。何千人もが参加したカンファレンスでは、日本からの参加者には一人も出会いませんでした。今自分が声を上げなければ、誰がやるのか。将来、私のためにやってくれる人もいないでしょう。そこでまず、男女格差のテーマを前向きに取り上げていく試みに挑戦しています。社内だけでなく、社外で共鳴してくれる人々も集め、取り組みを広げようとしているところです。情報や知識を共有することが、おそらく最も大切なことでしょうから。

日本でのデータ不足についてですが、足りないのはどのようなデータで、問題解決にそれらがどのように役立つのでしょう?

私が男女格差について話をすると、「私たちは公正な評価をし、均等に機会を与えている」という反応が返ってきます。建前上は差別がなく、女性が昇進できないのは十分な成果を上げていないから、というわけです。しかし、もし本当にシステムが平等で適正に運用されているのならば、ここまで大きな格差は生まれないはずです。統計学的に説明ができない格差があるのなら、それはシステムや運用に問題があると考えるのが自然です。対話を進めるには感情ではなく、データに基づいた意見交換が大切でしょう。

私がそう確信するようになった理由の1つは、JAAA(日本広告業協会)レポートの「クリエイター・オブ・ザ・イヤー」特集号を見たときでした。ノミネートされているのも審査員も、圧倒的に男性ばかり。合計で53人の男性が掲載されていたのに対し、女性は2人だけでした。それなのに、表紙は少女の写真。この話をカンヌのパネルディスカッションですると、他国の出席者から軽く悲鳴が上がりました。民主主義の国で、これほどの格差があるとは誰も考えていなかったようです。これこそが、実態をありのままに示すデータの力ではないかと思います。広告ビジネスではデータとリサーチが重視されます。男女格差の解消も同様で、業界の体質を変えていくには適切なデータを把握するべきなのです。実際はそれほど悪くないのかもしれませんが、現状ではデータがないので何とも言えません。

広告主の側では女性リーダーの登用が進んでいるようです。これはなぜだと思いますか?

広告代理店には、広告主のためなら何でもするという体質があります。その結果、異常なまでの長時間労働が常態化し、女性が働き続けることを困難にしています。それと、クリエイティブはほかの仕事と違うという、非常に強い思い込みがあるように感じます。これは、クリエイティブの部署にありがちなようです。自分たちは特別だという思いが、極端に不健全な労働環境を正当化しているのです。

現状を改善するために、広告業界はほかの業界から学ぶことができますか?

カルビーの松本晃代表取締役会長兼CEOはとても積極的に多様性を推進しておられ、多様性の力を信じられないならば辞めてよし、とまで明言しています。こうしたリーダーシップは最も重要な要素の1つです。また別の広告主は、年配の社員と若手の社員が自分たちの経験を共有し合うための社内ミーティングを開催しており、出産や子育てとキャリアの両立といったテーマが話し合われるそうです。こうしたお互いを助け合う姿勢は、私たちも見習うべきです。広告業界では小さなグループ単位で仕事をすることが多く、ほかから孤立してしまうことも少なくないですから。

ロールモデルの必要性をどう考えますか?

適切なメンター(仕事上の指導者や助言者)であるなら、ロールモデルは必ずしも女性でなくてもいいと思います。女性のロールモデルの良さは、女性だけが直面する課題について経験や知識を共有できるという点です。そうしたサポートがあれば女性はキャリアパスをより速く進むことができ、男性と同じペースで経験を積むことができます。一方で、女性の部下たちの抱える悩みを適切に理解している男性もロールモデルになり得るのです。格差の解消は女性だけの問題ではありません。男女を問わず、皆が力を合わせて状況を変えていくことが大切だと思います。男女平等を推進する上で、男性上司は部下が委縮してしまうほど過敏になる必要はありません。物事が望ましい方向に進むよう、手を差し伸べれば良いのです。

広告業界にもっと女性のクリエイティブディレクターがいたとしたら、クリエイティブの仕事はどのように変わるでしょう?

女性のクリエイティブディレクターには、いまだに「女性向きの」仕事が割り当てられることが多いですね。確かに、女性のクリエイティブディレクターが女性向けのプロダクトを手がければ、消費者のニーズを容易に正しく理解するでしょう。しかし、女性クリエイティブディレクターがそれ以外のプロダクトに携われば、クリエイティブチームにまったく新しい視点をもたらすことができるのではないでしょうか。こうした発想を、私たちは「ディスラプション(変革や創造に向けた破壊)」と呼んでいます。米国のデータになりますが、私たち女性は家計消費の85%を握っています。ですから、マーケティングとアウトプットであるクリエイティブに女性の視点は欠かせません。

2020年までに、広告界は多様性を享受していると思いますか?

2020年というのはまだ難しいかもしれませんが、一般論で言えば日本の労働人口は減少していくわけで、移民を受け入れるか、今は仕事から離れている人々の潜在力を活用するかの選択肢しかありません。日本には、キャリア半ばで仕事を諦めてしまった才能豊かな人々が数多くいます。職業訓練に最大限の投資をすることは成長へのカギでしょう。幸い、私の周りにいるミレニアル世代には自分たちのキャリアを犠牲にするという考えはあまりないようで、私はそれに希望を感じます。今後、彼らがキャリアを続けていけるよう最大限のサポートをするつもりです。マッキャンでは、昨年の新卒採用者の80%が女性でした。彼女たちの今後の人生の節目節目で適切なサポートができず、こうした才能を流出させてしまうことは、もはや我が社にとってあり得ない選択肢です。

このインタビューは英語で行われた。

(文:デイビッド・ブレッケン 翻訳:鎌田文子 編集:水野龍哉)

提供:
Campaign Japan

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