David Blecken Ryoko Tasaki
2017年5月18日

「私日本人でよかった」ポスターの騒動から学ぶ教訓

6年前に制作されたポスターがネット上で今、関心の的となっている。

「私日本人でよかった」ポスターの騒動から学ぶ教訓

ソーシャルメディア時代の今、忘れ去られてしまうものは無いようだ。神社本庁が2011年に制作したポスターが、この4月にツイッターで取り上げられ、以来数週間にわたって議論を呼ぶ結果となった。日本人であることをたたえて愛国心を喚起しようというこのポスターは、今も京都近辺のあちこちで掲示されているとのことだ。時代遅れな、ややもすると危険なナショナリズムだと冷笑したり、トランプ大統領の政策や「アメリカを再び偉大に」という不明確なスローガンと対比するなど、このポスターをあざ笑うコメントがSNSに数多く投稿された。

このポスターの「私日本人でよかった」という標語の横でほほ笑む女性モデルが、中国人だったことが先日判明し、議論がさらにエスカレート。画像はストックフォトエージェンシー「ゲッティ イメージズ」のものだとされ、光による肌の老化を啓発するウェブサイトにも使用されていることが確認された。

とんだお笑い草だが、この騒動は単なる「安価に制作されたポスター」という問題の域を超え、コミュニケーションビジネスに携わる人たちに多くの教訓を与えるものとなった。まず、ソーシャルメディア上の意見の多くがポスターのメッセージに否定的なことから分かるように、この国ではあからさまな愛国主義は最も避けるべきだということ。しかしもっと重要なのは、価値観を押し付けてはならないということだ。

PRコンサルタントとして独立したある日本人女性はCampaignの取材に匿名で応じ、「ポスターそのものは、それほど国家主義的とは思いません」と話すが、考え方を植え付けようとするやり方には怒りを覚えるという。「人から『誇りを持て』とは言われたくありません。(誇りは)自分の中から沸き起こるものであって、他人から指示されるのは嫌ですね」

ポスターのモデルが日本人でなかったことは、一部の国家主義者たちを不快にしたかもしれない。それでもポスターそのものの効果には、ほとんど影響は無さそうだ。「モデルはアジア人で、プロデュースが北京だったって話、別に日本人でなくても何人でもよかったんだって思わせてくれるよね。」という投稿に代表されるように、国民性の意味が変わりつつあるということが、このポスターに関するさまざまな投稿から見えてくる。

このポスターは(少なくとも今となっては)、本来の目的をほとんど果たせなかったかもしれない。それでも、話題になったという点においては、羨ましく思うブランドも多いのではないか。2020年の東京五輪開催が近付く中、愛国心をマーケティングに活用することは、国内外のブランドにとって魅力だろう。意見が分かれる論点を見極め、強調して取り上げることも効果的だろう。(昨年のトヨタの事例のように)日本の文化構造の変化やダイバーシティー(多様性)といったテーマを取り上げることは、他との差別化につながる可能性がある。しかし、その際にはリスクを考慮しなくてはならない。しくじれば何年も経ってから悩まされることになると、今回のポスターの件は示唆しているのだから。

(文:デイビッド・ブレッケン 翻訳:岡田藤郎 編集:田崎亮子)

提供:
Campaign Japan

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