Staff Reporters
2020年11月05日

タイ反体制デモ 広告界への影響は

タイの若者たちが主導する反政府・王室デモが長期化している。国内のビジネスやコミュニケーション界にはどのような影響を及ぼしているのか。地元のエージェンシー幹部たちが語る。

バンコク・タマサート大学に集まったデモ参加者たち
バンコク・タマサート大学に集まったデモ参加者たち

7月から始まったデモは沈静化するどころか、激化の一途を辿っている。王室と政府に対する不満の声は日増しに大きくなり、首都バンコクではこの数カ月、何万という人々が連日のように体制変革を求めて街を練り歩く。

これほど大規模なデモがタイで続くのは2014年以来だ。もっともこの時は、軍事クーデターのきっかけを作ってしまったが。

1年の大半をドイツで過ごすワチラロンコン国王に対する不満は、以前から国民にあった。それが、コロナ禍で生活苦を強いられた民衆の間で噴出したとも言える。タイでは1932年の立憲革命以来、反政府運動や軍事クーデターがしばしば繰り返されてきた。

今回の反体制デモは今年2月、軍を基盤とするプラユット政権に批判的な新未来党に解党命令が出されたことに端を発する。今春、新型コロナウイルスの感染拡大に伴う外出禁止令の発令でデモは一時中断していたが、学生グループが7月から集会を再開。デモも再び活発化した。

参加者はプラユット首相の退陣や国王の権限強化を狙った2017年の憲法改正、さらには王室批判を禁じた不敬罪の撤廃などを求めている。タイでは王室の名誉を傷つけると、最高禁錮15年という重い刑が課せられる。

これまでのところデモは平和的に催されてきたが、大規模集会は企業にとってロジスティックスや人の移動の面で支障を生む。社会不安が高まる中での消費者とのコミュニケーションも、より慎重な配慮が必要だ。

Campaign Asia-Pacificは、バンコクを拠点とするエージェンシー4社にこの数カ月の反体制運動がビジネスや日常業務にどのような影響を与えたかを尋ねた。

結論から先に述べると、4社とも「日常業務への支障はほとんどない」。

2019年に博報堂が株式を取得したデジタルエージェンシー「ウィンター・イージェンシー」のゼネラルマネージャー、コンガモン・スリエム氏は、「デモがこのまま続けば社員を在宅勤務にします。それ以外の面はこれまでと変わらない」と語る。他社幹部も同様の意見で、唯一の懸念は「道路封鎖で物流や一定距離以上の通勤が難しくなること」だという。

「日常業務はこれまでのところ何も変わっていない」というのはソーシャルメディア及びデジタルマーケティングエージェンシー「ガルソン・コンサルティング」のマネージングディレクター、アントワーヌ・ブラム氏。「我が社の社員は皆バンコク在住なので、通勤もたやすく、クライアントの撮影や制作プロセスにも立ち会えています」。

「現在行っているキャンペーンは順調で、来年前半までの予定もすべて埋まっている。現在のところ、不測の事態に備えて万全な対策を立てる必要はないと考えています」

4社とも、マーケティング活動や広告支出への影響はほとんどないという。デジタルマーケティングエージェンシー「プライマル」のCEO、マーク・マクドゥエル氏は「反体制運動が起きてから支出を躊躇したり減らしたりしたクライアントは、一切ありません」と話す。

「デジタルマーケティングに関して言えば、企業の購買活動は一切影響を受けていない」と同氏。ブラム氏も、「メディア支出は堅調のようです」と声を合わせる。

ウィンター・イージェンシーは新たなキャンペーンを一つだけ来月に延期した。「KOL(キーオピニオンリーダー)の選び方がより厳密になった。政治的に中立の立場の人物を選ばなければなりませんので」(スリエム氏)。

昨年香港で民主化運動が起きた際にも、ブランドは運動と一切関わりがないことを鮮明にして消費者とコミュニケーションを取った。

「グレイ・アルケミー」のマーケティングディレクター、ジェレミー・ゲスム氏はこう話す。「コミュニケーションの上では、主要ブランドが現在の反体制運動を容認したり、支援するようなメッセージを発したりといった動きは今のところない。どのブランドも、いかなる反発も避けたいというのが本音のようです。運動への支援を表明しているのは、いくつかの中小企業や独立系企業だけです」。

今回話を聞いた4人の中で、唯一ブラム氏だけが「国内に動揺が広がらないよう、特定のキャンペーンに関してはコミュニケーションをトーンダウンさせている」とコメントした。また、反体制運動に関する報道とぶつからないよう、いくつかのキャンペーンに関しては展開する時間帯を変更したという。

「(こうしたキャンペーンは)朝の早い時間帯に展開するようにしました。反政府デモは午後に行われることが多く、それに肯定的な主要なソーシャルメディアの報道も午後になる。それらと不必要にオーバーラップさせないためです」

また、バンコクでは一部の店舗が休業になった。その影響で「eコマースなどのデジタル投資が加速化したのは、今回の運動が引き出した肯定的な側面」とエージェンシー2社が言及したことは興味深い。

「クライアントの間ではeコマースの導入や、ラザダ(Lazada)、ショッピーといった既存のプラットフォームの活用に対する関心が高まっている。ショッピングモールに出かける人々が減り、店舗での売上げが落ちていますから」とゲスム氏。「反体制運動は結局、コロナ禍で生まれた潮流を後押ししただけとも言えます」。

すでにEコマースやソーシャルコマースに舵を切っていたクライアントは、「さらにそれらへの広告支出を増やした」と同氏。

また、「いくつかのクライアントは消費者により良い選択肢をオファーできる取り組みに傾注した。全体として見れば、コロナ禍と反体制運動はこれまで従来型のビジネスモデルに頼っていたクライアントに、劇的な変化をもたらしたと言えます」とも。

ブラム氏も今後の主要なショッピングイベントを見越して、ブランドのデジタル支出には期待をかける。

「将来の予測は難しいですが、我々は自信を持っています。11.11.(ダブル11、アリババが独身者のために催すグローバルショッピングフェスティバル)やブラックフライデーといった大きなショッピングイベントはますます浸透し、レストランやホスピタリティ業界も比較的長い週末を想定した魅力的なプランを提供していますので」

(文:Campaign Asia-Pacific編集部 翻訳・編集:水野龍哉)

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