David Blecken
2018年7月12日

20年を迎えたW+K TOKYO クリエイティブの新たな雇用形態を模索

ワイデンアンドケネディ(W+K)の東京オフィスが20年目を迎えた。新世紀を目前にしてジョン・ジェイ氏(現在はファーストリテイリングのグローバルクリエイティブ統括)が立ち上げた同社は、どう変わり、何を学んできたのか。現在の中核を担う3氏にインタビューした。

(左より)ジョン・ロウ、長谷川踏太、マイク・ファーの各氏。
(左より)ジョン・ロウ、長谷川踏太、マイク・ファーの各氏。

ナイキの「盲目の走り幅跳び選手」やユニクロのブランディング、そしてKUMONのブランドアイデンティティー(BI)…… W+K TOKYOの名だたる実績と言えば、これらが挙げられるだろう。教育サービスを手がけるKUMONのBIでは、顔をイメージした「THINKING FACE」のロゴを発案。ひと目でそれと分かるものの、「挑発的だ」と物議も醸した。

画像:天本英世(俳優)が出演する、ユニクロの初期のブランディングキャンペーンより


フルタイムを嫌う若いクリエイティブ

W+Kのクリエイティブに対する独特の方針やプロセスは今も変わらないが、労働環境は大きく変わった。昨今、クリエイティブを雇うことはとりわけ難しくなってきている。2015年にマネージングディレクターに就任したジョン・ロウ氏は、「若いクリエイティブはコンビニでの仕事や一時的なフリーランスの仕事を好み、広告代理店でのフルタイムの仕事を拒むようになった」と話す。
かつては終身雇用制度や社員に過度な忠誠心を求めることで知られた日本の広告界。だがこうした変化は、新たなうねりがこの業界にも押し寄せていることを示唆する。今ではどの業界でもフルタイムの雇用が疑問視されるようになった。

「人々の働き方に対する志向が変わったのです」と語るのは、長谷川踏太氏とともにエグゼクティブクリエイティブディレクター(ECD)を務めるマイク・ファー氏。ファー氏はW+K TOKYOに14年間在籍し、これまで5人のCDと仕事をしてきた。片や長谷川氏は、同職を7年間務めている。長谷川氏は、「多くのフリーランサーたちは大手広告代理店の社員よりもはるかに高いレベルの仕事をする」と言い切る。

フリーランサーが組織に入るのを嫌がる理由の1つが、過酷な労働環境だ。更に個人的なクリエイティブのプロジェクトに携わったり、満足感の得られる仕事を選ぶ自由を捨てたくないという志向も影響する。「こうした人々は才能に恵まれ、組織内での昇進よりもクリエイティビティーを重視します」とファー氏。

「我々はまさしく、『干し草の中の1本の針』を探しているようなもの」とロウ氏。 “パートタイム・クリエイティブ”のトレンドは始まったばかりだ。「今後この傾向が続くと思うか」と問うと、3人は明言を避けた。それでもフリーランサーの仕事振りを評価し、彼らのスタイルに合わせようと模索する。

「彼らにも我々にも見合う新しい雇用形態を導入するつもりです」とロー氏。「我々もより多様な仕事に対応でき、短期の新たなプロジェクトも受けることができる。フリーランサーの市場と健全な関係を築ければ、必要な人間だけを雇うことができます。そうなれば、彼らにとっても我々にとってもプラスになる」。

電通社員の過労自殺事件で2016年はワークライフバランスの問題に光が当たり、各社はその精査に努めた。W+Kは毎週金曜に早く終業するなど、社員に自由時間をもっと与える対策を打った。ロー氏によれば、それによって時間外労働が43%減ったという。これは政府が音頭をとる「プレミアムフライデー」よりも明らかに成功した例だろう。昨年から始められた、毎月最終金曜に早い帰宅を促すキャンペーンは今や跡形もなく消滅したかのように見える。

重要なのはコンテクスト

非公開会社のW+Kは多くの企業よりも柔軟性を持ち合わせているが、他の外資系代理店と共通する課題がある。国内の大手代理店とはまったく異なる働き方で、クライアントを満足させなければならないという点だ。資生堂のようなクライアント企業は、日本と西洋の「文化のぶつかり合い」から生じるW+Kの成果物に、明らかに魅力を感じていると言える。

オリジナリティーを出すために文化的衝突が必要な一方で、非日本人スタッフにとって最も大切なのは「聞く」ことだ。ファー氏は「日本でクリエイティブとして働くには、極めて謙虚な姿勢でいなければならない」という。その理由は、「生み出される作品の中心を成すのは社会的コンテクストだから」。国際的にどんなに成功している企業でも個人でも、日本では己のやり方に限界があることを認めねばならない。

「最初に日本に来た頃は、人々の表現がいつも微妙なニュアンスなので自分の考えをまとめることができませんでした」とファー氏。「大切なのは日本の文化を総合的に理解し、その文化の中に自分のブリーフを位置づけること。クリエイティブとして日本に来たら、人に命令するようなやり方はご法度です。アイデアの全ては人々と情緒的に深く結びついていて、コンテクストそのものであり、文化そのもの。だから人の話をよく聞き、質問を重ね、なぜこういうアイデアになったのかを理解し、そして分析する。その上で、彼らが向上するように仕向けていかねばならないのです」。

「健全な軽蔑」

W+Kは自らを“アウトサイダー”と位置づけるが、他の代理店同様、消費者のアテンションスパン(注意力の持続時間)の低下への対処が求められている。以前、英国のデザイン事務所「トマト」に在籍していた長谷川氏は「広告業界に魅力を感じたことはなかったが、W+Kはほかと違うように感じた」という。

「我々は、広告を愛する人間が集まった会社ではないのです」とファー氏。「広告の世界では、広告とマーケティングに対する過信がある。話をするときでも、そうした姿勢が前提になっています。こうした世界に“健全な軽蔑”を抱いていれば、そのエネルギーを誠実で人間らしい、現実味ある結果を出すために活用できます」。

ファー氏は、ほとんどの広告が凡庸なのは「ただクライアントを喜ばせるために作られているから」という。「クライアントが気に入ると分かっている広告のアイデア作りは簡単です。一般の人々に受け入れられるものを作る方がずっと難しい」。

大衆が好むものとは何か。それは実現するまでは分からないだろう。ファー氏は、「消費者が携帯電話の画面をスクロールしているときに、頭を叩くようなコンテンツへのニーズが高まっている」という。精緻な映像作りで名をはせるエージェンシーが、そうした方向に傾いていることは驚きだ。「何かに没頭している人を振り向かせるには、長い物語を使ったストーリーテリングでは効果がない。派手で目立つ、図々しいものでなければならないのです」。

それでも同氏は、時間の長いコンテンツの役割も心得ている。「極めて短いものか極めて長いもの、そのどちらかが必要でしょう。視聴者がそのコンテンツを気に入れば、30秒以上見ていたいと思う。しかし気に入らなければ、30秒は我慢できないほど長い時間になってしまうのです」。

(文:デイビッド・ブレッケン 翻訳・編集:水野龍哉)

提供:
Campaign Japan

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